第298話 夜の瓜生病院
桜ヶ丘中央公園を後にした四人はそのまま徒歩で桜ヶ丘プラザ駅まで歩くと、電車に乗って一駅先の瓜生駅で下車する。
帰宅する者たちで溢れるロータリーを抜けて、哲矢たちは足早に駅近くの瓜生病院へと急いだ。
外灯に照らされた葉桜が立ち並ぶ坂を登り、以前と同じ要領で正面口から院内へと足を踏み入れる。
哲矢がこの病院を訪れるのはこれで三度目であったが、夜に訪れるのは初めてのことだった。
(……なんか、全然違うところに来たみたいだな)
そんなことを考えながらロビーを横切っていると、メイが小声で話しかけてくる。
「夜の病院って、どこか雰囲気が違うわよね。この間まで私も別の病院に入ってたから分かるけど、なんか不気味っていうか……」
「メイちゃん、この前私が見舞いに行った時もそんなこと話してたよね。確かに……夜の病院に泊まるのって、少し怖いかも……」
二人が口を揃えて言うように、夜に訪れる病院は昼間とはまた違った薄気味の悪さがあった。
待合室は診察の受付時間がすでに終了しているためか、誰の姿もない。
照明は点いているものの、どこかしら薄暗く感じてしまう。
そのまま時間外受付窓口に四人はそっと顔を出し、その場にいた職員の女に友人の面会に訪れた旨を伝えた。
「今からなんですけど……もう終わってますか?」
哲矢がへり下りながらそう口にすると、女性職員は品定めでもするように四人の顔を一瞥する。
「……あなたたちだけ?」
「はい」
「藤野麻唯さんの面会に来たんです」
花が横から言葉を補足すると、職員の女は一瞬目を丸くしてもう一度哲矢たちの顔を見渡す。
そして、何かを察したように記帳用紙を差し出してくるのだった。
「本来なら20時以降の面会は他の患者さんの迷惑になるからお断りしてるのだけど……今回は特別に」
彼女はどこか事情を察したような態度でそう口にする。
もしかすると、連日世間を賑わせているワイドショーの件に気づいたのかもしれない。
四人は礼を言って許可証を受け取ると、必ず一時間以内に戻ることを条件に面会の許可を得るのであった。
それから哲矢たちは、来院した前回、前々回と同じ要領でエレベーターで3階まで昇る。
非常灯の明かりだけとなった入院フロアは、1階のロビーよりもさらに不気味に感じられた。
突き当りにある脳神経外科のナースステーションを横切ると、中に数人の看護師たちの姿が確認できた。
彼らに頭を下げ、そのまま四人でさらに奥のエリアへと進んでいく。
ようやく見知った個室の並びが見えてくると、哲矢は初めてこの場を訪れた将人に小声で、「あそこだ」と言って合図を送る。
彼は緊張した面持ちでこくりと頷いた。
瓜生駅を降りたあたりからずっとこんな調子なのだ。
やはり躊躇いがあるのだろう、と哲矢は思う。
以前の将人は麻唯ととても仲がよかったというが、今の彼にはその当時の記憶はない。
あるのは、自分がクラスメイトの数名に襲いかかったという罪悪感のイメージ。
社家に告げられたその言葉が、これまで長い間将人のことを縛り続けてきたのだ。
〝僕は直接、藤野に謝りたいんだ〟
先ほど彼は覚悟を持ってそう口にした。
深い後悔の念を抱いているからこそ、いざ麻唯との対面が間近に迫って足が竦んでしまっているのかもしれない。
それは、隣りで並ぶ花にしても同じようであった。
つい今しがたまで笑顔を浮かべていた彼女も病室が近づくにつれ、徐々に顔を強張らせていった。
(…………)
その様子に哲矢は若干の違和感を抱く。
誰よりもこの再会を待ち望んでいたのは花であるはずだ。
将人と同じような理由で緊張しているようには見えない。
もっと、何か別のものに怯えているような、そんな風に哲矢には見えた。
ちらりと盗み見る花のその横顔からは、はっきりとした不安が読み取れる。
何かよくないことが起こる。
まるで、そんな未来を予見してしまったような……。
「花、どうした?」
「えっ……」
「なんか顔色よくないからさ」
「……な、なんで? 平気だよ?」
「ならいいんだけど」
「…………」
花は自分の感情を悟られないように、顔を隠して哲矢たち三人の前に一歩出る。
そうして彼女を先頭にする形で、四人は麻唯の病室へと近づいていく。
それからすぐに――。
(っ……)
麻唯の病室の隙間から微かな明かりが漏れていることに哲矢は気がつく。
周りの部屋が消灯している中でそこだけが明らかに浮いていた。
それを目にして哲矢は確信する。
やはり聖菜が中にいるのだ、と。
「哲矢君……」
花が小声を零し、ぴたりと足を止めて振り返ってくる。
ハッと、今気づいたといった表情を浮かべていた。
おそらく、この時になってようやく花は哲矢が病院行きを躊躇っていた理由に気づいたのだろう。
ひょっとすると、将人が釈放されたことに気を取られるあまり、土日は聖菜が病室に泊まり込みで来ているという事実を忘れてしまっていたのかもしれない。
「……大丈夫だ。行こう」
将人とここまで来てしまった手前、戻るという選択肢はない。
哲矢は花の背中を押すようにそっとそう口にする。
聖菜も大人だ。
将人と対面したところで感情的な行動に走ることはないはずだ、と哲矢は思う。
戸惑いながらも頷く花を待ってから、哲矢は周りに気を配りながらゆっくりと病室のドアをスライドさせるのだった。




