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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第3部・証明編 4月9日(火)
122/421

第122話 二度目のチャンス

(……いや、待てよ)


 正座から胡坐に脚を組み替えて考えを巡らせる哲矢にふとある考えがよぎる。


(脅迫文は花の机に入れられていて、ツイートは俺のスマホを盗んで行われた。これって、犯人は俺たち二人に対してアクションを起こしたってことだよな? だったら、俺たち二人の共通点を考えれば……)


 そこで哲矢の目は見開かれる。


 何も頭を悩ませることはない。

 とても単純なことだったのだ。


 腹の底から込み上げてくる笑みを抑えながら、哲矢は強気に主張を続けた。


「可能性だけの話ならはっきり言ってかなり高いと思うぜ」

 

「へぇ、大した自信ね?」


 メイは脚を組み替え、背もたれに大きく体重をかける。


「でももう少し具体的に話してよ。今のままだとよく分からないわ」


「ならさ。この状況がチャンスってことについてまず話すよ」


「……っ、なに? またチャンス?」


「脅迫文を書いた犯人とツイートを投稿した犯人の標的は花と俺にある、ってことは分かるよな?」


 一瞬間を空けながらもメイは静かに頷いてみせる。


「じゃあ、俺ら二人に共通することはなんだと思う?」


「それは……。マサトの無実を証明しようとしてるってことでしょ? そのために今必死になってるわけじゃない」


「さすがだな。その通りだ」

 

 哲矢は一度咳払いをすると、これまでの話を総括するように慎重な口調で続ける。


「そうなんだよ。俺たちは将人の無実を証明しようとしている。でも逆に、将人が有罪じゃなきゃ困る連中がいるとすれば? そういう奴らからすれば、俺たちの存在は目障りなんじゃないかな」


「その私たちのことを目障りに感じている連中が犯人だってこと?」


「ああ。俺らが将人の無実を証明しようとしてるってことは、昨日あの場にいたクラスメイトなら全員知ってるはずだ。もちろん、大貴たちも。ここまで考えれば犯人もおのずと絞られてくると思わないか?」


「なるほどね。外部の人間の犯行じゃないって、あんたはそう言いたいんでしょ?」


 哲矢はメイの言葉に大きく頷く。

 

 そう――。

 これはすべて三年A組の教室の中で起こったことなのだ。

 

(昨日の落書きの件もそうだ)


 これまでは〝クラスメイトを疑ってはいけない〟という曲がった正義感が哲矢にフィルターをかけていた。

 無条件に受け入れると決めた以上相手を疑ってはいけない、と。


 けれど、それはお互いにクリーンな条件の下で成り立つもの。

 このような状況ではそのような考え方は命取りになるということに、哲矢はようやく気づいたのだ。


「それで、チャンスってのは? まさか探偵にでもなった気分で犯人を捕まえようとしてるわけじゃないでしょうね?」


「いや……。捕まえたいとかそういう気持ちはないよ。ただ、俺は犯人をはっきりさせたいだけ。おそらく、今回の二つの問題は、俺たちが明日やろうとしている計画とも密接に関わっていると思うんだ。犯人が分かれば明日はきっと上手く事を運ぶことができるはず……。だから、チャンスなんだよ」


「はぁ……。適当な嘘を吐いて私をこんなところまで呼んだのはそのためね」


「メイ、手伝ってくれるか?」


「ほんと次から次へと厄介なことに手を出すわね、あんた……」


「頼むっ……! お前しか頼めないんだ!」


 両手を合わせる哲矢の姿を見てメイは大きくため息を吐くと、足の指先をちょんちょんと動かしながら面倒くさそうに口にする。 


「具体的にはなにするのよ? 犯人をはっきりさせようにもスマホは盗まれたままなんでしょ? それにその脅迫文だって……」


「あぁ、脅迫文ならあるぞ」


「だからって……それだけでどう犯人を見つけ出すのよ。まさか、指紋を調べるなんてバカなこと言い出さないでしょうね?」


「机の中に脅迫文が入れられてたくらいじゃ、警察はイタズラとしか思わないだろうさ」


「ならっ……」


 そこで哲矢は口元に不敵な笑みを作る。


「チッチッ……甘いぜ。俺だってそんなバカじゃない。考えてることくらいある」


「勿体ぶるのはいいから、早くそれを教えなさいって」


 答えを急かすメイに一定の手ごたえを感じながら、哲矢は鞄の中から無造作に丸めた一枚の便箋を取り出してそれを彼女の前に広げて見せる。


「うっ!? な、なによこれっ……」


「これがその脅迫文」


「う、うげぇ……。キモチワルっ……」


「まぁ、内容は置いておくとして。見れば分かると思うが、これは手書きで書かれてるだろ?」


「手書きぃ? それがなに……?」


「ふふふっ。まだ気づかないのか。俺らの近くに〝書〟に精通したエキスパートがいるじゃないか。彼女にこの筆跡を鑑定してもらえば、それが物的証拠となるはず」

 

「そんなこと……あの子にできるの?」


「できると俺は思う」


 半信半疑で首を傾げるメイとは対照的に哲矢には確信があった。


 もちろん、まだこのことは本人に確認を取っていない。

 だが、彼女――花は、宝野学園の書道部へ入部するために、わざわざ都外から入学してきたのだ。


 普段の花を見ていると、書道部の部員であるということを忘れてしまいそうになるが、彼女は日曜日に自主練習するほど真面目に部活に取り組んでいるのだ。

 きっと、書道に対して相当思い入れがあるに違いない、と哲矢は思う。

 

「テツヤ。あんた、鑑定なんて軽く言ってるけど、それがどういうものか本当に分かってるの?」


「なんだよ」


「筆跡の鑑定をするにはその脅迫文だけがあっても意味ないでしょ。犯人の筆跡を調べるって言うなら参考となる資料がないと」


「もちろん分かってるさ。だから、一度学園に戻って犯人の手がかりとなりそうな筆跡の素材を集めてこようって思ってるんだ」


「……正気?」


 メイは目を丸くする。

 そして、本日何度目かとなる深いため息を漏らすのだった。


「今何時だと思ってんのよ!」


「19時ちょい前だけど」


「……っ、この時間に戻って学園に入れるわけないじゃないっ!」


 語気を強めて口にするメイは、本当に呆れたように額に手を当てる。

 だが、こんな時こそ彼女が助けとなってくれるということを哲矢は知っていた。


「でも、手伝ってくれるよな?」


「……はぁ……。どうせ、正攻法なんて考えてないんでしょ……」


 哲矢の予想通り、メイはしばらく目を瞑った後、最後には自慢の長いブロンドの髪をかき上げて同意を示すのだった。


「言っておくけど、バレたらとんでもないことになるからね?」


「分かってる」

 

 この瞬間、哲矢たちの目下の目標が決まった。

 夜の宝野学園に忍び込むのだ。


 正直、かなり馬鹿げたことをしようとしていると哲矢にも分かっていた。

 もし警備員に見つかれば、警察沙汰になるに違いない。


 そう考えると、もしかしたら自分はとんでもないことをやろうとしているのではないか、という不安が哲矢の心を浸食していく。

 幸い選択権はまだ手の中にあった。


 哲矢は今一度脅迫文を開くと、隅々まで読み進めてみることにする。

 何度か往復して文字の羅列を目で追っていると、哲矢は下段に小さく書き込まれた一文に目が留まった。


 『生徒会長代理選挙の立候補を辞退しろ。さもなくばお前に死が訪れる』


(……これって〝警告〟だよな?)


 そんな当たり前のことを思い浮かべながら、哲矢はある違和感を抱く。

 

(ちょっと待て……。俺のスマホを盗んだ犯人は〝警告〟することなくツイートを即投稿してないか……?)


 犯行時刻や手口が似ている二件だったが、犯人の行動には一貫性がない。

 一方は猶予を与えて辞退することを警告し、一方は猶予を与えることなく致命的な情報を流布しようとした。

  

 脅迫文を書いた犯人とツイートを投稿した犯人は同一人物だと哲矢は考えていたわけだが、そうではない可能性が浮上する。


(いや、あまり深く考えるな……)


 どのみち脅迫文を調べることは無駄ではない、と哲矢は思う。

 まずは地道にその線から追っていけば、自ずと答えが見えてくるに違いなかった。

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