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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第4部・立会演説会編 4月10日(水)
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第236話 哲矢サイド-44 / 利奈の過去 その2

 その一件以来、利奈は気軽にA組の教室へ近づくことができなくなっていた。

 もちろん、麻唯と花の親密な関係を壊したくないからという偽善の気持ちからではない。


 ただ〝一緒と思われたくない〟という小さなプライドだけが利奈の動きを制限していた。


 まるでそっくりなのだ。

 麻唯の守護によって快適に日々を過ごせる保障を得ていたかつての自分に。


 そういった意味でも花は運がよいと言えた。

 これから先、常に麻唯の目の届く範囲で学園生活を送ることができるのだ。


 だから、利奈がそうやって同族嫌悪のごとく花を気嫌いすることはある意味当然であった。

 それはかつて〝一人で生きていく〟と強く心に誓っていた時の名残りが表に出たゆえの結果だったのかもしれない。


 本心はどうあれ、利奈はそのようにして徐々に麻唯との距離を置いていく。

 別に今までも四六時中行動を共にしていたわけではなかったし、彼女なしでも生活は十分に成り立っていた。


 元から一人でいることは、利奈にとって苦ではない。

 むしろ、高一の1年間が異常だったと捉えれば、簡単に心の整理はつきそうに思えた。


 だが、利奈が考えるほど己の感情は生易しいものではなかった。


 ふと麻唯と花が仲良くしている姿が目に映ると、胸が張り裂けそうになる感覚に襲われるのだ。

 それは、かつての自分を鏡越しに見ているような錯覚……。


 だが、そのように暗い気持ちを抱いているのは、どうやら利奈だけのようであった。

 明らかに会話する回数も減り、顔を合わせる頻度が少なくなっても、麻唯は以前と変わらぬ態度で利奈に接し続けた。


 おそらく、彼女は私の自分勝手な性格に気づいていたのだろう、と利奈は回想する。

 そして、それを象徴するような出来ごとが後に起こる。

 

 それは、生徒会選挙のある6月にすでに学園全体の人気を博していた麻唯が当たり前のように生徒会長に当選した際のことであった。


 たまたまこの年は書記の立候補者が現れず、急遽、生徒会長に選ばれた麻唯がその者を推薦することになったのだが、なんとあろうことか、彼女は利奈の名前を真っ先に挙げたのだ。


 その頃は、麻唯とはほとんど疎遠になっていたので、その知らせを聞いた時、利奈は思わず自分の耳を疑った。

 もちろん、書記に推薦されたことは驚きであったが、それは同時に嬉しいサプライズでもあった。


 人前に立つことは苦手であったし、周りと比較されるのではないかという恐怖はやはり利奈に付き纏ったが、それよりもこの時は、麻唯と再び同じ空間を共有できることの喜びの方が勝った。


 また、生徒会名簿の中に花の名前が無かったことも利奈の背中を後押しする材料となった。

 角度を変えて見れば、麻唯は花ではなく利奈を選んだということである。


 そのことが何よりも嬉しく感じられ、気づいた時には利奈はその誘いを二つ返事で引き受けていた。


「ようこそ生徒会へ。利奈ちゃん、また一緒だねっ♪」


「……うん……。こちらこそ、よろしく……」

 

 利奈は忘れかけていた笑顔を微かに思い出すことができた。


 そして、それ以降利奈は花の存在を気にすることがなくなった。

 彼女よりも麻唯に近づける居場所ができたからだ。


 その優越感が利奈を大人へと成長させていく。

 

 生徒会の役職に就いたことで、利奈は二人の姉や両親、そのほかの生徒たちからも認められる存在となっていった。


 別に中身が昔と変わったわけではない。

 ただ、環境や肩書きが自分を大きく見せているだけに過ぎない。


 だが、それでも利奈はいいと考えていた。

 そこには〝一人で生きていく〟と孤独に心に決めていた少女の面影はなかった。


 利奈は、ようやくかつて望んだ本当に憧れる自分の姿を手に入れようとしていたのだ。


(全部、藤野さんのおかげだ……)


 麻唯と共に季節を過ごしながら、利奈はそんな思いを大きくさせていく。

 だが、しかし――。


 光が差し込み始めた利奈の人生に再度大きな影が落ちることとなる。


 それは、上級生である三年生の卒業式を翌日に控えた初春のこと。

 麻唯が金属バットを持った将人に教室の窓から突き落とされてしまったのだ。


 その一報を聞いた時、利奈は文字通り言葉を失った。

 まるで、生きる支えを失ったような、そんな感覚が背中に重く圧しかかるのが分かった。


 それからの数日は、利奈は今でもよく覚えていない。

 プログラムされたロボットのように、ただ無心で宝野学園へ通ったような気もするし、両親の声にも耳を貸さずにひたすら自宅に閉じ篭っていたような気もした。


 犯行を認めたという将人のことも恨むことができず、自らが空っぽになってしまったような感覚だけが利奈の中に残った。


 一つだけ確かなことは、真っ先に向かうべき場所へ一度も足を向けなかったということだ。

 早い話、利奈は逃げたのだ。


 今まであれほどまでに麻唯から助けを受けてきたにもかかわらず、いざ立場が逆転すると利奈はそれを無視したのである。


(……いや、そうじゃないの。違う……)


 膨らむ疑惑に対して、利奈は自分自身に弁解をする。

 怖くてそれができなかったのだ、と。


 ほとんど生活の一部となっていた麻唯の絶望的な状況を直視することで、またあの暗くて長いトンネルの中へ戻らなければならないという現実を知ることが怖かったのだ。


 だが、そんな抵抗も虚しく、気づいた時には利奈は捨てたはずの灰色の日常を再び手中に収めていた。


 〝あぁ……やっぱりここが私の在るべき場所なんだ〟と、利奈の思いは回帰する。

 一度そう考えてしまうと、心も自然と軽くなるのが分かった。


(もう、どうでもいいや……)


 そうした投げやりな感情の舵取りは、利奈の人生を徐々にあらぬ方向へと導いていってしまう。

 今度、利奈の隣りで支える役目を果たすのは麻唯ではなく別の人物であった。

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