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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第4部・立会演説会編 4月10日(水)
235/421

第235話 哲矢サイド-43 / 利奈の過去 その1

 利奈は麻唯と徐々に親しくなるにつれ、ある発見をするようになる。

 それは、彼女の近くにいれば様々な恩恵が受けられるということであった。


 例えば、授業で分からないところがあれば気軽に質問することができたし、顔の広い彼女の傍にいるお陰で、何気ない会話をクラスメイトからされることも多くなっていった。


 普通に学園生活を送っていればなんてことのない場面に過ぎなかったが、利奈にとってはそのどれもが新鮮に映った。

 分かりやすく言えば、クラスの輪に加われたような感覚があったのだ。


 〝この先も一人で生きていく〟と気負っていた利奈にとって、その事実は驚きでもあり、また逆に安堵するものとなっていた。


 以降、利奈はその環境に甘んじることになる。

 麻唯は弱い立場の人間を放っておけない性格なだけだろうと気づきつつも、利奈は彼女の前でそれを口にしようとはしなかった。


 あくまでも姑息に、その恩恵を受け続けることを利奈は選択する。

 そんな二人の関係は、学年が上がって別々のクラスになってからも続いた。


 根が本当に優しいのだろうと、利奈は彼女の親切心を肌で感じながら思う。

 距離が少し離れてしまっても、以前のように同じ態度で接してくれる麻唯の姿に、利奈は深い感動を覚えていた。


 〝今後も藤野さんとは仲良くありたい〟


 それは、利奈が生まれて初めて他者との繋がりを欲した瞬間でもあった。

 しかし――。


 片思いにも似た利奈の熱い感情は、徐々に歪んでいくことになる。

 

 愛想がよく献身的で人懐っこい性格の麻唯はすでに学年の人気者で、彼女の周りには常に取り巻きができていた。


 そんな中、利奈は〝中等部時代の麻唯はもっと控えめ大人しかった〟という話をクラスメイトから耳にする。

 当時、彼女は入退院を繰り返していて学園を休みがちだったのだという。


 噂では、家庭内で虐待があったのではないかという話であったが、もちろん利奈はそんな事実を麻唯から聞いたこともなかったし、聞くつもりもなかった。

 今、目の前にいる彼女がすべてだと思ったからだ。


 知り合ってから麻唯が学園を休むようなことはなかったし、彼女の人気はうなぎ上りに上昇し、ついには学園全体にまで広がりを見せ、その噂の信憑性は日を追うごとに薄れていった。


 嫉妬心が芽生えないわけではなかったが、自分が一番彼女から気にかけられているという自負が上手く利奈の感情をコントロールしていた。


 だが、ある同性の姿が利奈の目に映るようになると、その揺らぎは段々と激しさを増していくようになる。

 きっかけは下校の誘いをするために利奈が麻唯のクラスを訪れた時のことであった。


「花ちゃーん♪ 一緒に帰ろぉ~」


「うん! 今、準備するー」


「途中でディッパーキャン寄ってこー?」


「えっ……また? 太るよ、麻唯ちゃん」


「いいのいいのー。走って帰るし。もち付き合ってくれるでしょー?」


「えぇ~……走るの疲れるよぉ……」


「そこはカロリー消費のためだから♪」


 二年A組の教室に一歩足を踏み入れるなり、麻唯と親しげに会話をする女子生徒の姿が目に飛び込んできて、利奈は思わず後退ってしまう。

 一瞬、見えたその女子生徒の顔に利奈は見覚えがあった。


(転入生……)


 それは、高等部から入学してきた川崎花という女子生徒だった。

 ある意味、麻唯よりも有名人である。

 

 宝野学園は中高一貫教育を理念にしており、原則的には高等部からの入学者を受け付けていない。

 だが、例外的に前の年は三人の生徒が高等部から入学してきた。

 そのうちの一人が花であり、また現在宝野学園に残っている唯一の転入生でもあった。


 生徒のほとんどが地元の桜ヶ丘ニュータウン出身者である宝野学園において、彼女の存在は特異そのものであった。


 その潜在的な仲間意識には利奈も薄々気づいており、ある意味自分がぎりぎりのところで虐めに遭わなかったのは、同郷のよしみというアドバンテージがあったからと考えるほどであった。


 けれど、花の場合は立場が完全に異なる。


 おそらく、自分には想像もつかないような過酷な状況を体験してきたに違いない、と利奈は思っていた。

 それは、彼女と同時に転入してきた二人の生徒が1年もしないうちに退学してしまったことから考えても容易に想像がつく。


 麻唯はその点を一番に理解しているからこそ、花に近づいたのだろう。

 これ以上、同じような目に遭わせないために。

 

 けれど、頭ではそう理解しつつも、利奈は感情の昂りを抑えることができずにいた。


(その子と、一緒に行くの? なんでっ……)


 会話の切れ端から聞こえてきた〝ディッパーキャン〟というフレーズに、利奈は敏感に反応してしまう。

 そこは、利奈にとって聖域でもあった。


 初めて麻唯とクレープを買いに訪れて以来、二人で足繁く通った店なのだ。


(…………)


 いたたまれない気持ちになり、利奈は麻唯に声をかけることもなく、逃げるようにして廊下を駆け出してしまう。

 一人の下校となった道すがら、利奈は高く伸びる初夏の空を見上げて初めて自分が誰かに強い嫉妬心を抱いていることに気づくのだった。

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