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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第1部・桜色の街編 4月6日(土)
22/421

第22話 それは本当にささやかな一時で

「関内君、遅っそ~いっ!」


 第一声がそれだった。

 予想通り美羽子は首を長くして待っていたようだ。  


「すみませんっ……」

 

 息も切れ切れのまま平謝りで哲矢は頭を下げる。


「もう出発するから早く着替えてくるようにー」


「は、はい……」


 哲矢は急いで自分の部屋に荷物を置きに戻る。

 その途中、ダイニングで遅めの昼食を口にしているメイの姿が目に映った。


 ブロンドの長い髪を一つ縛りに結って、上はパーカー下はジャージといった服装だ。

 非常にリラックスしている様子で、その姿はとても病んでいるようには見えない。


(今日学園を休んでいなかったか?)

 

 スプーンでスープを掬いながら、片手に本を持っている。

 彼女は読書に夢中でこちらの存在に気づいていないようであった。


 両方の作業を同時にこなす辺り、慣れているのだろう。

 一人での食事に。


(……どうでもいい)


 哲矢は無駄な思考に時間を費やしたことを後悔しつつ、自室へと戻った。




 ◇




 制服から私服に着替え終わると哲矢はリビングに顔を出す。

 ブルーの長袖ボタンダウンにグレーのジーンズという組み合わせの私服は少しカジュアル過ぎる気もしたが美羽子からは特に何も言われなかった。


 今まで読書に夢中であったメイがようやくこちらの存在に気づいたように視線を向けてくる。


(なんだよ……)


 スプーンを口に当てて何か言いたそうにしていた。


「さ、それじゃ出発しましょ」


 美羽子はビシッと決めた黒のスーツを着ていた。

 彼女の後について一緒に玄関から出ようとしていると……。

 

「私も行くわ」


 メイの声が鳴った。


「は?」


 哲矢は振り向いて思わず声を上げてしまう。

 彼女がイベントごとに参加しないのはデフォルトだと思っていたからだ。

 だから、驚いたのである。


 それと同時に胸の鼓動がなぜか激しく音を立てて鳴るのが分かった。


(ええ~い、黙れっ!)


 哲矢が自身の心臓と格闘している間に美羽子はその横を通り過ぎてリビングから顔を出すメイの前に立つ。


「本当に行けるの?」


「大丈夫よ」


「……そう。分かったわ。なら一緒に行きましょう」

 

 メイは頷くと、そのままの恰好でやって来た。


(お、おいおいっ……。いいのかよ!? そんな恰好で……)


 明らかに寝巻きだ。

 しかし、美羽子はそれについても咎めるようなことはなかった。

 結局、面会はどのような恰好でも問題ないということなのだろうと、哲矢は自身を無理矢理納得させるのであった。

 



 ◇




 外に出てお馴染みのアキュアに乗り込むと、一同は暁市にある暁少年鑑別局を目指すこととなった。


 「暁市は都内でも二番目に広大な面積を持つ緑園都市よ」と、美羽子は運転しながら二人に説明する。

 これまで哲矢の中にあった東京のイメージは、高層ビルや巨大な繁華街といったものに限られていた。


 しかし、車の窓から流れる景色を目にすると、地元のそれと大して変わらないことに気づく。

 もっと簡単に言えば、想像していたものよりもずっとしょぼかったのだ。

 

 心配ごとは、実は大したことなかったりもする。

 やはり、外の世界に実際出てみないと分からないこともある。

 哲矢はそのことを地元を離れてから学んだ。


 その観点から考えると、車内のどうでもいいような光景も一期一会的な感動を孕んだ画に見えてくるから不思議であった。


 助手席に座るメイの後ろ髪をなんとなく眺める。

 そのブロンドの長い髪は光に反射して美しく光った。


 話すと可愛げがないメイも黙って座っていれば美少女だ。

 車内では相変わらず美羽子が一人でしゃべっていてメイが口を開くことはなかったが、それでも不思議と居心地は悪くなかった。

 

「……あ~。全然進まないわねぇー」


 美羽子が苛立ったように声を上げる。

 道は土曜日ということもあり渋滞が目立った。


「こうちょろちょろとしか進まないと、裏道を使って飛ばしたくなるのよねぇ」


 美羽子はカーナビをポチポチと弄くっている。

 危険な兆候だ。

 哲矢は機転を利かせ、話を逸らすようにある提案をした。


「しりとりでもしませんか?」


「……しりとり?」


 美羽子が怪訝そうな顔をミラー越しに覗かせてくる。

 なにを高校生にもなって……という心の声が今にも聞こえてきそうだ。

 確かに幼稚すぎる遊びかと思う哲矢であったが、意外にもメイが乗り気に同意してきた。


「私はやってもいいわ」


 別にメイに話を振ろうと思っていたわけではなかったが、参加してくれるのならそれに越したことはない、と哲矢は思う。

 彼女がやる気を見せたことで、美羽子も仕方なくそれに付き合ってくれるようであった。


「でも、どうせやるなら覚えてしりとりでやりましょう」


 口角を少し上げながらメイがそう答える。


 アメリカにもそんなものがあるのか、と驚く哲矢であったが……。


「ないわよ」


「へっ?」


「YourVideoで見たことがあるのよ。昔の日本のバラエティ番組で順番にしりとりを記憶していくの。NGワードなんかがあって」


「んっ……あぁッ! もしかして、それって『マジックブレインアワー』のことっ!?」


 美羽子が何かを思い出したように大きな声を上げる。

 もちろん、哲矢はその番組名を知らなかった。


「ああ、多分それ」


「あの番組知ってるんだ! でも、あれが放送されていたのは相当昔みたいよ。私は今年で29だけど、生まれる前の番組だし。よく知ってるわね」


 むしろなぜ美羽子が知っていたのかを聞きたいくらいであったが、どうせYourVideoで同じ動画を見たというだけのことなのだろう。

 

「あっちでは日本の昔のバラエティ番組って結構人気なのよ。その中の一つでたまたま見たことがあったってだけ」


「へえ。なんか面白いな、それ」

 

 いつの間にか、三人の間に自然な会話が生まれていた。

 その流れのまま、哲矢たちは覚えてしりとりで暫しの間時間を潰すことになる。

 それは本当にささやかな一時で――。


 メイは一時的に警戒心を解いたのか、今までになくよく笑った。

 やがて、一時間近くかけてアキュアは住宅街のど真ん中にある暁少年鑑別局の周辺へと到着する。

 その間、哲矢は合計で10回負けた。


「また、私の勝ちね」


「ぐはぁ~! なんでそんなに強いんだよっ……!」


 開始からしばらくすると、運転に集中するとの理由で美羽子が抜けて、覚えてしりとりは哲矢とメイの一騎打ちとなっていた。


「ふふふっ」

 

 メイは勝つとミラー越しにいたずらっぽい笑顔を覗かせた。

 なぜ、そんなに強いのか。

 それとも、自分が弱すぎるだけなのか。


 ただ……と哲矢は思う。


 わざと負けに突き進んでいたんじゃないかと言われても反論はできなかった。

 その笑顔は、どこか特別に思えて……。


「お仕置きの時間ね」


「くそぉっ~」


 罰ゲームとして、しっぺとデコピンのダブルパンチが哲矢にお見舞いされる。


「っッ、痛てぇっ……!」


「これぐらいで痛がって情けないわ」


「自分でも一度受けてみろって、すげー痛いんだぞこれっ」


「やーよ。だって、私は負けてないし」

 

「もう一回勝負だ!」


「何度やっても同じよ」


 哲矢はそんなささやかなメイとの触れ合いの中で、自分でもよく分からない感情が芽生えていることに気づく。

 だが、その正体が何であるかに哲矢が気づくまではもう少しの時間が必要であった。

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