第303話 すべてが終わった夜に
結局、哲矢たちは将人の提案に乗ることとなった。
哲矢は最後まで反対を続けたが、メイはそんな将人の言葉を聞いて何か気づくことがあったのか。
態度を一変させて彼の提案を支持し、そのまま彼女に言い包められる形で哲矢も従うことになってしまう。
だが、確かに将人の発言の中に何か引っかかりを覚えるのもまた事実であった。
「――ったく、分かったよ。けど、一度風祭さんたちにこのことを確認してからじゃないと」
「電話すればいいの?」
「そうだけど、でもここ病院の中だから。一旦外に……」
「知ってる」
哲矢の言葉を最後まで聞き終わる前に、メイはスマートフォン片手に足早に廊下の奥へと消えて行ってしまう。
廊下で電話しているところを看護師たちに見つかれば、今度こそ大目玉を食らうかもしれないのに分かっているのだろうか、と哲矢は彼女の強引な行動に呆れつつ、再度将人の方に向き直る。
「なに?」
「いや……」
そう鋭く切り返してくる将人を見て哲矢が思うことは、今の彼は放っておいても勝手に飛び出して行きそうな雰囲気があるということであった。
それならば、こちらが一緒に付き添って、その忘れものを探すという目的を見届けた方が再び何か起きた場合でも対処ができるかもしれない。
なんだか、強引にメイの考えに寄せてしまっているような気もしないでもなかったが、あとは洋助たちの判断次第だ、と哲矢は思った。
哲矢はその場で大きく息を吐くと、メイが電話から戻ってくるまでの間に今一度将人に訊ねることにした。
「それで、その行きたい場所ってのはどこにあるんだ?」
「だから、ついて来れば分かるって言っただろ」
「……なあ。そんな言い方はなくないか? 俺たちだってお前のためにリスクを背負おうとしてるんだからさ」
「…………」
哲矢のその言葉に将人は黙り込んでしまう。
再び嫌な空気が二人の間に流れ始めた。
しかし、それも今回は一瞬のことであった。
観念したように、将人は力なく首を横に振りながら答える。
「……場所は、よく覚えてないんだ」
「覚えてない?」
「なんとなくしか……イメージでしか思い出せないんだよ」
「それって――」
哲矢が続きを口にしようとしたちょうどそのタイミングでメイが手を振りながら戻ってくる。
「ダメだわ。どこも電波が悪くて繋がらない」
「やっぱここで電話しようとしてたのかよ」
「まあ、いいわ。ひとまず病室に戻りましょう。行くわよ、マサト」
メイは、将人の手を引いて彼を立ち上がらせると、一緒に病室の方へと戻っていってしまう。
「…………」
そんな二人の後ろ姿を目で追いながら哲矢は思う。
(イメージでしか思い出せないって……どういうことだ?)
何か引っかかるものを感じつつ、哲矢も病室へと向かうのだった。
◇
三人が病室に戻ると、まず窓際のスツールへと移っていた花がこちらの存在に気づき、体をビクッとさせた。
将人の姿が目に入ったのだろう。
あのような光景を目の当たりにしたのだ。
花のその反応はとても自然なものであった。
哲矢は真っ先に花の元へと近づき、安心させるように彼女に声をかける。
「心配しなくていいよ。今のこいつは落ち着いてるから。もう、さっきみたいに暴れ回ったりしないよ。な?」
「……ああ。怖い思いをさせてごめん」
花に目を向けながら将人は短く答える。
だが――。
「…………」
将人がそう言葉を返しても、花はまだどこか不安そうな表情を残していた。
一切彼と目を合わせようとしない。
やはり、先ほどの出来ごとが相当ショックだったのだろう、と哲矢は思う。
裏切られたと感じているのかもしれなかった。
(一緒には難しいか……)
この場に花を置いていく決意をして、哲矢は変わらずに身を屈めて麻唯に付き添っている聖菜に声をかける。
「藤野さん。色々とご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした。ほら、将人」
哲矢がそう促すと、今まで憮然としていた将人もスッと姿勢を正し、彼女に対して深々と頭を下げる。
「……驚かせた行動を取ってしまったこと。麻唯に対して無礼を働いてしまったこと。どうか、お許しください。本当にごめんなさい……」
将人はさらに頭を低くして謝罪の言葉を口にする。
その姿をじっと見つめる聖菜は、自身の中で区切りをつけるようにゆっくりと顔を頷かせた。
「そんな畏まって謝らなくていいから。麻唯も無事だったわけだし……こっちは大丈夫。生田君は……もう落ち着いたのね?」
「はい」
「そう……」
「はい……」
将人と聖菜はお互いのことをじっと見つめ合う。
一瞬、静寂が病室に訪れた。
(……?)
そんな二人の姿を見て哲矢はどこか違和感を抱く。
口では上手く説明のできないちょっとした不自然さのようなものを感じたのだ。
どこか彼らだけの間で何らかの意思疎通が成されたような、そんな聖域のような瞬間……。
将人はそのままベッドの上で眠る麻唯の方を見ると、彼女に対しても深く頭を下げた。
やがて――。
「……それじゃ、すみません。これ以上長居して迷惑かけるわけにもいかないので、俺たちは先に帰らせてもらいます」
哲矢がタイミングを見計らってそう口にすると、将人と聖菜の間に流れていた違和感ある空気は消滅する。
聖菜もベッド傍から立ち上がって、哲矢たちを見送る恰好となった。
「ええ。気をつけて」
「ありがとうございます。それと……藤野さん。花のことなんですが……」
哲矢は、依然として呆然とした表情を浮かべている花を一瞥すると、言葉をこう続ける。
「また後ほど迎えに来るので、このまま部屋に置かせてやってくれませんか?」
「え? それは構わないけど……でも、花ちゃんは……」
聖菜がそう口にすると、花は俯きながらも小さく呟く。
「待って……哲矢君」
そして、ゆっくりと顔を上げて、今度こそ将人の姿をしっかり捉えながらはっきりと答える。
「私も一緒に行く」
その言葉には、これから自分たちが一体何をやろうとしているのか、すべて分かっているかのような響きが含まれているように哲矢には思えるのだった。




