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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第3部・証明編 4月9日(火)
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第128話 カモフラージュの会話

 それからいくつかの取り決めをしてから哲矢はメイを送り出した。

 彼女がリビングに顔を出して2階へと上がったら、哲矢は脱出の時間稼ぎのために洋助の気を引く役割を担うことになったのだ。


 ただ、時間も迫っていることもあったので、メイが自室へと引き上げてから5分間がリミットという決まりにした。

 この間、彼女は2階の窓から隣りの木へと飛び移り、シーツを使って地面まで降りることとなる。


 そんな短時間のうちにそれだけの動作を彼女がこなせるか不安ではあったが、哲矢は余計なことは考えないようにした。

 一度任せると決めた以上、ここで口出しするのはフェアではないと思ったのである。


 5分が経過したら哲矢も自室へと戻り、1階の窓から外へと抜け出してメイと合流を果たす。

 分刻みで進むスケジュールに緊張が込み上げてくるのを抑えつつ、まずは彼女が2階へと上がるタイミングを哲矢は待つことになった。


 部屋のドアを開けてこっそりと廊下の様子を確認すると、すぐにリビングから洋助と話すメイの声が聞こえてくる。

 しばらくすると、話し終えたメイがリビングを後にして階段を上っていく音がこの部屋までしっかりと届くのだった。


 どうやらメイは最短で事を済ませたようであった。


(俺もおちおちしちゃいられないぜ)


 自分で焦燥感を煽り、切り札として取っておいた子機を握り締め、哲矢もメイに続いて男子部屋を後にする。

 リビングまでの廊下を長く感じつつ、様子を窺うようにして哲矢はそのドアを開く。


 すると、すぐにこちらに気づく表情があった。


「ああ、哲矢君か」


 そう言って手を挙げるのは、先ほどまでの外見とは異なり、ブルーライトカットメガネをかけた洋助であった。

 彼はテーブルに座り、ノートパソコンと向き合って何やら黙々とキーを入力していた。


「これ、ありがとうございました」


 哲矢はそう口にして洋助に子機を差し出すと、彼はキーボードを叩くのを一旦止めてそれを受け取る。


「今ちょうどメイ君も来たんだよ。今日は疲れたから先に寝るってさ」


 テーブルに積まれた書類の山に手を置きながら、洋助はふぅーと息を吐くのだった。


「それで……荷造りは順調かい?」


「あっ、はい。メイにも手伝ってもらったんでもうすぐ終わりそうです」


「……そうか。一応、明日は僕が車で哲矢君の家まで送る段取りをつけておいたよ」


「えっ? 実家までですか?」


「うん」


「ここから100kmくらい離れてますよ……?」


「車だと2時間くらいかな。哲矢君の口からだと色々と説明しづらいだろうって思ってね。親御さんにとりあえず、連絡しておいたんだよ」


「…………」


 いくらなんでも手回しが早過ぎる、と哲矢は思った。

 上からすぐに地元へ帰すよう圧力をかけられているのかもしれない。


 火元はなるべく早く消火しておきたいという声が漏れ聞こえてくるようで、哲矢はとっさに洋助から顔を逸らしてしまう。


 そして、改めて思うのだ。

 これから自分たちがやろうとしていることは、洋助をも敵に回す行為なのだということを。


 いずれにせよ、これで退路は断たれることになる。

 あと1日だけでもこの地に残れるという淡い期待が消滅した瞬間であった。


 ただ、それでも――。

 哲矢は洋助や親に迷惑をかけたとしても、歩みを止めるつもりはなかった。


(もうこれは俺だけの問題じゃないんだ)


 「……ありがとうございます」と頭を下げた哲矢は、洋助に気づかれないように薄く唇を噛む。

 

「あと哲矢君にひとつ訊きたいんだけど、メイ君また調子悪そうにしてた? 夕食いらないんだってさ」


「……あー確かに。なんか具合悪そうでしたね。今日も無理して動いてたのかもしれません」


「そっか。いや、さっきはゴメンね。なんか僕、勘違いしてたみたいだ。調子よくないからベッドにメイ君を寝かせてたんだね」


「……ま、まぁ。はは……」


「どうする? 哲矢君は夕食いるよね。これから作ろうと思ってたんだけど……」


 ノートパソコンを閉じながら洋助がそう訊ねてくる。

 作業に一区切りついたのかもしれない。


 だが、哲矢は申し訳ないと思いつつも、その好意を受けることができなかった。


「いえ。俺も今日はなんだか食欲ないんで」


「……そう? まあ、今日は色々あったし、疲れも溜まってると思うから。早めに休んだ方がいいかもね」


 そう口にする洋助はそれ以上無理に勧めてくることはなかった。

 

 ふと、哲矢の視線がリビングの掛け時計に向く。

 時刻は19時45分すぎを指していた。


 20時30分に宝野学園へ到着するにはぎりぎりの時間と言える。


(もう行っても大丈夫か?)


 メイが2階へ上がってからそろそろ5分は経過した計算となる。

 先ほどの取り決め通り事が運んでいるとすれば、彼女はすでにシーツを伝って地面に下りている頃合いであった。


「…………」


 これ以上会話を継続させることは不自然であるように感じられた。


(よし……行くか)


 洋助に別れを告げて、リビングから出ていこうとする哲矢であったが……。


 ドスンッ――!


 その時、外で大きな物音が響く。

 何かが落下したような鈍い音だ。


 方角的にメイの自室の真下であることに気づいた哲矢はハッと息を呑む。


「……なんか今、外でものすごい音がしなかった?」


「そう、ですか……?」


 当然、物音は洋助の耳にも届いてしまったようだ。

 彼は不審そうな目を覗かせて椅子を引いて立ち上がると、窓際まで歩いてカーテンをサッと開けてしまう。


「あ、あーっ!! ちょっとお腹空いてきましたっ~!」


 反射的に哲矢は大声で彼の行動を止めていた。 

 洋助はまだ外に目を向けていたが、やがて興味を失ったように「じゃあ、なんか作るよ」と口にしてキッチンへと向かう。


 額から零れる汗を拭いながら、哲矢はぎりぎりまでここで粘ってよかったと思う反面、余計な寄り道をしてしまったことを後悔するのだった。

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