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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第1部・桜色の街編 4月5日(金)
13/421

第13話 私も逃げてきたから

 ニュータウン循環のバスに間に合った哲矢たちは、そのまま宝野学園近くのバス停で降車する。


 車内は駅とは別のところから乗車してくる宝野学園の生徒で溢れ返り、とても話の続きができる雰囲気ではなかった。

 ぞろぞろと降りる生徒の波に紛れながら花が手を挙げながら口にした。


「じゃあ、またあとで」


「あれ? 一緒に行かないの?」


「ちょっと寄るところがあるんです。そこの階段を登ると校門の前に出ますよ」

 

 花は、降車した生徒らが一斉に登り始める階段を指さしながらそう口にした。


「ああ……ありがとう」


 結局、花とはその場所で別れることとなり、宝野学園とは別の方角へと歩き始めた彼女の背中を見送ると、哲矢は生徒らの流れに続いて階段を登るのだった。

 

 校門の前まで来てしまうと、哲矢は何をするでもなく満開の桜を見上げながらしばらくその場に佇んだ。


 早く教室へ行っても惨めな思いをすることは目に見えている。

 だったら、こうして校門の前で過ぎゆく生徒の波に身を任せていた方がまだ気が楽であった。

 

 それにひょっとしたらメイが登校してくるかもしれないという淡い期待もあった。

 けれど、いくら待っても彼女は姿を現さない。


(まあ当然か。誰かに起こされるまであの公園でずっと眠っているんだろうし……)


 そんなことを考えていると、悩ましい問題を抱えていたことを哲矢は思い出す。

 メイが遅刻している理由を社家に話さなければならなかった。


 その言いわけを考えているうちに、始業の合図を告げる予備のチャイムが鳴り響いた。


(教室に向かいながら考えるか)


 園内に入っていく生徒の数も大分少なくなってきた。

 哲矢は疎らとなった生徒たちの中に紛れて校門を潜るのだった。




 ◇




 色々と考えた哲矢であったが、メイが遅刻していることの良い言い訳は思い浮かばなかった。


 ガラガラ――。


 教室のドアを開けると、一斉にその視線が哲矢に注がれる。


 集団で談笑している者。

 一人でスマートフォンを弄っている者。

 熱心に勉強している者。


 皆は無関心を装いながらも、こちらに対して小さな警戒心を抱いているように哲矢には感じられた。

 

 メイがいないだけでこんなにも心細くなるものなのか、と哲矢は思う。

 哲矢は自分が間違った場所に来てしまっていることを強く感じずにはいられなかった。


 これでは、地元の高校にいる時とほとんど変わらない。

 あと2日の辛抱がとても困難な道のりであるように感じられてしまう。

 

 哲矢は俯きながら自分の席まで歩く。


 すると、笑顔で手を振る花の姿が視界に入ってきた。

 この混沌とした空間で心を許せる相手は彼女だけだった。

 哲矢は落としていた顔を上げて、笑顔を作って彼女に応えた。


「もう先に来ていたんだ」


「大した用ではなかったので。それにしても……関内君は遅かったですね。もしかして迷いました?」


「い、いやさ! 昨日のおさらいをするために園内をちょっと回っていたんだよ!」


「へえ~。熱心ですね」


「ははっ……」


 さすがに教室で一人いることが怖くて校門の前で時間を潰していたとは言えなかった。

 自分がそこまで臆病者であるとは認めたくないという心情もある。

 だが、先に教室に着いていたということは、花はあの生徒の波に紛れて校門を通っていたということになる。


(気づかれなくてよかった……)


 妙な冷汗を拭いながら、哲矢は自分の席に着席する。

 だが、一難去ってまた一難。

 今度は別の鋭い質問が飛んできた。

 

「……あと、会った時からずっと気になっていたんですが、高島さんは今日は一緒じゃないんですか?」


「えっ!? え、えっと……」


 思わぬ人物に指摘されて戸惑う哲矢であったが、その時、さらに追い討ちをかけるように社家が教室へと入ってくる。


「さあ~っ! みんな席につけー。ホームルーム始めるぞ!」


 そのかけ声と共に周りのクラスメイトは一斉に着席する。

 後ろを振り向いていた花も「またあとで」と言ってから正面を向いた。


 全員が席に着くと、昨日と同じように空席がかなり目立った。

 社家は一人一人の名前を呼んでいく。


 やはり、三分の一くらいの生徒が休んでいるようであった。

 受験勉強をするために仮病を使って欠席しているのだろうか。

 ここまで欠席者が多いとそんな邪推をしてしまう。


 名簿を読み終えた社家は、最後に哲矢とメイの名前を呼んだ。


「……関内はいるようだな。それで、高島はどうした?」


 クラス中が静まり返る。

 ここで質問を投げかけられているのは哲矢以外にいない。


(本当のことを話すべきか? いやっ……でも、公園で寝ているなんて言ったところで……)


 哲矢が返事に迷っていると、社家は自己完結するように話を閉じた。


「お前ら、欠席する時は必ず学園へ連絡することを忘れるなよ。じゃ、朝の連絡事項を読み上げるぞー」


 そう口にした社家は、続けて定期健診の日時について話し始めた。

 追及されるどころか、まったく気にもされていない。

 まるで、少年調査官のことなどどうでもいいと考えているかのようだ。


 花がチラッと顔を後ろに振り向かせてくる。

 だが、哲矢と目が合うとどこか慌てた様子で向き直るのだった。




 ◇

    



 それからは何ごともなく時間だけが過ぎ去っていった。

 メイは一向に現れなかった。

 授業が始まっては終わるを繰り返し、やがて昼休みとなる。


 花とは朝の会話以来、話をするタイミングを失ってすれ違ってばかりであった。

 彼女も忙しいようで、昼休みになるとすぐにどこかへと出かけてしまう。


 居場所を無くした哲矢は、周りの視線を感じながらそのまま教室を飛び出す。

 昼休みの間、ずっと園内をぐるぐると歩いて回った。

 

 やがて、歩き続ける哲矢の脳裏に『果たしてこんなことに意味はあるのだろうか』という疑問が浮かぶ。


 少年調査官とは名ばかりで、特に何かしたわけではない。

 ただ亡霊の如く、この学園で無為な一日を過ごしているだけだ。


 こんなことが何かの役に立つというのだろうか。

 誰が一体何のためにこんな制度を考えたのか。

 哲矢には分からなかった。


 同じ環境に身を置いて生活を送る。

 たったそれだけのことで事件を起こした少年の心が分かるというのなら、裁判官などもはや必要ない。


 同世代だからといって相手の気持ちがすべて理解できるわけではないのだ。


 現に哲矢には誰の感情も理解することができなかった。

 これでどうしてその務めが果たせるというのだろうか。


 気がつくと、哲矢は校門を潜り抜けてニュータウンの歩道に出ていた。


 迷路のようなこの街で哲矢が行ける場所など存在しない。

 だが、それでも哲矢は歩き続ける。

 少しでも現実から離れるために、遠くへと……。




 ◇




 そのまま当てもなく歩き回った哲矢は、いつの間にか小高い丘のある公園の前へと出ていた。

 無意識のうちに丘を回る形で頂上まで登っていく。

 一歩ずつ足を前に踏み出すに従って、頂上の輪郭がはっきりとしてきた。


「うわぁ……。すごいな」


 そこからはニュータウンの一部を見渡すことができた。

 赤色に輝くレンガ造りの並んだ屋根が目に飛び込んでくる。

 歩道に沿って桜の木がいくつも並び、ピンクに色づいているのが分かった。


 隣り街まで見渡せそうなほどの青空と遠くに映える山の連なりがダイレクトに視界へ飛び込んでくる。

 こうして見渡していると、ニュータウンがまるで大きな森の海に沈んでいるように感じられるから不思議であった。


 哲矢がその光景に見惚れていると、高台に置かれたベンチから聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「……中沢公園って言うそうよ。ドラマの撮影とかにもよく使われるんだって。まあでも、私は日本のドラマとか一切見たことがないから分からないけど」


 声のした方へ振り向くと、そこには春風にブロンドの長い髪を優雅に舞わせ、足を組んで座っているメイの姿があった。


「どうしてここに居るのかって顔してるわね」


 哲矢の言葉を先回りしてメイは答える。

 その視線は目の前に広がる雄大な景色へと向けられていた。


「この街の学園に通っているんだから、ここに居たとしてもべつに不思議なことではないでしょ?」


「まあ……そうだな」


 彼女は依然として正面を向いたままで哲矢の顔を見ようとしない。

 やがて、下唇を薄く噛むとちょこんとベンチから立ち上がる。


「結局、あんたも同じサボりってわけね」


「俺はただ……」


「――逃げてきたんでしょ?」


「……っ!?」


「怖かったから逃げてきた」


「は、はあぁっ……?」


 図星を突かれ、思わず哲矢は間抜けな声を上げてしまう。

 まさかメイにそんなことを言われるとは思っていなかったのだ。

 彼女はひと息つくと、種明かしをするように短く答える。


「分かるのよ。同じだから」


「……えっ?」


「私も逃げてきたから」


 そこでようやくメイは哲矢の目を見つめる。

 その瞳には悲しげな色の笑みが映っているのであった。

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