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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第3部・証明編 4月9日(火)
103/421

第103話 キテレツの背後

 未だにディベート・ディスカッションの授業は始まる気配がない。

 すでに時刻は15時を回っており、あと20分もしないうちに六時間目は終わりを迎えることになる。

 

 今や多目的ホールは生徒たちの遊び場と化していた。

 そんな中、周囲の雑音に交じって、哲矢のどこか決意を滲ませたような声が響く。


「実は、あんたに協力してほしいことがあるんだ」


「協力、だと?」


 一兵は、なぜか役者がかった渋めのトーンで言葉を返してくる。

 その声には、背筋をピンと正されるような不思議な魅力があった。

 

 よく通る声なのだ。

 どこかの劇団にでも入ればメインの役柄を張れるかもしれない。

 そんなことを考えながら、哲矢はさらに強く続ける。


「あんたにしか頼めないことなんだ」


 真剣な表情で口にする哲矢の姿を花は両手を組んで見守っていた。

 正直、一兵の反応はまったく読めない。

 状況がどう転ぶか分からず、花は不安に思っているようであった。


「……フッ。なるほど、面白い」


 やがて、一兵は鼻を鳴らしながらそう口にした。

 かと思えば、横に立つ哲矢に向けて手を伸ばすと、突然胸倉を掴んで顔を近づけてくる。


「貴様、フォークの神を知っているのか?」


「は、はあ? フォークの神? なんだよそれ」


「あっそ。じゃいいやー」


 あっけらかんと口にした一兵は、哲矢から手を離すとシッシッと払いのける仕草を見せる。 


「(ちょっと哲矢君っ! ここは我慢だよ!)」


 すぐに花がそう耳打ちをしてくる。


「ぐっ」


 哲矢は寸前のところで蔑視する感情を飲み込むと、彼の問いに真面目に答えようとする。


「えーと、えーとぉ……。た、たくろう……とか?」


「その男の名前は二度と口にするなッ!!」


「ヒィィッ!?」


 なぜか、めちゃくちゃドスの利いた声でキレられてしまう。


(ってか、今時フォークソングなんて知ってるヤツいないだろっ)


 そう心の中で独り言ちる哲矢とは対照的に、一兵はそれで多少気分を良くしたようであった。

 

「~~~~♪」


 哀愁帯びたバラードを鼻歌で口ずさみ始める。

 令和のこの時代に、ここだけ昭和の空間ができ上っていた。

 

(こいつ、本当に俺たちと同い年か?)


 こういう特殊な趣味を持つがゆえに、親しくなろうとする者が現れなかったのだろう。

 周りから距離を置かれている事実も頷ける。

 

 ふと、一兵の手元に目を向ければ、そこには先ほどとは別の書物が開かれていた。

 〝70年代青春フォークの世界〟と題された古い雑誌だ。

 

 くるくるの髪ともじゃもじゃの髭で顔を覆い尽くした当時の若者の男がハードなデニムジャケットを羽織って、頭にバンダナを巻き、アコースティックギターとハーモニカを持ってこちらを睨みつけている禍々しい写真が表紙となっている。


 全共闘世代というやつだろうか。

 おそらく祖父母と同じ世代だろう、と哲矢は思う。

 このように古い雑誌を読んで共感することなど果たしてできるのだろうか。


 雑誌は日に焼けて所々が黄ばんでしまっていたが、逆にそれが書物の価値を上げているような気がした。

 そして、一兵はそれを差し出しながら哲矢にこんなことを問うてくる。

 

「貴様はこの時代を理解できるか?」


「は?」


 いきなり突拍子もない質問を投げかけられ、哲矢は思わず言葉を詰まらせてしまう。


「なんだよ急に」


「とても大切な問いだ」


 彼の表情はいつの間にか真顔に戻っていた。

 冗談で訊いているわけではないということが哲矢にはすぐ分かる。


 だが、それにどう答えればいいのか分からず、哲矢は上手く言葉を返すことができずにいた。


「フフフッ。まあ、そんなことだろうと思ったぞ」


「な、なにが……」 


「時代を理解することは他人を理解することと似ている。それができないのであれば、貴様が吾輩を理解することなど到底できないだろう」


 その言葉を聞いた瞬間、哲矢はハッとする。

 この問いこそまさに一兵による試験だと分かったのだ。

 

 哲矢が何も答えられないでいる姿を横目に見ながら、なおも一兵は続ける。


「代理選の応援演説を頼みにやって来たんだろ?」


 哲矢は花と顔を見合わせる。

 けれど、彼女はぶるぶると首を横に振るだけだった。

 

「……気づいてたのか?」


「川崎が代理選に立候補してることは周知の事実だからな。それが分かっていれば、そこまで想像に難しくないことだと思うが?」


 確かに一兵の言う通りだ、と哲矢は思った。


 中等部時代に生徒会長選挙で伝説を残した男に、自身の応援者を頼みに行くということは考えられる手段の一つであるからだ。

 しかし、ここで推察を止めないのが一兵という男であるらしい。

 

 彼は珍しく周囲を気にする素振りを見せると、少しだけ声のトーンを抑えてこう口にする。


「だがな。あくまでもそれは表面的な頼みに過ぎないんじゃないかと吾輩は見ている」


「……っ!?」


「貴様らにはなにか裏の目的があるのではないか?」


 こいつは……と、哲矢は思った。 


(まさか、俺たちが立会演説会の場でやろうとしてることにも気づいてるのか……?)


 哲矢が花と一緒に計画を思いついたのは昨晩だ。

 今日初めて会った彼がその内容を事前に知ることはあり得ない。

 とすると、彼はたった数回の会話の中でこちらの思惑を見抜いたということになる。

 

 訝しげに目を細める哲矢に向けて、一兵はさらにこう続けた。

 

「関内、貴様は生田が起こした事件のためにこの学園にやって来たんだったな?」


「そうだけど……。でも、それを知ってるのはあの時教室にいたクラスメイトだけのはずだ。どうして昨日学園を休んでたあんたが……」


「フフッ、分かってないんだな関内。そのような噂はすぐに広まるものなのだよ。そして、今貴様は川崎と一緒に行動を共にしてる。ということは……つまり、そういうことなんだろうな」


「……っ、さっきからなに勝手に納得してっ……」


「では率直に言おう。悪いが貴様らの手伝いをする気はない」


 それは、はっきりとした拒絶の言葉であった。

 交渉するつもりもない、ということを彼の目が告げている。

 先ほどまでのふざけたノリは、一切そこに含まれていなかった。

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