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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第1部・桜色の街編 4月5日(金)
12/421

第12話 通学の途中で

 外に出ると眩しい朝の光が出迎えてくれる。

 春特有の艶やかな香りが哲矢の鼻腔を少しだけくすぐった。


 もしかすると今日は一日暑くなるかもしれないなと、哲矢はそんなことを思う。

 だが、そのような晴れやかな気持ちは、途端に激しい胸の高鳴りで染まることとなる。


 昨日帰宅したルートを逆に辿るような形で宝野学園へ向かおうとしていたその時、宿舎近くの例の小さな公園でメイの姿を見つけてしまったのだ。


 ちょっとした期待を込めてその公園を覗いた哲矢であったが、まさかその期待が現実のものとなるとは考えてもいなかった。


(……あいつ……。なにやってんだ?)


 メイは二匹の猫に囲まれながらベンチに座り寝息を立てていた。

 暖かな陽の光が彼女に当たって、なんとも気持ちよさそうな光景がそこに広がっている。


 猫はメイに懐いているのか、彼女の傍を離れようとせず、じゃれ合うようにして寄り添っていた。

 春の緩やかな風がメイの長い髪を揺らし、それがキラキラと光った。

 こうして静かに眠っていると、まさに天使のように見えてくるから不思議だ。

 

(黙っていればかわいいのに)

 

 彼女は制服姿であった。

 ということは、宝野学園へ向かう途中でつい眠ってしまったということなのだろうか。


(……まさか、やることってこれのことじゃないだろうな)


 皺だらけのブレザーやスカートを見るに、初めからここで一日寝て過ごすつもりなのではないかという風に思えてしまう。

 どうせ、昨日あれから夜更かしでもしていたに違いない。

 ひょっとすると、今日は朝早く起きたわけではなく、徹夜していただけかもしれなかった。

 

「ったく……。こんなところで寝るか普通」

 

 この責任はメイだけでなく美羽子にもあるだろう。

 せっかく今朝は気負いすることなく会話できたと思ったんだけどな、と哲矢は少しだけ残念に感じた。


(まあでも、ここで眠っていても危険はないだろうし。家裁も宿舎も目と鼻の先だしな)


 彼女もそれが分かっていてこの公園で眠っているのだろう、と哲矢は思う。

 あとは社家に適当な言い訳をする必要があった。


「これは貸しだぞ」


 小声でそっと呟くと、哲矢は彼女の寝顔をチラッと盗み見しながら公園を後にするのだった。




 ◇



 

 羽衣駅からモノレールに乗り、桜ヶ丘プラザ駅で降りる。

 改札を抜けると、駅前のデッキにはちらほらと宝野学園の生徒の姿があった。


 それを見て、哲矢はどんよりと気分が重くなる。

 また一日あの学園で過ごさなければならないのか、と。


 そして、生徒の近くを通り過ぎるたびに哲矢はグッと身構えてしまう。

 自意識過剰なのは十分に承知しているが、どうしてもじろじろと見られているような気がしてしまうのだ。


 美羽子から教わった行き方を頭の中で復唱しながら駅のロータリーへと下りる。


 そこから宝野学園へ向かうバスが発着するバス停まで歩くだけでも正直億劫であった。

 突き刺さる妄想の刃が哲矢を完全に萎縮させてしまっていた。

 背中を伝う嫌な汗が妙にベトついて思うように体が動かない。


(落ち着け……。普通に通学しているだけだ。なにも悪いことはしてないだろ)


 宝野学園の生徒らに紛れて列に並び、バスが到着するまでスマートフォンを弄りながらじっと待っていると、突然哲矢は後ろから誰かに声をかけられる。


「……あれ? 関内君?」


「……? ああっ、川崎さん!」


「おはようございます。関内君も駅からバスだったんですね。こんなところで会うとは奇遇です」


「おはよう。今日から電車通学することになってバスを待ってたんだ。昨日は色々とありがとう」


「いえ。こちらこそ楽しかったです」


 それは哲矢にとってまさに救いの女神であった。


(助かった……。これで一人で並ばなくて済む)


 哲矢がホッと胸を撫で下ろしていると、彼女は「それじゃ、また教室で」と言ってその場を離れようとしてしまう。

 どうやらただの挨拶だったらしい。


「えっ!? あ、あのっ……!」


「……はい?」


 哲矢はとっさに手を伸ばして彼女の腕を掴んでいた。

 二人は見つめ合いながら停止する。

 まるで、目に映る景色がすべてスローモーションのように哲矢には見えた。

 

 自分でもなぜこんな大胆な行動に出てしまったのか、哲矢には分からなかった。

 それでもここまでやってしまったらヤケだ、と開き直る。


「い、一緒に歩いて学園まで行かないかッ?」


「えっ? あ、あの……。ちょ、ちょっと関内君っ!?」


 哲矢は花の腕を掴みながら列を離れると、ロータリーから遠ざかるようにして歩き始める。

 自分の人生において女子にこれほど積極的な行動を取ったのは初めてのことかもしれない、と哲矢は汗をかきながら思った。


(大それたことをしてしまったぞ……)


 途端に後悔の念が沸き起こってくる。

 しかし、意外なことにも、花は抵抗することなく哲矢の突拍子もない行動に従うのだった。




 ◇



 

 駅から少し離れたところでようやく花が口を開く。


「すみません、これってどこへ向かってるんですか?」


「へっ!? え、えっと……学園なんだけど……」


「だったら、方向が違いますね」


「あっ……そ、そうなんだ。ごめんっ!」


 哲矢は強引に掴んでいた彼女の腕をパッと離すとその場に足を止めた。

 気づけば、まったく見知らぬ小さな交差点の前でぽつんと突っ立ってしまっていた。


 信号待ちのタクシー運転手が暇そうにこちらを覗いてくる。

 地面には散ってしまった桜の花びらがいくつか疎らに落ちていた。


「べつに謝ることじゃないですよ。ここからでも十分歩いて間に合いますし」


「い、いや! 突然こんなところまで連れて来てしまって……本当にごめん!」


「正直、驚きましたけど……。でも、私にも経験があるから。分かるんです。関内君の気持ち」


「え……」


「実は私……。高等部から宝野学園へ入学したんです」


 花は一度そこで話を区切ると、指をさしながらその方角へと向けて歩き始めた。

 その途中、彼女は静かに語った。


「私は元々この街で生まれたわけじゃないんですよ」


「……そうだったんだ」


「昨日お話した通り、宝野学園に通うほとんどの子たちはニュータウンで生まれ育っています。だから、私も最初は苦労しました。途中からクラスの輪の中へ入ることに。でも……その時、支えになってくれた子がいたんです」


 哲矢は花と並んで歩きながら、その真剣な表情を黙って見つめた。


「今は入院して休んでいますけど……必ず戻ってきてくれるって信じています」


「それって――」


 哲矢が口にしようとした名前を遮るように、花が元気よく手を振った。


「ちょうどよかった。間に合いそうですよ。走りましょう!」


「あっ……」


 花は何かを誤魔化すようにそう口にすると、今度は哲矢の手を取って数メートル先のバス停まで走り出すのであった。

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