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第315話 あの日に起きたこと その1

 それからしばらくの間は、哲矢とメイは無言のまま歩いた。


 ここはこれまで通った歩道よりも明るく整備されていたので、懐中電灯を点けるほどの意味はなかったが、つい哲矢はそれを点灯させてしまう。

 

 間を持たせたかった、というのが本音であった。

 このまま黙ってメイと二人きりで歩くだけというのでは息が詰まりそうだったのだ。


 少しでもその気まずさを誤魔化すために、哲矢は懐中電灯の明かりを大きく振りながら幹線道路沿いの歩道を歩く。


 通りを行き交う車の数はほとんどなく、ここがベッドタウンであることを改めて哲矢は認識する。

 この時間に道を行き来するのは、都心から山間部へ物資を運ぶトラックくらいだ。

 

 そんなことを考えながら車道に目を向けていると、哲矢はふとあることに気がつく。

 そういえば、こうしてメイと二人だけになるのは随分と久しぶりであるということに。


 慰労会でも二人で話すタイミングはあったが、周りには大勢の仲間がいて二人きりとなったという感覚はなかった。


「…………」


 どことなく、気恥ずかしさのようなものを哲矢は抱く。

 もはや緊張する間柄ではないはずなのに、先ほどから哲矢は妙に彼女を強く意識してしまっていた。


 だが、その一方でメイがそのことについて意識している様子はなく……。


 大きな交差点に差しかかったところで、突然、彼女は何か思い出したように声を上げる。

 それは、あの日――立会演説会当日の行動についてのことであった。


「……ねぇ、テツヤ。あれからちゃんとツルマとは会えたの? ハナから色々あったって聞いてるけど、詳しく話さないの」


「あ、あぁ……。それは……」


 その言葉を聞いた瞬間、哲矢はあの灼熱のような一日を一瞬のうちに回想していた。

 あまり思い出したくない、というのが本音だ。


 けれど――。

 メイには話しておかなければならない、と哲矢は思う。

 彼女にはそれを知る権利があるのだから。


 一度小さく息を吐くと、哲矢はその日にあった出来ごとを順を追ってメイに説明していく。

 

 校門でメイと別れた後、教室へ向かってもそこに利奈はいなかったこと。

 代わりに華音と中井が待ち構えていて彼らに襲われたこと。

 途中、助けに来た美羽子に救われて放送室へ向かうように頼んだこと。


 生徒会室にこもっていた利奈と再会し、そこで彼女の胸の内を聞いたこと。

 麻唯と仲良くなった花への嫉妬心から、利奈が計画の情報をすべて社家に横流ししていたこと。


 体育館へ向かう途中、警備員に追われながらもなんとか振り切って撒いたこと。

 けれど、体育館裏で別の警備員に襲われて、利奈と一緒に木にロープで縛りつけられたこと。

 その後、洋助とマーローが助けに現れたこと。


 体育館のステージへ上がり、選管委員らの妨害を足止めして花に告発の決定機を作ったこと。

 だが、それを突然利奈が遮り、社家を庇って〝脅迫文は自分が書いた〟と自らの罪にしてしまったこと。


 ステージ上に警備員が雪崩れ込んできて、花と一緒に取り押さえられたこと。

 ちょうどそのタイミングで将人の証言と彩夏の自白が放送されたこと。


 体育館にいる全員に向けて自分の過去を告白し、一世一代の思いを伝えたこと。


 大貴が感情的に叫び、了汰が現れたこと。

 そして、彼のことを……。


「――殴った」


「え?」


「そこからは私も見てたから」


「あ、そっか」


「……ふーん。でも、そういうことだったのね。ツルマがシャケに情報を」


 メイはどこか神妙な顔つきで目を細めると少しだけ自虐的に笑う。


「バカだったわ。あの女、なんか裏がありそうって思ってたけど、結局最後まで見抜けなかった」


「…………」


 おそらくメイの言葉は嘘じゃない、と哲矢は思う。

 メイは初めて利奈と会ったあの時から彼女に警戒心を持っていた。


(メイの態度は正しかったんだ)


 見抜けなかったというのなら、哲矢も同じである。

 生徒会室の前であれほど深い話をしたにもかかわらず、哲矢は利奈という少女のことをまったく分かっていなかった。


 なぜ、彼女は最終的に社家を庇ったのか。

 それすらも未だに分からないのである。


 大粒の涙を溜め込んだシルエットが哲矢の脳裏に浮かぶ。


 〝私はッ……! そんなできた人間じゃない……!!〟


 まるで白昼夢に見た幻のように、今となってはそれは現実にあった出来ごとなのかどうか断言することが難しくなっていた。


「だけど、テツヤ。あんたがミワコを呼んでくれたのね」


「……え? あ、うん」


 哲矢の心境を汲み取ったのかもしれない。

 沈んだ空気を変えるように、メイが少しだけ明るいトーンでそう口にする。


「じゃ次は私の話」


 バトンタッチするように、今度はメイがあの日の行動について振り返るのだった。

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