第304話 行くあてのない僕たち
哲矢たち四人はそのまま一緒に緊急搬送口から病院の外へと出た。
「久しぶりだ」
外の空気を吸うなり、将人は意味深な言葉を呟く。
そんな彼の後ろ姿を花は黙って見つめていた。
まだ、どこか怯えが抜け切れていないのか、将人との距離は開いたままだ。
「…………」
その四人の間に流れる微妙な間が気になったのかもしれない。
メイはブレザーのポケットからスマートフォンを取り出すと、それを哲矢の前に差し出す。
「ほら。あんたが電話しなさいよ」
「俺っ?」
「よくよく考えたら、私こういうお願いって苦手だし」
「はあ……」
哲矢は、メイの修理されたスマートフォンを受け取ると、さっそく洋助に連絡を取ってみることにする。
少しだけ緊張しながらスマートフォンを握り締めていると、洋助に電話が繋がった。
『もしもし? メイちゃん?』
「あっ……藤沢さんですか?」
『ああ、関内君? ええ、洋助さん運転中だから代わりに私が出たのよ』
「そう、ですか」
洋助が電話に出るものと思っていた哲矢の緊張はさらに高まる。
お願いをするなら、美羽子よりも彼の方が言い易いという印象があるためだ。
『ちょうど用事も終わってね。今そっちに向かってるんだけど、まだみんな中央公園にいるのかな?』
「……い、いえ。俺たち今、瓜生病院まで来てまして……」
『瓜生病院? 藤野さんの見舞いにでも行ったの? それなら、そっちに向かうから。大体、あと10分くらいで……』
「あの……それがすみません。また、ちょっと外出しようって話になりまして……」
『え? 外出って……もうすぐ着くのよ?』
予想通り、美羽子は電話口に渋い声を上げた。
だが、ここで折れるわけにはいかない、と哲矢は思う。
心配そうな顔を向けるメイの姿が目に入る。
花は、少し離れたところから俯瞰で眺めるように行方を見守っていた。
一方で将人はというと、哲矢の電話には一切関心を示さずに瓜生病院の外観を見上げていた。
そんな彼の姿を横目に見ながら、哲矢はなるべく平静を装って言葉を続ける。
「将人が……探しものがあるみたいなんです」
『探しもの?』
「はい。それがどこにあるか、まだ分かってないみたいなんですけど……。どうしても今行かなきゃいけないみたいで……」
『関内君。分かってると思うけど、生田君は一時的な許可を得て外出しているに過ぎないの。もうこんな時間だし、今夜は自宅に帰ってもらわないと』
案の定と言うべきか。
やはり、美羽子を説得するのはハードルが高い、と哲矢は思う。
しかし、それも彼女の立場を考えれば当然と言えた。
暁少年鑑別局から一時的に出られたとはいえ、将人の審判はまだ終わっていないのだ。
おそらく、伯母夫婦の元へ帰すことが前提で外出の許可を得たのだろう。
こんな時間まで好き勝手に行動させていることがバレたら、洋助と美羽子だってどう処分されるか分からない。
哲矢たちだけの問題ではないのである。
ただ……と、哲矢は将人に目を向けながら思う。
今の彼が素直に言うことを聞くとは思えなかった。
(藤沢さんにこっ酷く叱られでもしなきゃ、将人は言うこと聞かないだろうな……)
少しだけ躊躇した後、哲矢は思った言葉をそのまま続けることにした。
「でも、今の将人、放っておくと勝手に行動しそうな気がするんです。実は、さっきも病院でちょっとした騒ぎを起こしまして……」
「それに探しものがあるって口にした時の将人の表情は……なんていうか、真に迫るものがあって……。俺たちだけの力じゃどうしようもできないオーラみたいなものを感じるんです。だから……俺たちもどうすればいいか正直迷ってて」
将人がこちらの電話を気にしていないことを確認すると、哲矢は率直にそう口にする。
あとは大人の判断に委ねるしかないと、哲矢は内心でそう思っていた。
心配そうに覗くメイも同じ気持ちに違いない、と哲矢は思う。
『…………』
電話口ではちょっとした沈黙があった。
その裏で微かな話し声が聞こえる。
どうやら、美羽子が洋助に何やら相談しているようであった。
やがて――。
『……分かったわ』
短くそう切り返す美羽子の声が電話口に戻ってくる。
彼女は、先ほどまでの一方的な口調を取り下げて優しくこう続けた。
『ひとまず合流してそこで話しましょう。あともう少しでそっちに行けるから。病院の外にいるなら、まず瓜生駅へ向かってくれる? そこのロータリーで合流しましょう』
「分かりました。それじゃ、そこで待ってま――」
その時、耳に当てていたスマートフォンを哲矢は何者かの手によって奪われる。
いつの間にか忍び寄ってきていたのか、目の前には将人の姿があった。
「懐中電灯を買ってきてください~! 人数分必要なんです!」
「……っ、お、おい……」
「よろしくお願いしまーす!」
彼は強引に自分の要望を伝えると、通話を切ってスマートフォンメイに返却する。
「懐中電灯だって……?」
「ああ。大事なことだから。とりあえず伝えておいた」
電話の内容をどこまで聞いていたのかは分からなかったが、将人は洋助と美羽子が外出の許可を出すことをまるで見越しているかのように満足そうに口元をニヤけさせる。
「…………」
その仕草を見て、哲矢は嫌な予感を抱く。
そして、それはこの後見事に的中することになるのであった。




