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第318話 心と心で繋がって

「あの日、校門の前でテツヤに言われた言葉。〝もしも〟なんて自分が勝手に作り上げた幻想に過ぎないって。分かってた。けど……私は弱いから。そうだって、過去は変えることはできないって分かってるのに、なかなかそう考えることができないの」


「メイ……」


「私、テツヤと一緒ならこの先も大丈夫って思うことがあるわ。あの日、校門の前で色々と話した時は、私にとって初めて誰かと心と心で繋がって会話できた瞬間だった。これまでそんな経験をしたことは一度もなかったから。テツヤと出会って初めてそんな経験ができたのよ。だから……テツヤが傍からいなくなってしまったら、この先も私はダメなままでありそうで……」


 暗闇の中、メイが口を小さく歪めて笑っているのが哲矢には分かった。

 何か言いたかった。

 彼女の助けになるような、先導するような言葉を。


 だが、それは自分を際立たせるための演出に過ぎないことを哲矢は知っていた。

 答えは彼女の中に眠っている。


 やはり、メイが自らの手で探り当てなければならない。

 でなければ、この先も同じような苦しみに彼女は囚われることとなる。

 容易に何か返事をしていい場面ではなかった。

 

 メイは一度、心の中で整理するように深呼吸をする。


 ヘッドライトを点灯させた数台の車が行き交う幹線道路を背景にゆっくり歩くメイのその姿は、自身の胸の内から何かが自然と溢れ出てくるのを待っているように哲矢には見えた。


 やがて――。

 それは抑え切れない想いとなってメイの口から零れる。


 哲矢は夜空に自身の心を溶け込ませて、その真摯な告白に耳を傾ける。

 そうでもしなければ、自分の感情が彼女の側へ持っていかれてしまいそうだったのだ。

 

 横に並んで歩くメイは、真っ直ぐに前を見据えながら静かにこう続けた。


「……今なら、テツヤがどれだけ私を救ってくれたかが分かるの。私は一人じゃ、この先も絶対に上手くいかない。こういう性格だから。それは自分が一番よく分かってる。だからね、私もその未来に……」


 その瞬間、メイはハッとした表情を浮かべて恥ずかしそうに俯いてしまう。

 まるで、喉元まで出かかった言葉を口にするか躊躇っているようだ。

 もどかしさが哲矢に伝わってくる。


 背筋を冷たい指でなぞられたような、そんな緊張感が突然哲矢の中に湧き起こった。


(…………)


 自分が何かに期待していることも哲矢は薄々気づいていた。

 その言葉を彼女に言わせてしまえば、この10日ばかりの間に抱えていた葛藤も解消されるのではないか。

 そんな欲望にも似た感情が膨れ上がってくる。

 

 けれど、なぜか。

 続くメイの声を待たずに、哲矢は自分でも予期していなかった言葉を彼女へ向けていた。

 

 そうしなければならない。

 そんな使命感とも呼べる感情が最後には哲矢をあるべき道へと導いていた。

 

「――どうしてだよ」


「えっ?」


「どうしてそんな風に自分を蔑んで考えるんだ。この先も絶対上手くいかないって、なんでそんなこと言うんだよ」


「…………」


「他の誰かが自分の領域に入ってくるのが怖かったって、俺には今、その話をしてくれてるじゃんか」


 一度思いを吐き出してしまうと、哲矢は自身の気持ちをもう抑えることができなかった。


「……んん……テツヤっ……?」


 メイを両肩を掴み、彼女をその場に立ち止まらせると、哲矢は思ったままの言葉をぶつける。


「俺のこと、必要と感じてくれてるのは素直に嬉しいよ。そんな風に誰かに必要とされたことは今までなかったからさ。けど、俺の知ってるメイはそんな弱いヤツじゃない。誰かを頼らなくても一人で前を向いて進むことができる強い女の子だ」


「過去は変えることはできない。〝もしも〟なんて自分が勝手に作り上げた幻想に過ぎない。そうだって、頭では分かってるんだろ? だったら、それだけで十分だって俺は思うぜ。大事なのはこれからじゃないか? 今この瞬間から考えを変えていけばいいんだよ」


「……でも、私は……」


 辛そうに表情を強張らせ、メイは哲矢から顔を逸らしてしまう。

 これまでの彼女からは想像もつかないような仕草だ。


 だが、逆にそれが彼女の真剣さを物語っていた。


 哲矢はさらにメイの両肩に力を込める。

 ここでそれを言えるのは自分以外いない。


 ある種の所有意識のようなものが、哲矢を大々的に突き動かしていた。


「もっと自分を信じろって。そんな風に諦めちゃダメだ。日本へ来てから変われた部分だってあったはずだろ? そうじゃなきゃ、こんな面倒なことにはわざわざ付き合わないよ。誰の力を借りたわけじゃない。それは……メイ。お前が自分で選んで決めたことなんだ。この先だってそれは同じだ。自分の力で変わっていくことができるはず。俺を必要って感じてくれてるんなら……俺のこの言葉を信じてほしい」


「……テツヤ……」


 最後の言葉を口にした瞬間、彼女が瞳を丸くして唇を微かに震わせるのが哲矢には分かった。


 このニュータウンの中にいるからだろうか。

 歯の浮くような台詞も、気恥ずかしさを感じることなく哲矢は口にすることができていた。

 この街でならすべてを曝け出せるようなそんな雰囲気があるのだ。


(……いや、違うな)


 刹那的にこの地へ来ている身に過ぎないからこそそう思えるのかもしれない、と哲矢は思った。

 ここが本来の在るべき場所ではないと分かるからこそ、普段の自分を超越することができたのである。


 そして、何よりもこうすることは哲矢自身にとっても必要な行為であった。


 問題が解決されたのは何も将人だけではない。

 哲矢も、おそらくメイも、この地へ来て救われたのだ。


 メイが口にする〝心と心で繋がった会話〟をすることができて初めて、哲矢はそのことに気づけた。

 

「行こうぜ。今は俺たちがやるべきことをしよう」


 彼女はブロンドの髪で顔を隠すように逸らしたままであったが、それでも哲矢の言葉を拒否するようなことはなかった。


 白く透き通った手を哲矢が取ると、きらりと光る涙の雫が地面にぽたりと落ちる。

 その瞬間を永遠のように感じながら、哲矢はメイの手を引いて先の道を急いだ。


 第五区画はすでに目と鼻の先にあった。

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