第173話 メイサイド-7
タクシーが去ってしまうと、鑑別局の狭い駐車場にはメイだけが取り残された。
(いよいよね)
先ほどまでの羞恥心を一気にクールダウンさせると、メイは気を引き締め直す。
対面の瞬間は、刻一刻と近づいていた。
昼休みまでに宝野学園へ戻る約束をしてしまったため時間は限られていた。
(絶対にマサトから証言を得ないと……)
焦る気持ちを募らせながらメイは歩みを進める。
駐車場には数台見覚えのある車がいくつか駐車していた。
その光景を見てメイはデジャヴを抱く。
見覚えのある白塗りの外観。
窓は今日もカーテンで固く閉ざされ、それはメイに宗教的な施設を強く連想させる。
メイがこの場所を訪れるのは、今日を入れて3度目であった。
この短期間で結構な頻度だ。
昨日はちょうど面会の許可を得た段階で宿舎に連絡して、急遽洋助に呼び出される形で戻ったため結局将人には会えなかった。
さらにその前は会うには会えたのだがいい思い出ではない、とメイは思う。
将人が口にした『家族はいない』という言葉に突然怒りが込み上げて、思わず詰め寄ってしまったからだ。
なぜ、そんな態度を取ってしまったのか。
メイにはその理由が分かっていた。
自分と似た境遇の彼。
美羽子から渡された資料によれば、将人は物心つかないうちに母親と別れている。
彼は人生の大半を父親と共に過ごしてきた。
その最愛の肉親を失ってしまうと将人は伯母夫婦の元へ身を寄せることになるわけだが、彼らとの関係も上手くいってなかったと聞いている。
まるで自分のようだ、と。
メイは母親の愛を知らずに育った将人に、密かに自分自身を重ねて見ていたのである。
けれど、将人とは境遇が異なる点もあった。
それは彼の母親はまだ生きているかもしれないということだ。
だから、そんな彼が『家族はいない』と平然と答えたことが許せなくて、つい突っかかってしまったのである。
もちろん、それは理由の一つに過ぎない。
メイは将人のことを記憶喪失ではないかと疑っている。
そんな彼――つまり〝偽物〟が、家族について我がもの顔で語っているのも許せなかったのである。
だが、今ではあの日の自身の行動をメイは後悔していた。
(バカね……私)
我ながら短絡的で馬鹿げた行動だった、とメイは迷うことなく自身を切り捨てる。
(そんなことで怒ってもなにも解決なんかしないのに)
いらぬところで感情を露にしたことで、将人の印象に強く残ってしまった可能性も否定できなかった。
昨日はゴスロリの私服を身につけて普段よりも濃いメイクをすればバレないと思い、そのまま乗り込むつもりでいたわけだが、もう少し異なるアプローチをする必要性にメイは気づく。
(今は制服を着てるわけだし……)
けれど、手短な道具といえば、ブレザーのポケットに入っている小さなコスメポーチしかない。
(やっぱメイクで誤魔化すしかないかしら)
結局、これといった打開策が見つからないまま、メイは暁少年鑑別局の玄関前に立っていた。
「……?」
なぜか自動ドアが開かない。
何度かセンサーが反応するようにドアの前で姿勢を左右に動かしてみるがピクリともしなかった。
嫌な予感がした。
メイは腕時計をすぐに確認する。
時刻は8時30分になろうとしていた。
中を覗いても受付に人がいる気配はない。
(早過ぎた? でも、門は開いてたし……)
どうすることもできないのでしばらく玄関前で待っていると、ドアの奥から掃除道具を片手に持った職員らしき若い男が訝しげに目を細めて近づいてくる。
その男は内側からロックを外して自動ドアを開くと、メイに質問を投げかけてきた。
「面会の方ですか?」
とっさにメイは嘘を口にする。
「カンナイマサトの妻です」
「……は?」
見るからに真面目そうな男は、素っ気なく答えるメイの姿を見て目を丸くしている。
朝が早いのか、瞼を何度か擦る。
男は主にメイの制服姿に驚きを示している様子であった。
だが、やがて彼の中で何かしら結論が成されたのか。
いかにも不純なものを見る目つきに変わると、「面会時間は9時からです。少年は現在朝食の最中ですから」と淡白に言い放つ。
学校はどうしたんだ、という心の声が聞こえてきそうであった。
(まぁいいわ。時間ならまだ十分にある)
建物の掃除に取りかかった男に会釈をすると、メイは時間を潰すために一度暁少年鑑別局の外に出ることにする。
春の麗らかな朝のシャワーを浴びながら、メイは近くのコンビニに寄り、化粧室で簡易的なメイクを済ませて髪をポニーテールに結ぶと適当な変装道具を調達する。
カチューシャとブルーライトメガネ。
その場凌ぎの割には実践的なアイテムが手に入り、メイは少しだけホッとする。
(これで多少は誤魔化せるわね)
その後、近くの公園のベンチに座り、時があるべき場所まで運んでくれることを待った。




