第305話 瓜生駅
「はぁっ!?」
瓜生駅のロータリーに着くなり、メイの不機嫌そうな大声が響き渡った。
改札口から出てきた帰宅途中の人々の視線が一斉に四人の元へ集まる。
だが、メイは周りの目など気にする様子もなく、そのままの調子で言葉を続けた。
「忘れものを探しに行くって……。あなた、それがどこにあるか分かってないのっ?」
「だから人手が必要なんだ。ニュータウンのどこかにあることだけは確かなんだけど」
「さっき一ヶ所だけって言ってたじゃない!」
「それはニュータウンのことを指して言ったんだ」
「は、はあっ……? どれだけ広いと思ってんのよ! バカ!」
メイはさっそく先ほど自分が口にした言葉を後悔しているようであった。
誰だってこんな夜中からニュータウンを当てどもなく探し回ろうなどと言われたら、気が滅入って当然である。
「それを……今、しなくちゃいけないんだよね?」
断片的な情報でこれから将人がやろうとしていることを理解したのだろう。
花が遠慮がちにそう訊ねてくる。
「……ああ。最悪、一人だけでも探すよ」
将人はメイの態度に屈することなく毅然とそう言い放つと、どこかへ向けて歩き始めてしまう。
「おい、どこ行くんだ?」
「コンビニ」
手を振りながら駅前のコンビニへと入っていく将人の後ろ姿を目で追いながら、哲矢はため息を吐いた。
「どうするよ?」
「……どうするもなにもないでしょ? 一人でも行くって言ってるんだから」
今の将人には、さすがのメイもお手上げ状態といった様子であった。
そんな中、何か考えるような仕草を見せていた花が静かに言葉を漏らす。
「私は、将人君について行きたい」
将人が探そうとしている忘れものが、彼のパーソナルを紐解く重要なヒントになるかもしれないということを全員が認識しているためだろうか。
どこか決意の入り混じった花のその言葉に哲矢もメイも反論することはなかった。
◇
それから暫しの間、瓜生駅のロータリー前で哲矢たちが時間を潰していると、見慣れたイングレッサG4が姿を見せる。
「おまたせ。みんな」
運転席の窓を開け、洋助が顔を出してくる。
その奥には美羽子の姿もあった。
「これでよかったかしら?」
そう言って美羽子は哲矢にビニール袋を差し出してくる。
中にはカラフルな小型の懐中電灯がいくつか入れられていた。
二人は律儀にも将人の言いつけを守り、途中で百円均一に寄って急遽人数分の懐中電灯を買ってきたのだという。
「すみません。将人がわがまま言って……」
「たまたま道沿いに百均があったからね。運がよかったよ」
運転席の窓から顔を出して洋助がそう口にすると、将人は彼に軽く頭を下げて哲矢からビニール袋を取り上げる。
そして、その場にいる全員に懐中電灯を配布し始める。
「ちょっと、こんなのいらないわよ!」
強引に手渡されたメイが反論の声を上げるも、将人はそのまま黙って団地の方角へと歩き始めてしまう。
まるで、ついて来たければ来いと背中で語っているかのようだ。
「……あいつ、今あんな調子なんです」
「うーん。そうだね……」
洋助は一度美羽子と顔を合わせると、事前に決めていた内容を伝えるようにこう続ける。
「僕らは哲矢君たちが彼に同行してくれるのなら、それで構わないって思ってるよ」
「えっ……。それじゃあ……」
「ただし。必ず一時間以内に戻ってくること。あと少しもすれば、未成年の子は補導されてしまう時間となるからね。これ以上、警察の厄介にはなりたくないでしょ?」
「はい……。それは身に染みてます」
「うん。今ちょうど21時だから22時までにこのロータリーに集合ってことにしよう。メイ君もそれでいいね?」
「私はべつに行きたくない」
「さっきと言ってることが違うぞ」
「前言撤回よ。あんなヤツの言うこと……付き合い切れないわ。私はヨウスケたちと一緒に帰る」
そう言ってメイはスカートのポケットに小型の懐中電灯を仕舞うと、車の後部席のドアに手をかけようとする。
しかし――。
「ダメだよ、メイちゃん」
その動きを花が止める。
「ハナ……?」
「メイちゃんも一緒に来てくれないと……」
その口ぶりには、どこか切迫めいたものがあった。
花はメイの視線に気づくと、少しだけ顔を逸らしながらこう続ける。
「……だって、メイちゃんが一番に将人君にものを言えるから……」
「…………」
彼女の裏に隠れた心理を読み取ったのか。
メイは渋々といった感じで首を横に振ると、「きっちり一時間よ」と口にして、小さくなり始めた将人の背中を追いかけ始める。
「それじゃ、俺たちも行きます!」
「この後、急に天気が崩れるみたいだから早めにね」
「その先は暗いわよ~。気をつけてねー」
哲矢は花と一緒に洋助と美羽子に向けて頭を下げると、そのままメイの後を追うのであった。




