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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第4部・立会演説会編 4月10日(水)
265/421

第265話 哲矢サイド-59

 哲矢は改めて館内の様子に目を向ける。

 すると、先ほどよりも騒ぎが一段と大きくなっていることに哲矢は気がつく。


(……な、なんだ……?)


 前方入口の隙間から中の様子を再び覗き見ると、ステージの状況は刻一刻と変化しており、花の周りには選管委員の魔の手が迫っていた。


 思わず花の名前を叫びそうになる哲矢であったが、瞳に見覚えのある人物の姿が映る。

 花の元へ詰めかける選管委員らを振り払うようにして、アコースティックギターを片手に暴れ回る人影がそこにはあった。


 先ほどの洋助の話を思い出すまでもなかった。

 その風貌を一目見れば、〝彼〟が誰であるか哲矢にはすぐ分かった。


(稲村ヶ崎っ!)


 おそらく、劣勢を強いられている花の現状を見かねて応戦してくれたのだろう。

 無関心な態度を見せてきた一兵であったが、やはり哲矢の目に狂いはなかった。

 彼はとても頼りになる男だったのだ。

 

 しかし、そうおちおちと喜んでいられないのが現在の戦況であった。

 演台を死守する二人の元には、社家の巧みな言葉に扇動された選管委員らの魔の手が間近まで迫って来ていた。

 数で敵わないことは明らかだ。


(助けに行かないと……!)


 あれだけの人数を相手にするにはそれなりの防衛用具が必要だ、と哲矢はとっさに思う。

 だが、目の届く範囲にはそれらしき物は見当たらない。


 剣道場にあった竹刀を一本持ってくるべきだったと後悔する哲矢であったが、ふとある物が視界に入る。


(これなら使えるか?)


 入口の脇に立てかけられていたホールモップを手に持って決意を固めると、哲矢は周りの目など気にせずに堂々と館内に足を踏み入れ、ホールモップを盾代わりに勢いよくステージ左側の階段まで駆け抜けるのであった。






―――――――――――






 依然として放送室の様子が気になる状況ではあったが、今はこの場にいる者たちでできることをするしかない、と哲矢は考えていた。


 演台で一人となった花に哲矢は目で合図を送る。

 すると、彼女は意図を理解したようで、頷きながらその準備に入ったようであった。


『貴様らぁァぁッッーー!! 自分たちがなにしてるのか分かってんのかぁァッッ!!』


 怒り狂った社家が教員席で怒鳴り散らすさまが目に入るも、哲矢はそれを無視してホールモップで選管委員らの制止を続けながらある人物の姿を目で探す。


(……いた……)

 

 ステージ上からなら、その異様な集団はすぐに見つかった。 

 後方入口の辺りからこちらを睨みつけている長身の男子。


「大貴っ……」

 

 哲矢の視線に気づいたのか、彼は少しだけ口元を吊り上げた。


(見てろ、絶対に自白させてやる……)


 心の中でそう呟くと、哲矢はもう一度花の方へ目を向ける。

 彼女は周りに邪魔をする者がいないことを確かめてからゆっくりとマイクに口を近づけるのだった。


『――先ほどの先生の話ですが、あれはすべて事実です。哲矢君とメイちゃんと私の三人は、確かに昨夜園内に忍び込みました。ですが、それにはちゃんとした理由があったからなんです。私たちはある物を探すためにそのような行動を取ることにしたんです』


 花がそう言葉を区切ると、社家の顔がピクッと引き攣るのが哲矢には分かった。

 きっと、彼女が何を言おうとしているのかが分かったのだろう。


 なおも勢いに任せて反論を試みようと喚き散らす社家であったが、どうやら利奈の計らいにより彼らの側で用意していたマイクは通電しなくなってしまったようだ。


 そんな抵抗を続ける社家に対して手で制止するのは意外なことにも清川であった。


 その表情からは、めらめらと炎を燃やす鬼人のような怒りに震えた感情が読み取れ、思わず哲矢はゾッとしてしまう。

 けれど、花は教員席での一幕には気づいていないようで、核心に迫る言葉を淡々と口にするのだった。


『昨日の六時間目の前に、私は自分の机の中に差出し人不明の手紙が入れられてるのを見つけました。そこには〝死〟って文字がびっしりと埋められていて、下段には〝生徒会長代理選挙の立候補を辞退しろ。さもなくばお前に死が訪れる〟という内容も書かれてました』


『その手紙だけでしたら誰かのイタズラと片づけることもできましたが、立て続けに不審な出来ごとが起きました。哲矢君のTwinnerアカウントから少年調査官の存在を暴露するような投稿がされたんです。もちろん、これは哲矢君が投稿したわけじゃありません。だって、哲矢君のスマホは誰かに盗まれてしまったんですから』


『私たちはこれら二つの出来ごとを同一人物による犯行だって結論づけました。そこで私たちはまず手元にある手紙を元に犯人を捜すことにしました。幸いそれは手書きで書かれていたので、その筆跡を調べれば犯人が分かるって思ったんです。私は書道部なので筆跡を鑑定することには自信がありました。その比較する素材を手に入れるために、私たちは夜の学園に忍び込んだんです』


 花がそこまで口にすると、社家はこれから彼女の口から語られる言葉を悟ったのか。

 マイクをギュッときつく握り締めたまま、その場で肩を震わせる。


 隣りに座る清川だけが真っ直ぐにステージを見つめていた。


 その様子を見て、彼らの間で均衡が崩れつつあることに哲矢は気づく。

 それは長い間探し求めてきた突破口を見つけた瞬間でもあった。

 

 一方で会場は賛否両論の空気に包まれていた。


「それで夜に学園忍び込むかふつー」

「頭悪くね?」

「最悪じゃん、私たち疑われてたってわけでしょ?」

「ただの犯罪なのに善人ぶってんじゃねーよ」


 中にはそうした過激な意見も聞こえてくる。

 だが、哲矢にはそれを無理に止めることはできなかった。


 なぜなら、そうした批判をしている者の言葉もまたすべて正しいのだ。

 こればかりは何を言われても仕方のない部分であった。


 なんとか誠意を見せて彼らの信頼を勝ち得るほかない、と哲矢は選管委員らを押さえ続けながら思う。

 

 花としてもこうした反応が上がることは予測済みだったのだろう。

 真摯に自分の思いを口にする。


『私は、自分のしたことが正しいことだとは思ってません。むしろ、道徳的に考えれば、やってはいけないことをしてしまったという自覚があります。ですが……これは必要悪でした。多少の悪事に手を染めても、それをする必要が私たちにはあったんです』


『……なぜなら、脅迫文を書いた犯人とTwinnerを投稿した犯人を見つけることが、将人君の無実を証明することに繋がると私たちは考えていたからです。結果的にその甲斐もあって、私たちは犯人と思われる人物を探し当てることに成功しました』

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