第101話 喧騒の多目的ホール
多目的ホールのドアを開ける前から廊下には賑やかな声が響いていた。
三クラス合同の授業ということで一層騒がしいのだろう。
(それにしては騒がし過ぎる気もするけど……)
重いドアを静かに開いて哲矢と花は中を覗く。
案の定、ホールは大勢の生徒たちでごった返していた。
90人近くはいるだろうか。
宝野学園の生徒の数は都内の学校に比べて少ないという話であったが、これだけの人数が一堂に会するとなかなか壮観であった。
(へぇ……。こんなところで授業をやるのか)
ホールはよくドラマなどで見かける大学の講義室のように階段状となっており、上の方の席はすでにびっしりと埋まってしまっていた。
逆に大きなホワイトボードが設置された講演台近くの前の席は空席が目立っている。
先ほど花が言っていたいい席が埋まるという意味も理解できた。
哲矢は花と顔を見合わせる。
やはり、あの一番前の席に座るしかないのだろう。
また、ホールが騒がしかった理由もここで判明する。
六時間目が始まってしばらく経つにもかかわらず、担当の教師が依然として姿を見せていないのだ。
会議が長引いているのだろうか。
今日は教師の遅刻が目立つような気がした。
ただ、状況としては好都合である。
「よし。稲村ヶ崎を探そう」
「うん、そだね」
哲矢と花は一番後方から一兵の姿を探す。
軽く見渡してみても、彼がどこにいるのかは分からなかった。
すると、その時花が大きな声を上げる。
「あーっ!」
「おっ、見つけたか?」
「あの子『ヴォージュ・ブルー』のエクレア紅茶セット食べてるっ! いいなぁ~」
「それよく出てくるけど一体なんなんだよ!?」
(というか、どうやってこの場にそんなものを持ってきたっ?)
そんなつっこみを哲矢が心の中で唱えていると、隣りで再び花の声が上がる。
「哲矢君っ! 哲矢君!」
「なんだよ……。今度はフルコースのフレンチを食ってるヤツでもいたかぁ?」
「違うって! 稲村ヶ崎君、見つけたよ!」
「なにっ!?」
花が指さす方へ顔を向けると、前方右端の席に見覚えのある小太りの男子生徒を哲矢は確認する。
一兵は周りの喧騒など我関せずといった様子で、クールに分厚い書物を読み耽っていた。
上手く情景に溶け込むその姿はまるでカメレオンのようでもある。
よくよく観察しなければ、彼が実は異質な存在であるということが見抜けないことだろう、と哲矢は思った。
生まれ持った才能なのか。
それをすることは彼にとってはどうやら朝飯前のようだ。
「……よしっ。声をかけよう」
「う、うんっ……」
哲矢は少しだけ顔を強張らせると、ホールに敷かれた緩勾配の階段を花と一緒にゆっくりと下っていく。
ふと周りに目を向ければ、生徒らも様々な思いを抱いて六時間目のこの時間を過ごしているのが哲矢には分かった。
もしかしたらこのまま授業が始まることなく自習で終わるのではないかと期待しているグループ。
真面目に授業を受けるつもりだったため、この状況を残念に感じているグループ。
そもそも授業を聞く気がなく、友人と駄弁り続けているグループ。
生徒たちの反応は基本的にこの三つに分かれていた。
幾人かの有志が集まって、教師を呼びに行こうかと真剣に話し合っている姿も確認できる。
それを茶化して、放っておけばいいと主張する生徒の声も聞こえた。
場はまさにカオスだ。
こんな状況にあって、一兵の姿はやはり異質であった。
ホールの前方に近づくに従って、彼の周りの席が空けられていることがはっきりと分かってくる。
哲矢たちにとっては一兵の隣りに腰をかけるチャンスであった。
花とアイコンタクトを取ると、哲矢は彼女と一緒にそのまま彼の前の席に腰をかける。
お互いが手を伸ばせば、触れられる距離まで詰め寄ることに哲矢たちは成功する。
「…………」
一兵は二人が自分の前の席に座ったことなどまったく気にすることなく、無言で分厚い書物に目を落とし続けていた。
そっと哲矢が振り返るも、彼は一向にこちらの存在に気づく気配がない。
ちらっと書物の背表紙に目が向いてしまう。
そこには〝自分で作ろう! コスプレビギナーズBOOK〟と記されていた。
貸し出し用のバーコードも見える。
ひょっとすと、図書室でこれを借りたのかもしれない。
(けど、熱心になに読んでるかと思えばコスプレって……)
ますます一兵のキャラクターが読めなくなった、と哲矢は思った。
花も拍子抜けしたのか、苦笑いを浮かべている。
だが、紛れもなくこの男は中等部時代の生徒会長選挙で伝説を残したのだ。
この後、哲矢は彼のその片鱗を垣間見ることとなる。




