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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第1部・桜色の街編 4月6日(土)
30/421

第30話 雪解け

「……それから月日は流れて俺は高三になろうとしていた。そんなある日。見慣れない大きな封筒が俺宛てで自宅のポストに投函されていた。送り元は家庭裁判庁からで、中に入っていた通知書には自分が少年調査官に選ばれた旨が書かれていたよ」


「正直、最初は意味が分からなかった。なんでこんな面倒なものに俺が選ばれたんだって。ウザったくも思っていたけど、次第にこう考えるようになったんだ。これは自分を変えるチャンスなんじゃないかって」


「アイツのことを忘れるようにして過ごしてきたけど、本当は心のどこかで救えなかったことを後悔している自分がいたんだと思う。それで目の前の通知書が運命のように感じられてしまったんだ。やり直す機会を神様がくれたんだって。気づいたら俺は羽衣駅に降り立っていた」


「そこから先はメイも知っての通りだ。本音を言うとさ。これまでの3日間は気持ち的にも大変だった。『今のままでいい』って主張する声と『このままじゃダメだ』って反論する声が自分の中でせめぎ合ってすごく混乱していたんだ。余裕がなかったんだよ。そのせいで周りにはたくさん迷惑をかけたような気がする」


 哲矢がそこまで話すとメイがようやく言葉を返してくる。


「まったくね」


 そう口にする彼女の顔には笑みが浮かんでいた。

 冗談のつもりなのだろう。

 哲矢はどこかホッとしてメイの目を見ながら答えた。


「けどさメイ。それはお互いさまじゃないか?」


「まぁ……思い当たる節がないわけでもないから。今回は聞かなかったことにしてあげる」


「……ったく、可愛げがねぇーぜ」


「あんたにどう思われようがどうでもいいことよ」


「へいへい」

 

 お姫様の機嫌を損ねないように気遣いつつ、哲矢はそこで咳払いをする。


 心の準備をする必要があった。

 なぜなら次に続く言葉こそ、哲矢が本当に口にしたかったことであったからだ。

 

 どこかこれまでと違う空気を察したのか。

 あえてそうするようにメイは軽いノリで訊ねてくる。


「それで? まだ話は終わりじゃないんでしょ?」


「えっ? い、いや……」


「なに?」


「と、とにかくだっ! 話をまとめるとだな。その……気持ちの整理をつけるきっかけをくれたのが……お、お前だってことでッ……」


「……ふーん。お前ってのが気になるけど」


「あっ、違う違う! 高島サンっ!」


「ちょっと前からさりげなくメイって呼び捨てにしていたの、気づいてるわよ」


「……なっ!? そ、そっちだって俺のこと名前で呼んでなかったか!?」


 照れ隠しのつもりでつい大きな声を上げてしまう。

 だが、焦る哲矢とは対照的にメイは至って冷静にその名前を口にした。


「ええ。テツヤでしょ?」


「呼んでるじゃねーかっ!」


「だって、カンナイって苗字言いづらいし」


「まあ……いいけどよ、別に」


「男のツンデレほど気持ち悪いものもないわね」


「ちげぇーって!!」


「ふふっ、あんたってホントからかい甲斐がある」


「花見は知らないくせにそんなどうでもいいような言葉だけは一丁前に知っているんだな」

 

 漫才を繰り返しているうちに本来の話は脱線してどこかへ飛んでいってしまったが、笑顔を浮かべるメイの姿を見て哲矢の胸は不思議と温かさで満たされていた。


 今ならこれを訊ねても大丈夫だろう、と哲矢は思う。

 メイの本心に迫るその問いを哲矢は自然と口にしていた。 


「それで……どうなんだ?」


「なに?」


「さっき部屋で訊いたことだよ」


「ああ」


「実はさっき、風祭さんからあと3日だけ少年調査官として宝野学園へ通ってもいいって許可をもらったんだ。これで生田将人の事件を改めて追うことができる」


「知ってるわ。ヨウスケが来た時にそう聞いたから」


「なら……」


 いつの間にか、彼女の顔からは笑みが消えていた。

 はぐらかされるかもしれない、という思いが一瞬脳裏に過る。


 哲矢は迷った。

 どう言葉を続けるべきか。

 どうすれば、彼女の心を射止めることができるのか。


 けれど、そのどれも杞憂に過ぎなかったことが続く彼女の言葉で分かった。

 

「言ったはずよ。保留だって」


「だからその答えを訊いてるんだよ」


「えっ? そのまま保ちとどめておくって意味じゃないの?」


「いやそうだけど」 


「Okayのつもりで答えたんだけど」


「は……? わ、分かりづらいわっ!!」


「どういうこと?」


 結局、こちらが勝手に誤解をしていたということらしい。

 海外育ちだから仕方ないのかもしれないが、日本語の意味を間違って捉えていたようだ。

 普通にオーケーと答えてくれた方が余程分かりやすかったと思う哲矢であったが……。


(……けど、オーケーか)


 妙な笑みが零れてしまう。

 それがバレないようにすぐさま哲矢は口元を押えた。

 

「さてと……」

 

 そう口にしたメイは「もう遅いし寒いしそろそろ戻るわ」と呟きながらベンチから立ち上がる。


 彼女が言うように急に周囲の気温が下がり始めたような気がする。

 公園の時計塔はあと数分で23時を指そうとしていた。

 このままだと本当に補導されてしまう時間だ。


「ああ、そうだな」


 哲矢も急いでベンチから立ち上がろうとする。

 だが、寸前のところで目の前の少女がそれを阻んだ。


「待って」


 手を前にかざし、これから催眠術でもかけてきそうな雰囲気だ。

 

「どうしたんだよ?」


「テツヤはこの子たちが寝るまで待っていて」


「は?」


「GeminiとLegacyよ」


「ジェミニとレガシー……?」

 

 メイはベンチの上でうずくまる二匹の猫を指さす。

 すっかり彼らの存在を忘れてしまっていた。

 猫たちは気持ちよさそうに瞼をとろんとさせている。

 

「これは命令だから」


「なんでだっ!」


「だってそっちの願いを聞くことにしたんだから。これくらいはやってもらわなきゃ」


「猫なんて放っておいても勝手に寝るだろ? なんで俺がわざわざ……」


哲矢がそう言うとメイはすごい勢いで睨みつけてくる。


「ちゃんとこの子たちの子守をすること。それが一緒に手伝う条件。私は先に帰るから」


「お、おい!? ちょっとっ……」


 立ち上がって追いかけようとする哲矢だったが、「こっち来んな!」とメイに威嚇されてしまう。

 一人で戻りたいという意味なのだろう。


「日本も絶対に安全ってわけじゃないんだぞっー!」


「分かってるわよっ~!」


 哲矢がそう叫ぶと、メイは楽しそうに手を振り返してくる。

 最後に彼女の口が微かに動く。

 暗くてよく見えなかったが、街灯に照らされたその口は『ありがとう』と動いているように哲矢には見えた。


 ブロンドの長い髪を翻してメイは夜の闇の中へと溶け込んでしまうのであった。

 



 ◇




「……ふぅ。ようやく眠りについたか」


 哲矢は猫たちを寝かしつけながら、ちょっとした充実感を味わっていた。

 自分の過去を初めて他の誰かに告白した。


 これまでは他人にその話をするのが怖くて打ち明けるのを避けてきたが、実際にそれを口にした途端、清々しい気分となったことに哲矢は内心驚いていた。

 けれど、すべてはまだ始まったばかりである。


(気を引き締めていかないと……)


 改めて哲矢は決意を新たにする。


 それともう一人。

 感謝しなければならない相手がいた。

 ――花だ。


 彼女の『友達を助けたい』という必死の思いがなければ、自分は少年調査官を続けることを決断できなかったはずだ、と哲矢は思った。

 

 また、哲矢は親友を救えなかった過去の自分を花に置き換えて見ていた。

 彼女に自身の思いを託しているような節もある。


 その感情は果たして正しいものなのか。

 今の哲矢には分からなかった。

 けれど彼女の力になりたいという気持ちだけは本物だ、と哲矢は考える。


「……川崎さんにも感謝を伝えないとな」


 明日きちんとお礼を言おう。

 そして、今日話の途中で逃げ出してしまったことを謝ろう。

 哲矢は猫たちの背中から擦っていた手を離す。


「猫は苦手なんだけど……」


 でも、これも悪くないのかもしれない。

 これからは苦手なことにも挑戦しよう、と哲矢は思う。


 月明かりに照らされる夜桜を眺めながら、哲矢の長い一日は終わろうとしていた。

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