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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第3部・証明編 4月9日(火)
107/421

第107話 面会のための画策

 話はメイが将人に会いに行くという方向でまとまりかける。

 しかし――。

 

「……い、いやっ、違うんだメイ!」


 哲矢はすぐに障害があることを思い出した。

 

「将人には簡単に会えないんだ。親族以外の面会は禁止されてるんだよ」


 美羽子に連れられて面会できた前回とは違う。

 少年調査官というのはただの肩書に過ぎない。

 哲矢たちに力はないのだ。


 将人に会うのなら、どうしても洋助や美羽子の協力が必要なのである。


 けれど、どういうわけか。

 それを聞いてもメイの反応は薄い。


「そんなの、とっくに調べてるわよ」


 まったく動じることなくそう言い放つと、表情を一変させて、不敵な笑みを浮かべながらこう続ける。


「面会する手段ならちゃんと考えてあるわ」


「な、なに……?」


「んっふふ。親族以外の面会は禁止されてるんでしょ? 逆に言えば、親族なら面会できるってことよね?」


 何か嫌な予感がして、哲矢は思わずメイの顔をまじまじと覗いてしまう。

 彼女は人差し指を口元に当てると、さも当然のようにこう口にするのだった。


「内縁の妻ってことで会ってくるわ」


「……ハ、ハイ?」


 まったく聞き馴染みのない言葉を耳にして哲矢はその場で固まる。


「ちゃんと調べたのよ。日本では男女共に18歳以上なら高校生でも親の許可なく結婚できるのよね?」


「たしかにそうだけど……」


 今から二年前、日本では成人の年齢が18歳に引き下げられた。

 高校生でありながら大人として扱われるようになったのである。

 

 哲矢は今17歳だが、あと数ヶ月もすれば大人の仲間入りとなり、そのことも〝これまでの自分を変えたい〟という思いに繋がっていた。


「この前、18歳になったばかりって、マサト言ってたでしょ? もう結婚できる年齢なのよ。私はまだ17だけど、少し年齢を誤魔化せば妻として会いに行くことができるわ」


「そんな……絶対にすぐバレるだろっ」


「だから、内縁って言ったのよ。お互い18歳になるまで結婚の意思を持って待っていたってことにして。もちろん、ふりをするだけだけど」


「ふりって、お前……」


 ゴスロリ風の私服を身につけ、普段よりも濃いメイクにしているのはきっとこのためなのだろう。

 大人っぽい雰囲気を醸し出したいのだろうが、少しズレているのがなんともメイらしかった。

 

 ただ、このまま行っても鑑別局の職員に止められる可能性が高い。

 将人だってそんな事実認めるはずがないのだ。


「そもそも、内縁関係にあるって証明できるのか?」


「証明なんてできないわ」


「高らかに宣言すんなっ!」


「けど、そうね。今の会話で思いついたわ。マサトにきちんとした記憶があるのなら、私を内縁の妻とは認めないでしょうね。でも、記憶を失っているのなら……」


「……妻だって認める?」


「そういうこと」


 そんな簡単にいくのだろうか、と哲矢は思う。

 だが、何か言ったところで今のメイを止められそうにないのも事実だ。

 

「というわけで、今から暁少年鑑別局へ行ってくるわ」


「……あっ」


 哲矢が言葉に詰まっているうちに、彼女の決意は固まったようだ。

 踵を返すと、そのまま中庭から出て行こうとする。

 その去り際――。


「……あまりハナを泣かせないこと」


 メイは背中を向けながら、哲矢にぼそっとそう小さく呟く。

 

「いや、あれは単に寝てるだけだぞ?」


「はぁ……。あんたって本当になにも見てないのね。そういうことじゃないのよ」


 呆れ交じりにため息を吐くと、メイは一度花が座るベンチに視線を向ける。

 そして、哲矢に振り返りながら真剣な声でこう続けた。


「目元に涙の跡」


「えっ」


「きちんとあの子を守って」


 それが最後の言葉となった。

 メイはフリルのスカートを翻しながら、あっという間に中庭から姿を消してしまう。

 

 一昨日のカラオケの時も感じたことではあったが、相変わらずメイは何か勘違いをしているようであった。


(花とは別になにもないんだけどなぁ……)


 そんなことを思いながら、哲矢は花の方に目を向ける。

 こくんこくんと気持ちよさそうに小首を傾げながら、彼女は依然として眠っていた。

 その顔には、メイが言うように涙の痕跡がある。


「…………」


 哲矢はメイに感心せずにはいられなかった。

 とっさに誤魔化した哲矢であったが、花が何に対して涙を流していたかについてはもちろん気づいていた。


(俺なんかより、将人のことをもっと見てるんだろうな)


 そのメイが言うのだ。

 彼は記憶喪失だ、と。

 

 同時に哲矢の脳裏に甦るのは、自分には母親がいないと口にしたメイの柔らかな声であった。

 その言葉がどうしても哲矢の頭から離れないのであった。

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