第286話 ゆらめく大貴の像
バックミラー越しに事実を淡々と並べる洋助の言葉を耳にしても、哲矢はすぐに実感が湧いてこなかった。
あの時、自分は核心を突くことなくステージを降りたはずだ、と哲矢は思う。
だから、大貴がこうもあっさりと事件の犯行を認めるとは考えていなかったのである。
(…………)
信じられない、というのが率直な感想だった。
しかも、洋助の話を聞き進めていくと、どうやら大貴はほとんどの犯行は自分の指示によるものだ、と認めたようであった。
Twinnerの投稿や脅迫文の差し出しについても、自分の指示であったと口にしたらしい。
(だって、Twinnerの投稿は入谷がやったんじゃないのか……?)
社家が書いた脅迫文についても今となっては大貴の指示かどうかは怪しかった。
体育館での豹変ぶりを見れば、社家が花の立会演説会参加を邪魔するために単独で動いたようにどうしても思えてしまう。
どちらにせよ、大貴が罪を認めたことはやはり事実のようであった。
最初の取り調べ以降、事件を蒸し返したことについて警察が追及してこなくなった理由もこれで納得がつく、と哲矢は思った。
「――逮捕された翌日には、今日哲矢君がそうしたように彼も裁判官と面接をしてね。結局、練馬にある特別少年鑑別局へ入れられることになったんだ。様々な罪状が重なってるから。少年院か、最悪の場合は少年刑務所へ入ることになると思う」
洋助は黄金色に光るフロントガラスに目を細めながら重々しくそう口にする。
「そう、ですか……」
哲矢としてはそう返すのが精いっぱいであった。
◇
イングレッサG4は工事の渋滞を抜けて幹線道路を右折すると、そのまま街路樹が立ち並ぶ登り坂を進んでいく。
夕焼けが一番美しく映える時間であった。
だが、哲矢はそんな外の景色には目もくれず、洋助の話に夢中となっていた。
気になることはまだ山ほどあった。
洋助が話を区切るちょうどそのタイミングで哲矢は改めて彼に訊ねる。
「……それで、結局、動機はなんだったんですか?」
「うん。どうやら橋本君は藤野さんと度々衝突していたようでね。彼女は生徒会長だからそれで何度か揉めることがあったみたいなんだ。学園随一の不良グループにしてみれば、生徒会は目の上のコブだからね。それが一番の理由って話だよ」
「…………」
確かにそれは花からも聞いていた話であった。
麻唯だけは大貴になびくことなく毅然とした態度で接していたという、いつかの彼女の言葉が甦る。
大貴が麻唯のことを快く思っていなかったとしても不思議なことではない。
だが――。
(本当にそんなことが理由なのか?)
夕陽に染まった車内で哲矢は今一度考える。
彼は本当にそんなことで人を窓から突き落としたりする人間なのだろうか、と。
以前の自分ならその問いに即答できていたはずだ、と哲矢は思う。
だが、あの日市庁舎で一緒に彼と過ごして以来、哲矢の大貴に対する見方は180度変わった。
体育館で最後に見た大貴の姿が哲矢の脳裏にフラッシュバックする。
「……お前の勝ちだ……」
「えっ?」
「いえ……ステージで気を失う直前、大貴と目が合ったんです。その時、あいつの口がそう動いてるように見えて……」
今にして思えば、あの時からすでに大貴の心は決まっていたのではないだろうか、と哲矢は思う。
けれど、その考え方は説得力を持たなかった。
結局、哲矢は大貴に決定打を突きつけていなかったのだ。
〝勝ち〟と言われるような終わり方ではなかったはずなのである。
そのような状況で彼が自白を決めていたのだとすれば、話は幾分変わってくるのではないか、と哲矢は思う。
(……もしかして、初めから警察へ行くことは決めていたのか?)
最初から結末がこうなることが分かっていて、廃校であのような発言をしたのではないか。
そんな馬鹿げた考えが哲矢の頭に浮かんでくる。
(――ッ、そうだっ!)
その時、哲矢は先ほど頭に引っかかったものの正体に気がつく。
(鶴間が言ってたじゃないか!)
あの日、生徒会室で聞いた利奈の言葉が甦る。
『川崎さんからのLIKEを社家に見せたら……教室に入谷さんの仲間を送るって、そう怒鳴ったの』
確かに彼女はそう口にしていた。
(やっぱり、大貴が指示したわけじゃなかったんだっ……)
だとすると、新たな疑問が浮かんでくる。
なぜ、大貴は嘘の供述をする必要があったのか。
しかも、自分が不利になるような供述だ。
グループのリーダーとして仲間を庇ったのだろうか。
(……いや、違う)
これはそんな単純な話ではない、と哲矢は思った。
今となって哲矢に分かることはただ一つ。
大貴の言動の数々は、どれもパフォーマンス的な色合いが強かったのではないか、ということであった。
まるで、自らパズルのピースをはめにいっているような、そんな不自然さがようやく今となって浮き彫りになる。
大貴が本当のところは一体何を考えていたのか。
哲矢にとってさらに謎が深まった瞬間であった。




