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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第4部・立会演説会編 4月10日(水)
202/421

第202話 哲矢サイド-27 / 哲矢と大貴 その1

(この数時間のうちに何度もそれを目撃してきた……?)


 確かに指摘の通り市庁舎を訪れてからの時間は、哲矢の人生の中で最も濃密な時間の一つであると言えた。

 いくつかの人生観が変わったことも否定できない。


 だが、そのことが今の大貴の言葉とどう関係しているのかが哲矢には分からなかった。


 今度こそ哲矢が返答に困っていると、何を思ったのか大貴は突然不気味に笑い始める。

 乾いた空気を噛み殺すような、どこか自虐性を含んだ笑い声であった。


「フフッ……くはははっ! 急に言われてもピンとこねぇーのも無理はないよな」


 それは何気ないひと言のように聞こえた。

 だが、哲矢はその言葉の中に嫌な予感が含まれていることに気づく。


(……まさか……)


 やがて、彼の口調は他愛もない導入からパーソナルな部分を晒す核心的な物言いへと変化していく。

 

 哲矢には分かった。

 これ以上大貴の話に耳を傾ければ、情が移ろって計画の実行に支障が出てしまうということが。


 タイミングとしてはギリギリと言える。

 彼の口を封じるため、哲矢は応接間を飛び出した理由を訊ねようとした。


「そ、そんなことより、どうしてさっきっ――」


「俺はこのニュータウンで生まれ育った」


「っ!?」


 だが、その思惑は鋼鉄の意志によって呆気なく砕かれてしまう。

 そもそもの初めから全局を見抜いていたとでも宣言するように、哲矢の妨害を無視して大貴は自らの過去について話し始めるのだった。


「街を出たことは一度もない。この場所だけが世界の全て。だけど、なにもこれは俺だけに限った話じゃないぜ。学園に通うヤツら全員に共通した認識だ」


 大貴はそのまま両腕を大きく空へ広げると、漂う雲を掴み取るような力強い手振りを交えて続きを話し始める。


「理由は様々だろうが、ほとんどの連中は親に決められて学園に入学させられてる。自分の意思とは関係なしにだ。まだ、世の中の道理をほとんど知らないガキのうちから囲われて、疑問を抱いた頃には抜け出せなくなっちまってる……まるで、監獄だな」


「もちろん、生徒の中には受験を選択して他の高校へ移る者もいる。だけど、ここではそんなのは例外中の例外だ。なぜだか分かるか? それは、この街からの脱落を意味するからなんだよ。お前も一週間、学園に通ってきたのなら分かるはずだ。ここはそういう場所だって。この地に残るヤツは優遇されて、立ち去るヤツは容赦なく迫害を受けることになる」


 時代遅れのそんな言葉も今の哲矢の心にはズシンと突き刺さった。

 舞台役者が憑依したかのような臨場感溢れる大貴の言動も、哲矢の理解を深める助けとなったのかもしれない。


「…………」


 その気迫が本物であるがゆえに、哲矢は口を挟むことができない。

 ただ、緊張感を内包した重たい沈黙が横たわっているだけだ。


 よく咀嚼しなければ意味を完全に履き違えてしまいそうな恐怖があり、哲矢は続く言葉を一言一句聞き逃さないように耳を欹て<そばだて>る。


「だけどよ、そんなデキ上がった街を仕切る連中はというとどうだ? お前も見ただろ? どいつもこいつも揃いに揃って傲慢で物臭なヤツらばかりだ」


 大貴の言葉を耳にしながら、哲矢は先ほどの本会議を思い出す。

 学校の不真面目な生徒と何一つ変わらない態度で会議に臨む議員らの姿がそこにはあった。


 その時の大貴の落胆したような顔が今の彼の表情と重なる。


「自分で無能だって主張してるようなもんだぜ。なんでだ? どうして街を立ち去る者に目を向けない? 立ち去る原因がなにかも探ろうとしないで、一方的に〝相手が悪い〟と決めつけて、開き直ってやがるんだ」


 そこで一瞬、大貴は言葉を詰まらせてしまう。

 昂った怒りを必死で抑え込もうとする努力は垣間見えるも、一度上げてしまったボルテージを元に戻すことは容易ではないらしく、弁はさらなる熱を帯びていく。


 そんな彼の姿を見て、哲矢は素直に可哀想だなと思った。

 

 それが同情によるものなのか、傲りゆえの冷嘲なのか。

 哲矢には判断がつかなかったが、大貴の一挙手一投足に引き込まれていることだけは確かであった。


「……もちろん、今すぐ街が消えて無くなるわけじゃねーってことは分かってるよ。けどよ、街が老いてる現実から目を背けて束の間の牙城に踏ん反り返る姿は、なんつーか、とても正気とは思えない。ニュータウンを離れる連中がなんで存在するのか。そこを真摯に突き止めない限り、この街に未来なんてあるわけがねぇ」


 大貴が振り上げた腕を下ろすと、あれほど無数に散らばっていた雲はいつの間にか綺麗さっぱりと消えて無くなっていた。

 まるで、大貴が一つ残らず消し去ってしまったかのように。


 後に残された澄み切った空の青は、不思議と哲矢の目に染みるのだった。

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