第267話 哲矢サイド-61
意外な人物の告白に会場はしんと静まり返る。
ほとんどの者は唖然と驚きの表情を浮かべていたが、社家だけは俯かせた顔を少しだけ上げ、口元の隙間から光る歯を覗かせていた。
「ど、どうして……」
哲矢の口から自然と零れるのはそんな素朴な疑問。
直後、先ほどの利奈の言葉が哲矢の脳裏にフラッシュバックする。
〝置いて、いかないで……〟
〝これ以上……こんな思いで、いるのは……ヤなの……〟
〝……ここで、置いていかれたら……私は……〟
彼女は涙ながらにそう訴えていた。
(……違った、のか……?)
自分はとんでもない誤解をしていたのではないだろうか。
利奈との間にあったズレに哲矢は薄々気づき始める。
「……ちょ、ちょっと待ってください。それって、どういう意味ですか……?」
内幕を知らない花にとっては理解に苦しむ発言であったに違いない。
マイクを外し、そう訊き返すのが精一杯といった様子だ。
だが、利奈はさらに場を混乱させるような言葉を繰り返す。
「そのままの意味! 私がその手紙を川崎さんの机の中に入れたのっ!!」
「な、なにを言って……」
当然、花はそんな言葉を聞きたくなかったはずだ。
会場にいるほとんどの者たちと同様に、花もまた別の意味で唖然とするほかないようであった。
その刹那――。
利奈の視線が一度、教員席の方に向くのを哲矢は見逃さなかった。
一瞬ではあったが彼女は社家と目を合わせ、何らかの意思疎通を果たしたようであった。
そこには、生徒会室で赤裸々に自身の気持ちを打ち明けてくれた利奈の姿はない。
(なんで……なんでなんだよっ……鶴間!)
哲矢にはもう何が何だか分からなくなってしまっていた。
彼女の本心が一体どうであったのか。
思い返せば、こうであると断言できるほどの自信を哲矢は持ち合わせていなかった。
やがて、利奈との距離は哲矢の手の届かないところまで開いてしまう。
社家とのアイコンタクトがどのような意味があったのか分からなかったが、その後の利奈の態度は一変してしまう。
「もういいでしょっ? 私がやったことなの!」
「ちょっと、あなた。一度下がって」
「……す、すべて私の責任! 全部、私が悪いの!」
利奈を止めようと前に出た牛久保の制止を振り切って、彼女は花に詰め寄っていく。
花は唖然とし、どうすればいいのか分からないといった表情を浮かべていた。
そして、攻守逆転のこのシーソーゲームは、この後予想もしない展開へと発展していくことになる。
「……だから、もうこれ以上はッ!」
利奈がそう締めの言葉を口にしかけたその瞬間――。
ダッ、ダッ、ダッ、ダッ!!
体育館前方の入口から規則正しい靴音を響かせた警備員の集団が勢いよく雪崩れ込んでくる。
「なっ!?」
思わず哲矢は驚きの声を漏らしていた。
その数、ゆうに二十人は越えている。
警備員がほかにも学園に潜んでいるかもしれないと考えていた哲矢であったが、これほどの人数とは予想していなかった。
続けざまに清川の叫び声が聞こえてくる。
「ステージに上がる者すべてを無力化させなさい!! これ以上、暴挙を許してはなりませんッ!!」
その声が体育館に響いてから1分も経たないうちに、哲矢を含む仲間のすべては抵抗する間もなく、警棒を使用した警備員たちに取り押さえられてしまう。
まず先にステージを追い出されたのは、牛久保を筆頭にした書道部の部員らであった。
「オ、オイッ! 吾輩のギターに触るなぁぁッ~~!」
粘る一兵も同様に数の力に屈し、無理やり引き摺り下ろされてしまう。
最後にステージに残ったのは三人。
「大人しくしろ! このガキ!」
「観念しやがれぇ!」
二人がかりで警備員の男にがっちりと体を押さえつけられていた哲矢は、全身に疼き始めた痛みと戦いながら抵抗を試みていた。
「……くッ……は、離せっ……!」
簡単にこの場から去るわけにはいかない、という強い思いが哲矢に力を与える。
一度ステージを降りてしまえばもう後に戻ることはできないと分かっていたのだ。
その重みを花も十分に理解しているのだろう。
彼女もまた、演台近くに身を固め、哲矢同様に必死で抵抗を続けていた。
「は、離してぇぇっ……!! わ、私はまだッ……!」
残る利奈は、何かが壊れてしまったように絶叫を振り撒いて、取り囲む警備員たちを唯一困惑させていた。
また、教員席にも一人。
自分の内の何かが壊れてしまった者がいた。
社家だ。
彼は呆然とした表情でステージを見つめている。
おそらく、このような事態となることは知らされていなかったのだろう。
清川だけがすべてを把握していたのだ。
ステージ上の混乱に反応するように、会場は悲鳴とも歓声ともつかない生徒たちの声で溢れ返っていた。
教師の中にも騒ぎ始める者たちが現れる。
体育館はまさに混沌の渦へと巻き込まれつつあるのだった。




