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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第4部・立会演説会編 4月10日(水)
217/421

第217話 再会

「あっ、哲矢くーんっ!」


 初めに気づいたのは花であった。

 校門に寄り掛かった彼女は哲矢に向けて大きく手を振る。


「悪りぃ! 遅くなっちまって」


「ううん、実は私も遅れちゃって……。今着いたばかりなんだ。メイちゃんが一番に着いていたんだよ。ね?」


「メイ……?」


 そう口にする花は笑顔で隣りを向く。

 釣られてその方を目で追うと、哲矢の視界に懐かしい仲間の姿が映った。


「……っ!」


 彼女は相変わらず無表情にそっぽを向いていたが、その仕草が逆に懐かしく感じられ、哲矢の胸には熱いものが込み上げてくる。


「メイっ!! 無事だったんだなっ!!」


「……べつに」


「あ、いや……まずは謝らないとだよな。昨日はその……なんていうか、俺のミスで、迷惑かけることになっちまって……」


「なに言ってるの? 私は自分のするべきことをしただけ。ほら、それより行くところがあるんでしょ? こんなところ見られたらマズイわ」


「は、ぇ……?」


 哲矢としては感動的な再会のつもりであったが、いつものメイのクールな一蹴りで会話は瞬く間に終了となる。


「あはは……メイちゃんらしいね」


 そんな光景を花はどこか嬉しそうに眺めているのであった。

 

 それからすぐに、三人は気持ちを切り替える。

 メイが口にする通り、この場に留まり続けるのは危険だと言えた。

 哲矢とメイにとって今ここは敵地も同然なのだ。


 もしかすると、昼食を持参し忘れた生徒や教師が外で買うため一度校門を通るかもしれない。

 特に教師に見つかったら、色々と面倒になりそうであった。


 哲矢たちはひとまず校門から離れ、歩きながら続きを話すことにする。


「藤野が入院してる病院ってプラザ駅の一つ先だったよな」


「うん。ここからだとニュータウン巡回のバスに乗った方が早く着くかも」


「そっか。じゃあ、最寄りのバス停までダッシュだ」


 宝野学園は高架に存在する珍しい構造を取っている。

 そのため、三人は近くの階段から下を走る幹線道路の脇まで降りると、その近くにあるバス停から宝野学園を見上げる形でバスの到着を待つことになった。


 その間、話題は自然とお互いの近況の報告へと移る。

 話は、なぜメイはこの場に来ることができたのかという哲矢の素朴な疑問から始まった。


「まだ哲矢君は知らないんだよね」


「……ん? どういうことだ?」


 なぜかすべてを把握しているような花の口ぶりが気になり、哲矢はその理由を訊ねる。

 どうやら彼女はここへ来る前に一度メイと連絡を取っていたようであった。


「ミワコからスマホを借りたのよ」


「ああ、それで」


 その瞬間、哲矢は理解した。

 おそらく、警察署に拘留されていたメイを引き取りに美羽子がやって来たということなのだろう、と。


 深くは突っ込んで訊かなかったが、釈放されるスピードから考えても家庭裁判庁から何らかの圧力が加わったのは明白だろう、と哲矢は予測する。


 だが、それより何よりも、哲矢が一番気になったのはメイのその話しぶりであった。

 あれほど気嫌いしていたはずの美羽子のことを半ば笑顔を交えて話しているのだ。


(……藤沢さんのこと、もう許したのか?)


 にわかに信じ難いことではあったが、両者の間で何かしらの和解が成立したのかもしれない、と哲矢は思う。

 メイの表情を見ても、その件に関しての問題はすでに解決されているように哲矢には見えるのだった。


 続けて哲矢は花に話を振ることにする。


「そっちはどうだった?」


「えっと、脅迫文を書いた犯人の目星は付いたよ。社家先生が書いたっぽい」


「……そうか、社家だったのか」


 哲矢の言葉に花はしっかりと頷く。


「それと、もう一つ驚いたことがあって。私、さっきまで部室にいたんだけど、そこにね。藤沢さんが来たんだ」


「え……? 藤沢さんが……」


「うん。今日は一日学園にいるみたい。多分、メイちゃんを迎えに行った後、その足で来たんだと思う」


「そうね。確かに今日は学園へ行くみたいなこと言ってたわ」


 どうやらメイは先にその事実を美羽子から聞かされていたようであった。


「でも、別に不都合があるわけじゃないわ。今のミワコは……多分、私たちの味方だと思うから」


「…………」


 やはり先ほどの読みは間違っていなかったのだ、と哲矢は思う。

 互いにどのような心境の変化があったのかは分からないが、メイと美羽子は雪解けを果たしたのだ。


「確かに、私にもなにかあったら頼ってほしいって言ってくれたよ。だから、メイちゃんの言う通り、藤沢さんは信頼してもいいんだと思う」


「そうだな」


 だが、そう口では言いつつも、哲矢はその言葉に素直に頷けずにいた。

 実際に変わった美羽子の姿をこの目で見ていないからだろうか。

 二人と妙な温度差があるのがどこか居心地の悪さを哲矢は感じる。

 

 そんな哲矢の様子に気づいたのか、今度はメイが話題を変えてくる。


「それよりもハナ。昨夜学園に忍び込んだ件について、クラスでなんか言ってなかった?」


「あ、うん……。えっと、それは私も気になってたことなんだ。特になにもなくて……。もし、バレてたらすぐに噂になってると思うんだけど、全然そんな様子じゃなかったんだよ。ホームルームでも社家先生なにも言わなかったから。むしろ、哲矢君とメイちゃんが突然退学になったことの方が話題になっちゃって……」


 その台詞の中に違和感があることに気づき、哲矢は反射的に口を挟んでしまう。


「待ってくれ。退学って……メイも一緒なのか?」


「うん、そうなんだよ。おかしいよね。宿舎で聞いた話と違う。でも、先生は確かにそう言ってたの」


「…………」


 メイは何かを考え込むように腕を組んで宙を見上げる。

 その姿を目で追いながら、哲矢はモヤっとしたまま放置していた疑問を彼女に訊ねてみることにした。


「なぁ、メイ。今さらなんだが……昨日、あの後ってやっぱ……」


「ええ。警備員に捕まって、そのまま警察に引き渡されたわ」


「じゃあ……」


「当然、学園側にもその連絡は行っているはずね。今のハナの話だと私も退学処分になったみたいだから、一応それで辻褄も合うわ」


「……けど、朝にミワコに会った時は、学園側と正式なやり取りはしてないって言ってたから、おそらくホームルームの前に急遽決まったことなんでしょうけど……」


「うん、確かに私と会った時も藤沢さんメイちゃんの退学についてなにも触れてなかったよ。もしかして、この時間になっても深い話はできてないんじゃないのかな?」


「つまりこれって、学園側は事実を知っていて意図的に情報を隠してる、ってことか?」


「そう考えるのが妥当ね」


 哲矢のその言葉にメイは頷く。

 どのような理由で昨夜の件を公表せずにいるのかは分からなかったが、何か嫌な予感を哲矢は抱かずにはいられなかった。

 

 その流れのままメイはさらっと哲矢にとって驚くべきことを口にする。


「そういえば、まだテツヤには伝えてなかったけど、さっきマサトに会ってきたわ」


「……はぃひ?」


 突然の告白に哲矢は思わず間抜けな声を上げてしまう。


「将人って……昨日行ってダメだったんじゃ……」


「だから、昨日はヨウスケに戻ってくるように言われて会えなかっただけよ。でも、今度は正真正銘、本当に会ってきたわ」


「会えたのかっ!?」


「それで……どうだったのかな?」 


 そんなメイの言葉に一番聞き耳を立てているのは花であった。

 

 まだバスは見えない。

 幹線道路を行き交う車の雑音などまるで耳に入らないかのように、花の世界はメイの次の一言に集中していた。


 彼女もそれが分かっているからこそ、変に茶化すことなく有りのままの事実を口にする。


「結果から言えば、面会に行ったのは正解だったわ」


「それって……」


「マサトの証言が取れたってこと」


 そう口にしたメイはスカートのポケットからICレコーダーを取り出してそれを掲げて見せる。

 それが意味することは一つ。

 将人が真実を口にした、ということであった。


「マジかよっ!?」


「ええ。マジ」

 

「す、すげぇー……!」


 これにはさすがに哲矢も驚きを隠せなかった。

 涼しげな表情で飄々と語るメイではあったが、そこには一筋縄ではいかない並々ならぬ苦労があったに違いなかった。

 それを彼女は越えてしまったのだ。


(……ははっ、やっぱメイはすげぇぞっ……)


 宿舎を抜け出した件といい、哲矢の中でメイに対する見方が180度変わっていく。


 それからメイの口から紡がれる言葉は、昨日学園の中庭で話した内容を見事になぞる形となった。

 やはり、将人は事件以前の記憶を失っていたのだという。


 そしてこれもまた予測していた通り、裏でそうするように指示を出していたのは社家であると将人は認めたとのことであった。


「でかしたぞ! 将人がこのことを裁判官に話せば、審判の結果も変わってくるんじゃないかっ……!?」


「おそらくそうなるでしょうね。けれど、今まで周りの大人たちを騙してきてしまった事実は消せないわ。だから尚更、相手側の自白が必要なのよ」


「すべては立会演説会の結果次第ってことか」


「べつに今までとなにも変わらないわ。私たちはただ、計画が上手く運ぶように努めるだけ。まあでも、以前よりは大分やり易くなったと思うけど」


「よし! やってやろうぜっ!!」


 好転の兆しを見せる現状に哲矢もメイも浮かれ気味に言葉を重ねる。


「…………」


 しかし、そんな中で花だけは一人考えごとをするように静かに黙り込んでいた。

 やがて――。

 彼女は、大事な何かを思い出したようにゆっくりと口を開いた。

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