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第285話 不意のチェックメイト

 イングレッサG4は颯爽と風を切りながら順調に進行を続けていた。


 前方に注意を払いながら洋助がハンドルを左に切ると、車は幅の狭い都道へと入っていく。

 まだまだ、彼の話には続きがあるようであった。


「――実は、警察に捕まったのは哲矢君と川崎さんだけじゃなくてね。他にも数名いたんだよ」


「はい。俺、直接見ました。パトカーから降りるタイミングが一緒だったんです。大貴の仲間たちのことですよね?」


「ああ……そうか。哲矢君、気を失っていたようだから気づかなかったと思ってたんだけど、見たんだ?」


「特徴ある連中ですから」


「うん。彼らも桜ヶ丘中央警察署へ連れて行かれたんだ。でも、結局は川崎さんと同じでその日のうちには釈放となったみたいだね」


「えっ……ちょっ、ちょっと待ってください! その日のうちですか!?」


「僕はそう聞いてるよ」


「でも、あいつら……俺だけじゃなくて、メイにも藤沢さんにも酷いことしてっ……!」


「……そうだね。だけど警察は、彼らは橋本君に無理やり命令されたって、そう判断したみたいなんだよ」


「無理やり命令された?」


 そんなはずはない、と哲矢はすぐに思った。

 教室での華音や中井の表情は、純粋に暴力を楽しんでいる者の顔であった。

 それに、彼女たちが付き従っていたのは彩夏のはずである。


 哲矢の脳裏に過るのは、市庁舎屋上で交わした大貴との最後のやり取りだ。


 〝フフフッ。それは楽しみだ。俺は傍から見学させてもらうよ〟


 そう笑って大貴は姿を消した。

 彼は純粋に結末を見ようとしていた。

 その彼があんな卑怯な手段を命令するというのはやはり無理がある、と哲矢は思う。


 だからこそ、違和感があるのだ。

 今回の警察の判断は大貴の側がそれを認めたという裏づけがなければ成立しない。


(本当にあいつがそんなことを認めたのか?)


 引っかかりはそれだけではなかった。

 もっと何か大事なことを忘れてしまっているような、そんな感覚があった。


 だが、それが何であったかを思い出す前に、洋助から気になる言葉を耳にし、哲矢の意識はまた別の方へ向くこととなる。

 

 洋助は丁寧にハンドルを切りながらこう続けた。


「あの日、学園の駐車場にはものすごい数のパトカーが来てね。警察が一斉に入って来ると体育館は異様な空気に包まれたよ。どうやら、市長の秘書官が通報したみたいなんだ」


「あの人が……」


「彼女はかなり取り乱していて。何度も絶叫してたから、その場にいた生徒の子たちはとても怖がってた。逆に市長はとても落ち着いているように見えたかな。ステージの上に立って、そこから景色をゆっくりと見渡していたのが印象的だったよ」


「…………」


 了汰の心境については正直哲矢には分からなかったが、山北のその反応は想像の範疇であった。

 彼女は本当に了汰や街のことを考えていた。

 たった半日も一緒にいなかったが、それだけは確かに哲矢に伝わってきた。


 だからこそ、部外者である自分にあそこまで言われたことは相当堪らなかったに違いない、と哲矢は思う。

 山北が激高するのも無理はなかった。

 それだけのことを自分は言ったのだ、と哲矢は思う。


 しかし――。

 洋助は哲矢が考えていることとはまったく斜め上に話を動かし始める。

 結果的にそれは先ほどの違和感の答えに繋がる話となるのであった。


 前方に工事中を知らせる電光掲示板が夕日に反射して見える。

 洋助は車を器用に減速させると、再びバックミラーに視線を戻しながら慎重に言葉を重ねた。


「彼女は橋本君の名前を何度も叫んでた。僕には二人の関係については分からないけど、彼は市長の息子でもあるし、あの様子だと相当責任を感じてたんじゃないかな。悔しかったんだと思う。率先して連れて行かれたからね。自分が連絡した手前、信じたくなかったんだろう」


「え……連れて行かれたって、大貴がですか!?」


 突然、話があらぬ方向へと転がり始めたことで哲矢は思わず上擦った声を上げてしまう。


「あれ? だって、さっき哲矢君、彼らの姿を見たって……ああ、でもそうか。彼は哲矢君たちよりも一足早く警察官に連れて行かれたからね。橋本君の姿は見なかったのかな。同じ留置場に入れられてたはずだけど……」


「……ッ……」


 それを洋助から聞いて、哲矢は言葉を失う。


(俺は一体なにを勘違いしてたんだ……)


 花だけでなく大貴も警察に捕まっていたのだ。 

 しかも、彼は同じ留置場へ入れられていたのだという。


 即日釈放ではなく留置場へ入れられたことから察するに、やはり大貴は〝仲間に無理やり命令した〟と口にしたのだろう、と哲矢は思った。


 これ以上、余計な推測はいらない。

 根本的なことを聞く必要があった。


 哲矢は薄く下唇を噛むと、運転席に座る洋助の背中に目がけて問いを投げかけようとするが、それをする前に洋助の方から言葉が飛んでくる。

 それは、哲矢が一番聞きたかった内容であった。


「……彼は罪を認めたんだ。藤野さんを教室の窓から突き落としたのは自分だって。事件を隠ぺいするために生田君をはじめとする多くの人たちを利用したと、その場で警察官に自白したんだよ。哲矢君、君たちの読みは正しかったんだ」

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