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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第3部・証明編 4月9日(火)
133/421

第133話 マルチメディア室への道

 花の話によれば、文化棟は四つの棟の中で一番新しく最新の設備も揃っているため、警備が一番厳しいのではないか、ということであった。


 幸いここまで警備員に見つからずに来られたが、実は文化棟を重点的に回っているため、遭遇していないだけのことかもしれない。


 哲矢は気を引き締め直すと、なおも防犯カメラの位置に気を配りながら職務棟と文化棟を結ぶ渡り廊下を忍び足で進む。

 だが……。



「――あっ」


 その道中、これまで忘れてしまっていた大事なことを哲矢は思い出す。

 足を止めて振り返ると、メイと花は驚いたように体をビクッとさせるのだった。


「(なに? 急に立ち止まらないでよ)」


「(いや、悪い。ちょっと思い出したことがあって……)」


「(思い出した?)」


 不機嫌そうにブロンドの髪を払うメイに向き直ると、哲矢は神妙な顔を作って訊ねる。


「(俺たち、赤外線センサーの存在を完全に忘れていないか?)」


 無言で固まるメイと違い、花はポンと手を叩くと呆気らかんと笑う。


「(あはは……そだね。私たち、すっかり忘れちゃってるね……)」


「(へ、平気よっ! 防犯カメラと違って記録が残るわけでもないんでしょ? 現になにも反応してないじゃないっ……)」


 現実から目を背けるように強引に話をまとめるメイであったが、哲矢もまたその事実は一旦記憶の隅に追いやることにした。

 ここまで来てしまった以上、今さら騒いだところでどうなるわけでもないのだ。


「(とにかく、先を急ごう)」


 哲矢はそう促すと、先ほどよりも少しだけ早足でマルチメディア室までの道を急ぐ。




 ◇




 生徒会室を通過し、そのまま1階奥まで直進すると目的地が徐々に見えてくる。

 運のいいことにここへ至る過程でも警備員に遭遇することはなかった。

 もはや、校舎のどこも巡回していないのではないか、と勘違いするほどだ。


(……ダメだ、甘く考えちゃ。たまたま見つかってないだけなんだ)


 哲矢は改めて警戒レベルを引き上げると、月明りが差し込むマルチメディア室のドア上方に目を向ける。


(ここには防犯カメラもないな)


 もちろん、赤外線センサーのような設備も確認できない。

 

 哲矢がメイと花の顔を交互に覗くと、二人は静かに頷く。

 ゴーサインを得た哲矢はさっそくドアノブに手をかけるが……。


(……っ……)


 引いた瞬間にそれが分かった。


「(ここにも鍵がかけられてる……)」


 そもそも、職員室のドアが開いたことが不思議だったのだ、と哲矢は思う。

 普通、夜間はこうして部屋のドアは閉まっているに違いない。 

 ある意味でこの結果は当然と言えた。


 落胆する哲矢であったが、その横に並ぶ花はこのことを予見していたかのようになんでもなさそうに口を開く。


「(文化棟の特別教室は精密な機械も扱ってるから。普段から鍵が閉まってることも多いんだよ。視聴覚室とか、LL教室とか)」


「(それじゃ、結局、職員室のコピー機を使うしかないってことか……)」


「(うん。もしくは、特別教室の鍵を管理している先生の机を探す、とか)」


「(えっ、鍵があるのか?)」


 花の話によると、特別教室のそれぞれの部屋にはそこを管理する担当の教師が割り振られているらしく、彼らがその部屋の鍵を持っているとのことであった。


 だから、一番手っ取り早いのは職員室まで急いで戻り、担当の教師の机を探し当てて鍵を持ってくることであったが、途中で警備員に見つかる可能性を考えると非常にリスクが大きい賭けと言えた。

 それにそもそもその教師が用心のために鍵を持ち帰っていたのなら、その時点でアウトなのだ。

 

 どの選択が最善か、必死で考えを巡らせる哲矢であったが、涼しげな表情のメイがその横を通り過ぎていく。


 彼女はマルチメディア室のドアの前に立つと、鍵穴を覗き込むようにして屈み、どこから取り出したのか細長い針金をその場でしならせる。

 そして、それを穴の中へ差し込むと、ガチャガチャと無造作に弄り始めるのだった。

 

 哲矢が声をかける間もなく、彼女は事を成し遂げたようだ。


「(……開いたわ)」


 ドアをスライドさせたメイが口元に笑みを浮かべながら振り返る。

 その顔はまさに、してやったりといった感じであった。


「メイちゃん、何者……?」


 そんな光景を見せつけられ、花は小声で話すことも忘れ、唖然とその場に立ち尽くす。


(相変わらず、めちゃくちゃだ)


 ダミーカメラを見破った件といい、今回のピッキングといい、得体の知れないメイのポテンシャルに哲矢は感心するほかなかった。


(ただ、どれも犯罪絡みなのが気になるけど……)


 そんなことを哲矢が考えていると――。


「(あっ)」


 何かに気づいたようにメイが短く声を上げる。

 

「(ど、どうした……?)」


「(帰りのことすっかり考えてなかったわ。これ、最後閉まらないわよ)」


「(……っ、まぁなんとかなるだろ、ははっ)」


 さすがにこの時ばかりはメイを責めることはできず、哲矢の乾いた笑い声が夜の廊下に小さく響く。


 とにかくマルチメディア室は開いたのだ。

 三人は周囲を見渡し、警備員の姿がないことを確認すると、そっと室内へと足を踏み入れる。


 遅くとも明日の朝には、部屋の鍵が開けられている事実が学園側に伝わるに違いなかったが、今はそれを気にしている余裕はなかった。

 結果的に犯人だとバレなければいいのだ。


 哲矢は近くのパソコンの前に座ってそれを急いで立ち上げる。

 本来ならばこれを利用するには、サーバーが設置されている隣りの準備室で管理担当の許可を得る必要がある、という話を哲矢は花から聞く。


 無秩序なこの状況が余程珍しいのか、彼女の口ぶりは饒舌で興奮しているようにすら見えた。


 それからすぐにディスプレイに光が灯ると、ログインするためのユーザー名とパスワードの入力を求められる。


「(これ、なんて打てばいいんだ?)」


「(えーと。ユーザー名とパスワードは自分の名前と学籍番号なんだけど……)」


 花はそこまで口にして、哲矢に学籍番号は用意されていないことに気づいたらしく、自分の番号を読み上げる。


「(サンキュー)」


 花の名前と数字の羅列を入力すると、ログイン認証の画面へと切り替わる。


「(こっちもokayよ)」


 隣りのパソコンの前に座ったメイが同じ要領でログインを済ませると、二人体制でスキャンする準備が整うのだった。


 筆跡素材を選別して手渡す役を花が担当し、哲矢とメイはそれを次々スキャンにかけていく。


 その間、哲矢は正直気が気でなかった。

 今にも警備員が入り込んでくるのではないかという恐怖が哲矢の脳裏に付きまとう。


 眩しく灯るディスプレイの明かりが煩わしい。

 暗闇中で発光するスキャンが続けば続くほど、哲矢は寿命が縮む思いをするのだった。




 ◇




 逸る気持ち抑えながら集中すること10分。


 二手に分かれて行った甲斐もあってか、スキャンは終わりの兆しを見せていた。

 順調に素材のデータ化を進めていく。


 やがて――。


「(終わった……?)」


「(うん、これで最後だよ)」


 スキャンの終わった素材を花に返すと、哲矢はふぅとひと息吐く。

 だが、安堵している暇はない。


 哲矢は花から受け取っておいたUSBメモリを取り出すとそれをパソコンに接続し、速やかにデータをその中へ移していく。

 その間に、哲矢は次の指示をメイと花へ伝えるのだった。


「(悪いんだけど、二人で素材を元の場所へ返却して来てくれないか? メイは職員室を、花はA組を。分担して頼む)」


「(それはべつに構わないけど、あんたはどうするの?)」


「(俺はここに残って後処理をしてからすぐに追いかけるよ。あと、針金貸しておいてくれ。ダメ元で部屋の鍵が閉まるか試してみるから)」


「(簡単じゃないと思うけど。まあ健闘することね)」


 メイから手渡された針金を受け取ると、各自暫しの別れとなった。


「(もし途中で合流できなかったら、部室棟の出入口前で合流しよう)」


「(分かったわ)」


「(りょーかいっ♪ 哲矢君も気をつけて)」


 だが、それでも何か言い足りなかったのか。

 花が手を前に差し出してくる。


「(無事にみんなで脱け出せることを願って!)」


「(お、おう……)」


 少し照れ臭かったが、哲矢も花の手の上に自分の手を重ねた。


「(ハナ。ほんとこういうの好きね)」


 そう愚痴りながらもメイも素直に従う。


「(よぉ~し! みんなで頑張ろーっ♪)」


 花のかけ声と共に、重ねた三つの手は勢いよく宙に放たれるのだった。


 それが合図となり、メイと花はそれぞれするべきことをするために散っていく。


(二人とも、見つかるなよ)


 彼女らの姿が部屋から消えてしまうのを見届けると、哲矢は再び目の前のパソコンに向き直るのだった。

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