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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第3部・証明編 4月9日(火)
104/421

第104話 将人は別人となった?

 応援者を断られてしまった。

 その事実が哲矢と花の胸を深くえぐる。


 いわば、一兵は最後の砦でもあったわけで、ある程度予想できたことだったとはいえ、彼のはっきりとした拒絶の言葉は二人に相当ショックを与えた。

 

 周りの喧騒がさらに大きくなるのを哲矢は感じる。

 こんな大勢の者たちを相手に明日は話をしなければならないのだ、と哲矢は思った。


(いや、こんなもんじゃないはずだ)


 全学年合同で行われる立会演説会は、この3倍――教師を含めればもっと多くの者たちが体育館で一堂に会する。

 一兵に応援者をお願いできない以上、明日は花が一人でこれだけ大勢の者たちを相手に心を動かすスピーチをする必要があった。

 

 この男が協力してくれたら、明日の立会演説会はどれほど頼りになったことだろうか、と哲矢は一兵に目を向けながら思う。


 一方でそんな彼はというと――。


「……吾輩は、あいつを中等部の頃から知ってる」


 なぜか唐突にそんなことを呟く。

 それは、将人の過去についての話であった。

 

「あの頃の生田はもっとフランクで、吾輩にも平気で話しかけてくるような男だった。だが、高二の途中から改めて学園に入学してきたヤツは、まるで人が変わってしまったように別人になってしまっていた」


「稲村ヶ崎君、なにを……」


 たまらずといった様子で花が間に割って入る。

 そんな彼女を一瞥すると、一兵は不敵な笑みを漏らしながらこう続けるのだった。


「フフッ……。いや、違うな。人が変わってしまったなんて、そんな生易しいものじゃない。かつてあった生田は破壊されたんだ。そして、新しい生田が生まれた。そんな表現の方がぴたりとくる」


 ドクンッ!


 その瞬間、哲矢の中で何かが大きく弾けた。


(なんだ……?)


 理由は分からない。

 けれど、何かが確実に揺さぶられる感覚を哲矢は抱く。

 まるで、悪魔にこれから持ち去るものを品定めされているみたいに。

  

 哲矢は頭を振って今一度冷静になる。

 

(かつてあった将人は破壊されて、新しい将人が生まれた……?)


 他者と距離を取りつつも体裁上は相手と会話することもある自分は違い、一兵は完全な一匹狼に見える、と哲矢は思う。

 誰よりもぼっちであるがゆえに、彼には他人の性格を異なる観点で捉えることできるのかもしれなかった。

 

 だから、その言葉も彼特有の表現であるというだけで特に深い意味はないはずだ、ということが哲矢には分かった。

 けれど……。

 花にとっては違ったようだ。

 

「一体、どういうつもりで……」


 花は肩を震わせながら拳を強く握り締める。

 とっさにデジャヴを哲矢は抱く。

 だが、よくない兆候だということにすぐに気づくも、なおも続く一兵の言葉を哲矢は止めることができずにいた。

 

 そして、彼はついに花を突き放つひと言を口にしてしまう。

 

「川崎には悪いが、吾輩は生田を信じていない。例の事件もあいつが起こしたのだろうと思ってるからな。昔の生田なら、そんなことをするはずないと言えるが、今のヤツは完全に別人だ。なにからなにまですべて変わったのさ。吾輩は犯罪者の肩を持つような連中に手を貸すつもりはない」


 その言葉が決定打となった。

 花は表情を豹変させ、耳まで赤くしながら一兵をキッと睨みつける。


「犯罪者って……稲村ヶ崎君に、将人君のなにが分かるっていうですかっ!」


「具体的になにを考えてるかは知らんが、悪いことは言わん。やめておけ」


「――っ! そんなことッ、あなたに言われる筋合いはないです!!」


 ドンッ!!


 講義机を思いっきり叩くと、花は階段を駆け上がっていってしまう。

 一瞬、近場の生徒らの目が向くも、また何か面倒なことを起こしているというような蔑みの視線と共に彼らはすぐに自分たちの世界へと戻っていく。


「…………」


「…………」


 哲矢もなぜか花を追いかける気にはなれず、後には無言の二人が残された。

 

 やがて、暫しの間を置いた後、一兵がぼそっとこう口にする。


「貴様らには魂が感じられないんだ」


「魂?」


「どうも上辺だけをなぞってるような気がしてな」


「…………」


 その魂とやらがあれば手伝ってくれるのか、と。

 喉元まで出かかった言葉を哲矢は飲み込む。

 

 なぜなら、そう呟く一兵の表情がこれまでのものと異なり、とても弱々しく見えたからだ。

 ひょっとするとこちらの彼が本物なのかもしれない、と哲矢はなんとなくそんなことを思った。 


 仮面の下に隠れたそのつぶらな瞳を一瞥した後、哲矢も花と同じように階段を上っていく。

 多目的ホールを出る瞬間、周りの喧騒に混じって一兵の微かな笑い声を哲矢は耳にしたような気がするのだった。

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