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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第4部・立会演説会編 4月10日(水)
177/421

第177話 メイサイド-11 / メイと将人 その2

「……ああ」


 将人はぎこちなく口元を緩ます。

 笑顔を作っているつもりなのだろうが、不自然さが逆に不恰好に見えてしまう。

 皮肉にもそれは記憶喪失の証明を助長する材料としかならなかった。


「はい。二人とも席に着いてください」


 それまで黙って見守っていた女性教官は煮え切らない表情を作り、交わされた握手を振り解く。

 もしかすると、接触は禁止されているのかもしれない。

 

 しかし、彼女の態度を見るに気にしているのはそこだけではなさそうであった。


(なにか不自然だった?)


 メイとしては疑われるような言動は取っていないつもりだったが、聡明そうな彼女のことだ。

 先ほどの彼の挙動に不信を抱いてもおかしくはない。


 客観視点で眺めれば、不利な立場にいるのはやはりメイの方なのだ。

 いつ嘘だと見抜かれても不思議ではない。


(もう少し慎重に接するべきね……)


 メイは不用な言動は避けることを心に決めるのだった。

 

 着席するよう指示を受けた将人は、どこかホッとした様子で今までかけていたパイプ椅子に座り直す。

 彼の前には縦長のテーブルが置かれており、メイはそれを挟む形で置かれた椅子に座るように女性教官に促される。


 すると、今まで状況を静観していた男はメイと将人が席に着くのを確認すると、「あとはお願いします」と女性教官に頭を下げて面会室から出ていく。


 去り際に一瞬メイは男の視線を感じるが、その意図までは読み取ることはできなかった。


 不気味な相手が一人去ったことでメイは少しだけ安堵を覚える。

 だが、まだ油断はできなかった。


 女性教官も先ほどの男と同じくその道のプロに違いない。

 彼女は腕時計に目をやると、まるで宣誓でもするように手のひらを見せて高々と口にする。


「時間は30分。今から開始とします」


 それが面会スタートの合図となった。

 

 まず、メイは銀色の髪を弄りながら不安そうに俯く将人を正面に捉えた。


(30分ね。余裕だわ)


 部屋の隅に置かれた椅子まで移動し、そこで目を光らせる女性教官の存在は気になったが、意識し過ぎることも不自然に思えたのでメイはさりげない導入から会話を切り出す。


「それで、ここでの生活はどう?」

 

「…………」


「少しは慣れた?」


「…………」


 メイがそう訊ねても、将人が顔を上げることはなかった。

 声は当然届いているはずだ。


 ただ、基本的に会話が苦手なのだろう。

 メイとしてもその気持ちはよく理解できた。


 それにどう対応すればいいか、まだ態度を決めかねているのかもしれなかった。

 しかし、だからと言ってここで話を終えるわけにはいかないとメイは強く思う。


 メガネのフレームに手を触れながら、メイは我慢強く返事がくるのを待った。

 彼から言葉が返ってきたのは、それからさらに間が空いた後でのことだった。 

 

 将人はゆっくり顔を上げると、「いや」と短く呟いて首を横に振る。


 なぜ、自分はこのような場所に入れられているのか。

 その声にはそんな単純な疑問が含まれているようにメイには聞こえた。


「大丈夫。すぐに出られるから」


 こういうことは苦手だったが沈んでいる将人を励ますために、メイは努めて明るい台詞を口にする。


 〝私はあなたの敵じゃない″


 そう印象づけることで将人の心に油断が生じて、その隙をメイは狙おうと目論んでいた。

 結果、メイの予想は的中し、彼は意外そうな顔を漏らす。


 まさか、親身に考えてくれているとは思っていなかったのだろう。

 一瞬だけ信頼したような表情を覗かせる。


 将人は肩で大きく息を整えると、サーファーが波を我がものとするように積極的に話をし始めた。

 

「……でも、テレビや漫画も見られるから。特に不便だとは思わないかな」


 そう口にする将人の表情が微かに綻ぶのをメイは見逃さない。

 作りものではない、内側から零れた本物の笑みだ。


「勉強もないからね」


 白い歯を覗かせながらユーモアさえ飛ばす懐の広さも見せた。

 

 それで満足したのか、以降の将人は聞き役に回り、その後はメイが一方的に話しかける展開となった。

 会話のほとんどは宝野学園での思い出話。


 すべてメイの作り話だったが、自分でも驚くほど実際にそんなことがあったのではないかというくらいのリアルさがあった。


 二人の関係が徐々に形作られていくような気がしてメイはなんとも不思議な気持ちになる。

 だが、それは同時に将人を徐々に追い詰めていることを意味していた。


 時折、不安そうに頷く彼を見てメイの中に僅かな同情心が芽生える。


(マサト、これはすべて嘘なのよ)


 もう彼に事件前の記憶が無いことは明白であった。

 けれど、メイは迂闊にもそれをこの場で追及するような真似はしない。

 何層も虚偽で話を塗り固め、密かにその時を待つ。


 将人としては心を許したのは一瞬だけで、やはり目の前にいるブロンド髪の少女の正体が未知数なのか、いくら過去の自分の話を聞いてもリラックスする様子はなかった。 

 

 無理もない、とメイは思う。

 一度に許容範囲外のことが起こり過ぎている。


 昔の記憶が無い上、突然、内縁の妻と名乗る者が面会に現れたのだ。

 将人はまだ18歳である。

 妻を持つ年齢としては若すぎてリアリティに欠けるのかもしれない。


(それは、私も同じだけど……)


 混乱するのは当然と言えた。

 しかし、メイとしてはそこに希望の光を見出せる気がした。

 彼にも人の血が通っていると分かったのだ。

 

 ならば〝絶対に不可能″ということはない、とメイは思う。


(記憶喪失でも、演技でも……。この際、関係ないわ)


 将人から何者かに脅されて犯人を名乗っているという証言が得られたらそれでいいのだから。

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