第3話 ブロンド髪の美少女
コンコン、コンコン。
「……んっ……」
薄ぼんやりと意識が戻ってくる。
瞼を開くとそこには見知らぬ天井があった。
コンコン、コンコン。
部屋をノックする音が聞こえる。
寝ぼけ眼を無理矢理こすって意識を覚醒させる。
(……っ、そうだ……。藤沢さんが夕食の準備ができたら呼ぶって言ってたんだった)
慌ててベッドから起き上がりドアを開く。
「す、すみませんっッ……!! つい寝ちゃって……って、あれっ?」
勢いよくドアを開けるもそこには人の姿がなかった。
もうダイニングへ行ってしまったのだろうか。
髪型をささっと整えてから廊下に出るといい匂いが鼻孔をかすめる。
その香りが哲矢の食欲を刺激した。
そういえば、地元を出発してからほとんど何も口にしていなかったことを哲矢は思い出す。
楽しみにしながらダイニングへ足を踏み入れると、テーブルには豪華な食事がずらりと並んでいた。
「……遅くなりました!」
「おっ。やっと来たね。冷めないうちに食べよう」
テーブルについた洋助が笑顔で手招いてくる。
その向かいには美羽子と――。
(えっ……)
昼間のブロンド髪の少女がなぜかそこに座っていた。
「あぁあああぁっ~~!?」
哲矢が大声を出すと、洋助と美羽子は驚いたように体をビクッとさせる。
少女だけは何ごともなかったかのように視線をじっと目の前に向けていた。
「急にどうしたの?」
「い、いや……。あの……り、料理がおいしそうだったので、つい。はははっ……」
「ああ、そういうことね。だったら思いっきり召し上がって。作ったのは洋助さんだから最高よ」
「口に合うかどうか分からないけど」
美羽子の言葉に洋助は謙遜する態度を見せる。
けれど、哲矢はその会話に意識を集中させることができずにいた。
「そ、そうなんですね! あ、これローリエですかっ?」
なんだか無理に話題を逸らそうとしているみたいで気まずかったが、幸い二人とも特に気にしていないようであった。
とにかく自然な流れで紹介されるの待とう、と哲矢は思う。
「……それでこの味加減が難しくてね。配分が重要なんだけど下準備も意外と苦労して。これが驚くと思うんだけど――」
それから洋助は哲矢に褒められたことで気分を良くしたのか、自分の料理について饒舌に語り続けていた。
相槌を打ってしばらくは付き合っていた美羽子もさすがにこの状況を見かねたのか、タイミングを見てフォローを入れてくる。
「そうだ、洋助さんっ。二人の紹介がまだだったわ」
「えっ? あ……ああっ! そうだったね! ごめん。つい話し過ぎてしまったようだ」
「関内君。紹介したい子がいるの。と言っても、さっきからここに座っていると思うけど……」
「は、はいっ……」
目の前の少女は相変わらず感情のないまま固まっていた。
昼間の笑顔は影を潜め、まったくの別人なのではないかと疑ってしまうほどだ。
美羽子は彼女の名前を口にした。
「高島メイちゃん。3日前からここにいるの」
「…………」
メイと紹介された少女は哲矢の方を一度も見ようとせずに黙っている。
妙な空気が一瞬食卓を覆った。
「……それで、こちらが関内哲矢君。彼は今日東京に出てきたの。そうよね?」
「あ、はいっ! よろしくお願いしますっ……!」
反射的に彼女に対して頭を下げる哲矢であったが、メイはそれを無視するようにツンとした態度のままであった。
世の美しい女性が皆そうであるように、過度に注目されることを極端に嫌っているようだ。
つまり、自意識過剰というやつだ。
それで哲矢の態度も決まった。
(……なるほどね)
キャッチボールをする気がないのなら、意識するだけバカらしい。
夢を見ていたようで、哲矢は途端に自分が恥ずかしくなる。
二人の間に流れるそんな不穏な空気を察することなく、洋助は軽快な調子で話に加わってきた。
「メイ君はアメリカと日本のハーフでね。カリフォルニアに住んでいるんだけど、向こうは3月の終わりからイースターまでの間は学校は休みだから。スプリングブレイクを利用して日本に来たんだよ。14日までだったかな? だから、関内君よりも長めに滞在することになると思うんだけどね。あと、さっき君を起こしに行ったのは……」
「おほん」
咳払いをして椅子から立ち上がると、そこでようやくメイが言葉を口にした。
「もういいでしょ。私、おなか空いたわ」
わがままで高飛車な態度が顔に出ている。
しかもその視線はこちらへ向けられていて、哲矢はなぜ自分が敵意をむき出しにされているのかが分からなかった。
(こういう子は勘弁だな……)
哲矢はそっぽを向いてその視線を上手くかわす。
「あれ? なんか二人とも顔が怖いよ?」
まだ不穏な空気に気づいていないのか、洋助が不思議そうに首を傾げる。
美羽子だけは哲矢とメイの態度の意味を理解しているようで、早口でこう口にして切り上げるのだった。
「とりあえず、紹介はこれでおしまいね。メイちゃん、関内君。仲良くね。さあ、食べましょう」
結局、食事中に哲矢はメイと目を合わせることはなかった。
◇
夕食が終わると、哲矢は率先して洗いものを手伝う。
あの後、メイは一度も自分の方から口を開くことはなかった。
食器をキッチンへ置くと、そそくさと2階の自室へと引き上げてしまう。
どういう育ち方をすればあんな態度が取れるのだろうか、と哲矢は思う。
海外育ちというのは理由にならない。
それ以前の常識が彼女からは欠落しているように哲矢には思えたのだ。
哲矢は隣りで洗いものをする美羽子に彼女についてさり気なく訊いてみることにした。
だが、美羽子も「よく知らないの」と言うだけで、それ以上は余計なことを口にしなかった。
洗いものを終える頃には、ダイニングからは洋助の姿も消えてなくなっていた。
仕事の続きに自室へ戻ったのかもしれない。
「それじゃ、関内君。これから簡単に少年調査官の務めについて説明するわね。ついて来て」
美羽子に案内され、哲矢は2階のレクリエーションルームへと通される。
彼女は、勝手知ったる所作で部屋の木製デスクに備えつけられているノートパソコンを開くと、それを用いてレクチャーを始めようとする。
「どうぞ」
哲矢は革張りのアームチェアに腰をかけ、彼女の講義に耳を傾ける準備を整えるのであった。