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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第4部・立会演説会編 4月10日(水)
241/421

第241話 花サイド-25

 花は舞台袖の椅子に座って二人目の立候補者の演説を横目に見ながら時計の針を気にしていた。

 哲矢たちが体育館に到着する予定の時刻から大幅に過ぎてしまっている。


(14時2分。いくらなんでも遅すぎるよ……)


 何かトラブルに巻き込まれたのではないだろうか、と花は徐々に不安になっていく。

 今回の立会演説会は、五時間目に立候補者と応援者の演説が行われ、六時間目に投票、集計、開票が行われる予定となっている。


 しっかりと時間で区切られているため、1秒でもオーバーすることは許されなかった。

 選挙管理委員会からもそうキツく言われているのだ。


 立候補者と応援者の持ち時間はそれぞれ5分ずつ。

 13時半に五時間目開始のチャイムが鳴り、進行役の選管委員が花を含む立候補者3名の紹介を済ませ、立会演説会が始まってからすでに30分以上が経過していた。

 

 演台の前では、二年生の男子が熱弁を振るって会場を沸かせている。


 〝僕はこの学園をみんなが楽しく笑って過ごせるように変えていきたい!〟と拳を高く掲げて唱え、それに対してオーディエンスは大きな拍手で応える。

 その反応を見る限り、立候補者の男子は相当の人気者のようであった。


 だが、花には彼の主張はどれも平坦に聞こえていた。

 周りの後押しでなんとなく立候補してしまったというような雰囲気がありありと伝わってくるのだ。


 けれど、それに何か問題があるのかと問われたら、花は上手く答えを返す自信がない。

 所詮、生徒会長というものはどこの学校でも同じものなのかもしれない、と花は思う。

 どんなに立派な公約を並べたとしても、生徒たちから受け入れられなければ意味がないからだ。

 

 一人目の立候補者の女子もステージ上の男子と同じようであった。


 宝野学園のことを真剣に考えて生徒会長を目指しているというわけではなく、人気があるからなろうとしている、というように花の目には見えた。


 二人にとって今回の生徒会長代理選挙は、本番前の予行演習程度にしか過ぎないのだろう、と花は思う。

 仮に当選すれば6月の本番では有利な立場となりより支持を集めやすくなる。

 

 こうして生き生きとステージで話を続ける彼らの姿を眺めていると、花は世代交代の波を強く感じないわけにはいかなかった。


 二年生は歓声を上げながら盛り上がっている者が多い。

 そのムードに押されて会場の行方を興味津々に見守っているのが一年生だ。

 対して三年生はというと、ほとんどの者は退屈そうにしていた。


 それぞれのコントラストがとても印象的である。

 

 もちろん、内心では花も分かっていた。

 三年生の自分が今立候補したところで誰も興味を持たないということに。


 もし、当事者でなければ自分も三年生たちと同じようなことを考えていたに違いない、と花は思う。

 それでも、任期が満了するまで生徒会長の椅子は麻唯の指定席であるという認識が花の中にはあった。


 彼女が戻ってくるまでは、その座を他の者には譲りたくなかった。 

 立候補の彼らと比べるつもりはなかったが、麻唯は常に宝野学園や生徒のことを考えて行動していた。


 その功績は大きいと、花は今でもそう思う。

 保守的な体質の宝野学園にあって少しでも変わろうとする動きがあったのは、実際麻唯のお陰と言っても過言ではなかった。


 だが、教師たちの中にはそれを快く思っていない者がいるのも確かであった。

 学園側にしてみれば、志を持って改革を推し進める麻唯よりも人気だけで生徒会長になろうとする単純な生徒の方がコントロールしやすいに違いない。


 麻唯は問題児である大貴たちグループに対しても、怯むことなく同じように厳しい態度で臨んでいた。

 それが彼女の転落と何か関係があるのだとすれば、それは間違っていると花は強く思う。

 

 真実は必ず明らかにしなければならない。

 燃えるような決意が再び花の心に灯る。

 

 しかし、そう意気込んでいても応援者が間に合わなければ意味がない。

 利奈の応援演説から計画の狼煙は上がるのだ。

 

 焦燥感から無意識のうちに再び腕時計に目が行ってしまう。


(哲矢君……一体どうしたの……?)


 演台の男子はついに締めの言葉に移ったようであった。

 先ほどまで騒がしくしていた会場が急に静まり返るのが分かる。


 そのタイミングを見計らったかのように、袖にいた選管委員の女子が花の元へゆっくりと近づいてくる。


「3番目の方。応援者がまだ見えていないようですが?」


「えっ……。あ、お手洗いに行っているんで……! すぐ戻ってくると思いますっ……!」


「もう時間がないので早く戻るように伝えてきてください」


「わ、分かりましたぁっ~!」


 相手はそう催促してから不満そうな目を花に向けると、再び元の位置へと戻っていく。


(ヤバいって、これ……)


 とっさに嘘を吐いて誤魔化すことには成功した花であったが、これ以上は一刻の猶予もないことは選管委員の態度を見れば明らかであった。


 言われた通り花は袖口の奥にある体育館のトイレまで急いで足を運ぶと、周囲に人がいないことを確認してから一度哲矢に連絡してみることにする。

 しかし――。


「あっ……」


 ブレザーの内ポケットに手を入れてから自分のスマートフォンは哲矢に貸しているのだということを思い出す。


 たとえ、今から教室に行って利奈を連れてきたとしても、応援演説開始の時間には間に合わないことだろう、と花は思う。

 やることはすでに手詰まりの状態にあった。


 花は個室の壁に背中を預けながらぼんやりと宙を見上げる。

 

 三年A組の教室からどんなにゆっくり歩いて向かったとしても、体育館まで30分以上かかるはずがなかった。

 何かトラブルが起きたと考えて然るべきだろう。

 そうだとすれば教室で何か起こった可能性が高い、と花は思った。


(鶴間さん……)


 原因は彼女にあるのだろうか?

 ふと、花は以前の利奈との関係を思い出す。


 あの日、シナモンの前で声をかけるまでは、花は彼女とはろくに会話もしないような仲だったのだ。

 それが今、不思議なことに応援演説を頼めるまでの仲となっていた。


 そんなことを花が考えていると――。


「……っ!?」


 ステージの方から大きな拍手が聞こえてくることに花は気づく。

 嫌な予感を振り切って駆け足で元の位置まで戻ると、案の定2番目の立候補者の演説は終わっており、会場は質問タイムに移行していた。


 再び袖の選管委員が花の元へやって来る。


「どうでしたか?」


「な、なんか急にお腹が痛くなっちゃったみたいで……あはは……。ちょっとだけ時間を遅らせることってできないでしょうか……?」


 ダメ元で花はそう訊いてみるが、選管委員の彼女はきっぱりと首を横に振る。


「無理です。もし時間通りに応援者が来ない場合は棄権と見なす決まりとなってますから」


 そう交渉の余地なく宣言されてしまう。

 お堅い役所の仕事ぶりそのものであった。


 袖へと戻っていく選管委員の彼女の背中を見送りながら、花はため息を吐きながら椅子に凭れかかる。

 あとは、ぎりぎりのタイミングでも構わないので哲矢たちの到着を祈ることしかできなかった。


(お願いっ……哲矢君、鶴間さんを連れて早く来て……!)


 花は心の中でそう強く願う。

 時計の針は、残酷にも1秒1秒を正確に刻み続けていた。




 ◇




 ちょうどその頃。

 体育館の後方入口付近には、仲間と一緒に顔を出す大貴の姿があった。


 廃校の時と同じく、彼の周りには三崎口、塚原、渋沢の三人の姿がある。

 大貴が小声で何やら指示を出すと、彼ら三人はどこかへと消えて行ってしまう。


 残された大貴の薄く開いた口元からは、白く光る八重歯が不気味に覗くのであった。

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