第302話 4年前の忘れもの
「一ヶ所だけ行きたい場所があるんだ。付き合ってくれないか?」
暴れ回った理由を説明するわけでもなく、将人は簡潔にそう言い放つ。
その言動は、あどけない少年の面影を残していたこれまでの彼と同じとは思えないほど堂々としていて、どこか人の心を操るようなミステリアスな雰囲気があった。
一瞬、哲矢はメイと顔を見合わせる。
そのちょっとした間が答えとなった。
どうやら考えていることは同じようだ。
力なく首を横に振って哲矢は将人に返事をする。
「……ダメだ。今日は帰るんだ」
その提案をすんなりと受け入れるほど、今の哲矢たちは冷静さを欠いていなかった。
病室で暴れ回ったという事実がある以上、それを洋助たちに報告しないわけにはいかない。
しかし――。
将人も将人で一歩も引くことはなかった。
「今行かないといけないんだ」
「将人。言うことを聞いてくれ。一緒に風祭さんたちのところへ戻ろう」
「……そんな……今行かないとっ……! 時間がないんだよッ!!」
「……っ!?」
興奮気味にそう声を荒げると、将人は哲矢の襟元を掴んで顔をにじり寄せてくる。
先ほどの暴走が瞬時に哲矢の頭の中に甦った。
このままではまた同じことが繰り返されてしまう。
そう恐怖を抱く哲矢であったが……。
パシンッ!!
メイが将人の左頬を力いっぱい平手で叩くと、彼は「ぅっ……」と、短い呻き声を上げながら哲矢から手を離す。
「ちょっと落ち着きなさい!」
そうメイが口にすると、将人はそのまま顔を俯かせて黙り込んでしまうのであった。
◇
その後、将人が落ち着いて会話ができるようになるまでは、それから暫しの時間が必要であった。
「…………」
沈黙が薄暗い廊下いっぱいに横たわる。
先ほど看護師の男は、今は多くの患者が就寝していると言っていたが、こうして静寂に包まれていると本当に患者など存在するのかと疑いたくなってくるから不思議であった。
非常灯の明かりは切れかかっているのか、まるでこちらの関係の修復を急かすようにチカチカと不規則な音を立て、辺りに不安定な空気を作り出していた。
「ふぅー……」
そんな窮屈になり始めた状況に反発するように。
メイが芝居がかったため息を漏らす。
このままでは埒が明かないと悟ったのだろう。
左頬に手を当てたまま顔を俯かせる将人の姿を一瞥すると、メイは静かに問いかける。
それは彼女なりの妥協だったのかもしれない。
「急に叩いて悪かったわ」
「…………」
「でもね。さっき、あなたは同じことをしようとしてたの。マイに襲いかかろうとしてた。私たちだって、あんなものを目の当たりにさせられたら、素直に頷くことなんてできないのよ」
「…………」
「一体、どこへ行こうっていうの?」
「…………」
「どうしてそんな急ぐ必要があるわけ?」
そこまでずっと黙り込んだままの将人であったが、やがて顔を上げるとゆっくりと返事を口にする。
「……ついて来れば分かる」
そして、少し考える仕草を見せた後、哲矢とメイの姿を真っ直ぐに見返しながらこう続けるのだった。
「そこに4年前の忘れものを探しに行くんだ」




