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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第4部・立会演説会編 4月10日(水)
156/421

第156話 花サイド-5

(追浜君……) 


 鋭い視線を送っている相手の正体は翠であった。

 彼は花から目を逸らすことなく、放心したようにつぶらな瞳を前髪の間から覗かせている。

 

 社家の言葉にショックを隠せない、という様子がひしひしと花に伝わってきた。


(当然だ)


 先ほどまで一緒にいたにもかかわらず、二人が退学処分となったことを翠たちに伝えていなかったのだから。


 もちろん、事前に花がこの件に関して知っていたという確信は翠の中にもないはずである。

 けれど、一緒に行動を共にしていた花が哲矢やメイの動向を知らないはずがない、と考えていてもおかしくない。

 

(言い訳はできないよね……)


 昨夜の出来ごとを話さないと決めたのは花なのだ。


 だからこそ、花は翠から向けられる疑惑の眼差しに真っ向から立ち向かう。


 花は、翠から浴びせられる疑惑の眼差しにあえて立ち向かう。

 目を背けずに受け入れることが信頼を取り戻す最良の手段であると、花は分かっていた。


「…………」


 やがて、諦めたように翠の側から視線が外される。

 

 心の中で彼に対して謝罪すると、花は「後できちんと話さないと……」と思うのであった。


 プレッシャーから解放されたせいか。

 花は無意識のうちに救いを探し求めていた。


 首を後ろに向けて、そこにあるはずの微笑みを探す。

 もちろん、そこに哲矢の笑顔はなかった。

 今頃、彼は大貴の行方を追ってニュータウンを探し回っているはずだ、と花は思う。


 哲矢がこの席に戻ることは二度とないのだ。

 その事実を花が受け入れるには、まだ多少の時間が必要であった。


「――おしっ、連絡は以上だ! ホームルームを終えるぞー。委員長号令っ」


 社家の言葉を契機に学級委員長の眠そうな声が響く。

 

「きりーつ、れ~い……」


 染みついた行為をクラスメイトたちと無感動にこなす。


 その始終を教卓の角に名簿を叩きながら見守っていた社家は、号令が済むと脇目も振らずに教室から出ていく。

 その足取りはどこか急いでいるようにも見えた。


 結局、ホームルームの間、社家からの視線を花は一度も感じることはなかった。


(……昨夜の件はバレてない?)


 安心するには危ない気がしたが、何も言ってこないことから察するに、防犯カメラには映っていなかったと考えるのが妥当であった。

 ひとまず、花は安堵のため息を漏らす。


 社家が消えてしまうと、教室に再び活気が戻ってくる。

 クラスメイトはすぐにグループへと分かれ、哲矢とメイの退学についてひそひそと話し始めた。


 以降、断続的な視線がチラチラと花を襲うこととなる。


(これじゃ、腫れもの扱いだよ……)


 だが、野次馬に囲まれ、質問責めされることを覚悟していた花にとっては、これはまだ我慢の範疇であった。


 おそらく、先ほど感じた視線もこの件に関することだったのだろう、と花は意味を理解する。

 

 哲矢のTwinnerアカウントから少年調査官に関するツイートがされたのは昨日の15時頃だ。

 事前にこのことをクラスメイトが知っていたとしても不思議ではない。

 もしかすると、ちょっとした噂になっていたのかもしれなかった。


 花はすぅーと息を吸い込むと、一度その場で目を閉じる。

 面白いことに花がそうやって黙り込むと、周囲の会話は手に取るように伝わってきた。


 どうやら、クラスメイトたちはTwinnerの一件で哲矢は退学処分となったと考えているようであった。


 誰もそれに対して異を唱える様子はない。

 彼らは本気で信じているのだ。 


 哲矢が自らの意思でツイートを投稿した、と。


「…………」


 一昨日、ベランダで哲矢が口にした言葉が虚しく花の中に響く。

 彼は〝クラスメイトを無条件に信じることができる〟と口にしていた。

 その結果がこれなのだ。

 

(結局、信じたって裏切られるだけなんだ)


 あの日、哲矢が自分の正体をバラさなければ、今頃こんなことにはなっていなかったのかもしれない。 

 ネット社会において、どんな些細な秘密も世に出てしまった以上それを消し去ることは不可能だ。

 

 ましてや、宝野学園という狭い括りの内なら、噂が広がるまで半日も要さないことだろう。

 今回の二人の退学についても、瞬く間に伝わるに違いなかった。


 では、メイはどうだろうか。

 彼らはメイを哲矢とセットで考えているようで、彼女の退学について疑問を口にしている者はいない。


 だが、花は知っている。

 哲矢とメイが退学処分となった理由は同じではないということを。


(メイちゃんが警察に捕まった件はみんな知らないんだね……)


 先ほど社家はその件について一言も触れなかった。

 わざと隠しているのか、言う必要がないから言わなかったのか。

 

 どちらにせよ、花の身はまだ安全圏にあった。

 今はそれがとても重要なことのように花には感じられる。


(……あっ)

 

 机に張りつきながら、思考の海に流されていること数分。

 花はすっかり忘れていた重大なことを思い出す。


(追浜君は……!?)


 とっさに翠の席へ目を向けるも、彼の姿はもうそこには存在しなかった。

 それどころか野庭と小菅ヶ谷の姿も見当たらない。


(教室を出た?)


 早く昨夜の件を話さなければ、と花の中に焦燥感が生まれる。

 哲矢もメイもいない状況で頼れるのは、やはり翠たちしかいなかった。


 この場所に独りでいることは、足場が不安定な吊橋で目隠しをしながら歩行するようなものだ、ということを花は悟る。

 まだ彼らが仲間と思ってくれているのなら――。


(謝らなきゃ……)


 そんな単純な思いが花を突き動かした。

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