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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第4部・立会演説会編 4月10日(水)
260/421

第260話 花サイド-31 / 花の演説 その3

 キーンと鋭く金切るマイクのハウリングが先陣を切って体育館全体に響き渡ると、その後には、まるで雪崩れでも起こったかのように会場に木霊する無数の騒めきはうねりと化し、あらゆるものを飲み込んで巨大な騒音を作り上げていく。


 後方ドア付近にいる大貴の存在に皆が気づくまでそう時間はかからなかった。

 体育館の視線が一斉に彼らへと注がれていく。 


「…………」


 しかし、渦中にある大貴は花の言葉を否定も肯定もすることなく、涼しげな表情でステージを見返すだけだ。


 一番の大きな変化は、花に対する聴衆の態度であった。


 〝大貴ら不良の話は公で口にしない〟というタブーを破った花をある種の神格化した目で見る者が増えていく。

 それは、この学園に不満を抱いている者ほどその度合いが強かった。


 花は、周りの期待を一身に受けていることを実感しながら、『今からそう思う理由をお話ししたいと思います』と口にして、具体的な内容へと切り込んでいくのであった。

 

『まずは念のため認識に間違いがないように、あの日に起きた事件の概要から振り返りたいと思います。事件は今年の2月、前三年生の卒業式の前日に起こりました。被害者は三崎口君、塚原君、渋沢さん、そして麻唯ちゃんを合わせた計四人。これは公表されているので皆さんもご存じのことと思います』


『放課後、金属バットを持った将人君がまだ教室に残っていた四人に突然襲いかかり、三崎口君たち三人はそれで軽傷を負い、逃げ遅れた麻唯ちゃんは窓から突き落とされてしまったというのがこの事件の概要です』


『正直、この話を初めて聞いた時は、簡単に信じることができませんでした。真っ先に思ったことは〝将人君がそんなことをするはずがない〟ってことでした。ましてや、あれだけ仲のよかった麻唯ちゃんを窓から突き落とすなんて……。そんなことあり得ないんです』


『でも、クラスのほとんどの人は、表面上ではそれを不審に感じていない態度を装っていました。私にはそれが不思議でなりませんでした』


 花の話が進むにつれ、社家の表情が徐々に曇り始める。

 隣りに座る清川にしてもそれは同じであった。


 教員席から放たれる二人の視線に気づきつつも、花はそれをあえて無視するようにして言葉を続ける。

 ここでやめるわけにはいかないという強い使命感が今の花を突き動かしていた。


『被害者とされる三人にはある共通点があります。三崎口君、塚原君、渋沢さんの三人は、橋本君の親しい友人であるという点です。その点に関して違和感を抱いた人は多いはずです。私も疑問に思いました。とても偶然とは思えなかったからです』


『だって、こう言ってはなんでですが、三人は放課後に教室に残って仲良く駄弁るようなそんな生徒じゃないんです。私からすれば、とても近寄りがたくて怖い存在です』


『そんな彼らに混じって麻唯ちゃんが教室に残っていたという点も不審に思えました。言わば麻唯ちゃんと橋本君たちのグループは〝水と油〟なんです。誰もいない教室で一緒に残っているとは少し考えられませんでした』


 そこで花は深く息を吸い込む。

 一度、冷静になる必要があった。


 ステージの中央からゆっくりと体育館を見渡してみる。


(……いない、よね……)


 目の届く範囲に哲矢と利奈の姿はなかった。

 やはり自分一人でやり切るしかないのだと花は気持ちを強く持ち、思い切ってそれを口にする。


『……ただ、その日の麻唯ちゃんと将人君の様子がどこかおかしかったことだけは確かです。放課後、私は部活があって先に別れてしまったのですが、あとに残った二人の雰囲気はなんて言えばいいか……とても違和感のあるものでした。なんとなく二人きりになることを恐れているような、そんな感じがあったんです』

 

 このことは、哲矢やメイにも話したことがなかった。


 彼らを信頼していなかったから黙っていたわけではない。

 別に話す必要のない些細なことだと思っていたのだ。


(だけど……)


 今なら花には分かった。

 聞いている者の大半は特に気にしないかもしれないが、これは事件を追う上でとても重要な手がかりになり得る心証である、と。


 だが、それを認めたくないという思いも花の中には存在した。

 認めてしまえば、予め事件は回避することができた、ということになる。


 やっとの思いで自責の念を抑えている花にとって、その事実はあまりにも辛すぎる。

 だから、花はあえて前述を否定するようにして続きを口にした。


『ですが、やっぱりそんなことは関係なくて、将人君があんな事件を起こすわけがないんです。将人君が警察に捕まってからしばらくの間は、ショックが大きかったこともあって彼のためになかなか行動が取れませんでしたが、事件のために少年調査官として転入してきた関内哲矢君と高島メイさんの二人と出会い、私は少しずつ変わっていきました』


『ここでなにも動かなかったら私はこの先一生後悔することになる。それは、将人君や麻唯ちゃんを裏切ることと同じだって……。その時になってようやく私はそのことに気づいたんです。それに気づいてから行動に移すまでは早かったです。まずは自宅療養してる三崎口君たちと直接会って話を訊きたいと思い、私は高島さんと一緒に彼らの自宅を訪ねることに決めました』


『結果から言えば行って正解でした。残念ながら三人は皆自宅にはおらず、直接会って話をすることはできませんでしたが、代わりにご家族の方から重要な証言を聞くことができたんです。どのご家族も揃って同じことを口にしました。子供たちは、事件が起こった数日後からは普通に学園に通ってるって――』

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