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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第1部・桜色の街編 4月4日(木)
10/421

第10話 その日の終わりに

 腕時計を確認すると時刻はすでに17時を回っていた。

 美羽子に今日の夜は外食する予定だからと言われていたことを哲矢は思い出す。

 学園に留まる理由はもうなかった。


(帰るか……)


 自然と足は校門へと向かう。

 その最中、宿舎までの帰宅ルートを頭の中で組み立てようとする哲矢であったが……。


「――あーっ。忘れてたぁー!」


 帰り方をまったく聞いていなかったことを哲矢は今更ながら思い出す。

 美羽子に連絡を取ろうと試みるも、そもそも彼女の連絡先を登録していなかったことに哲矢は気づいた。


 もちろん、スマートフォンを使って自力で帰ることはできたが、土地勘が無いゆえ、せめて最寄り駅までの道のりを誰かに聞きたいという思いがあった。

 結局、哲矢は近くを通りかかった生徒から聞き出すことにする。


 だが、ここでも哲矢は親身でない宝野学園の生徒に翻弄されることとなった。

 声をかけても聞こえていないのか通り過ぎられてしまったり、チラチラと盗み見されながら何か言葉をかける前に避けられたり……。


 普段見かけない顔だとどの生徒もすぐに気づく辺り、仲間意識が異常なほど高いという花の話は嘘ではないのだということを哲矢は思い知らされる。

 

(なんだよ。俺がなにかしたっていうのかよ……)


 福岡から再び宝野学園に戻ってきたという少年も同じ思いを味わっていたのだろうか、と哲矢はふと思った。

 けれど、それが理不尽な行為に走る原因となるというのとは違う気がした。


(まだまだ。この程度……)


 こんな状況を哲矢はすでに経験している。

 地元ではいつも一人だからだ。


(これなら、俺の置かれている状況の方がまだ酷い)


 そう思うとすべてがバカらしく思えてきた。

 最終的には二年生の男子生徒に対して強引に押しかけ、最寄り駅までの行き方を訊き出すことに成功する。

 彼は道筋を早口で唱えると、まるでカツアゲ犯から逃げるように走り去ってしまうのであった。


(……ったく。こんな時だけ果敢になってどうするんだ)


 自分の捻くれた性格に嫌気がさしながらも、哲矢は教えられた通り宝野学園の下を走るバスに乗車し、最寄り駅である桜ヶ丘プラザ駅へと向かう。

 そこからモノレールに乗って羽衣駅まで行き、歩いて宿舎まで戻る頃には、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。




 ◇




 ピーンポーン、ピーンポーン。


 宿舎のチャイムを数回鳴らしてみるが反応がない。

 中は明かりが点いておらず、窓を覗いてみても人影を確認することはできなかった。


「参ったな」


 入れない以上、どうすることもできない。

 玄関のドアに凭れかかって座り込むと、春の心地よい風が吹き抜けて哲矢の髪を静かに揺らした。

 夜空には上弦の月が顔を出している。


 穏やかな春の日だ。

 こうして見知らぬ土地で夜空を見上げていることが嘘のように思えてくる。

 数日前までは地元で変わり映えのない単調な日々を過ごしていたのに……と、哲矢は思った。

 

(……なんだ? 地元の生活になにか不満があるのか、俺は)


 哲矢はそう自分に問いかけてみる。

 だが、いくら考えても思考は前に進まなかった。

 心地のいい春風に誘われて、哲矢は一日の緊張を洗い流すようにゆっくりと眠りに落ちるのだった。











―――――――――――――――――











「――くん――。――ね――」


「…………」


「――くんっ! ――なさぁ~いっ。ねぇねぇっ!」


「……うぅ……。……ッ……」


「ああーやっと起きたぁっ~! こんなところでっ寝てたらぁ風邪引くわよぉ~っ♪」


 薄く瞼を開いた哲矢は、自分が玄関の前で座ったまま眠り込んでしまっていたことに気がつく。


(そうか……。このまま俺は寝てしまったのか)


 だが、それにしても……と、哲矢は思う。

 先ほどから体を大きく揺す振られている気がするのは気のせいだろうか。


「か~んない~くんっ♪」


「……っ……? うああぁっ!?」


 覆い被さるようにして抱きついてこようとする美羽子の存在にようやく気がつき、哲矢は思わず体を身じろがせた。


 焦点の定まらない目を向ける彼女の後ろには、顔をほんのりと赤くさせたメイの姿があった。

 

「ちょっ、ちょっと離れてくださいッ……藤沢さんっ! 酒臭いです!」


「ほぇ? なんのことかなぁ……?」


「そんなことより早く鍵開けてよ。あと……あんた。そのよだれ」

 

 そう低く呟いてメイは火照った顔のまま哲矢を睨みつける。


「ハッ!?」


 そう彼女に指摘され、哲矢は口元からだらしなく垂れ下がったままの液体の存在に気づいた。

 それを拭うことに気を取られていると、美羽子が体をよろめかせながら顔を近づけてくる。


「関内くぅ~んっ♪ これぇえ~~」


 彼女はへろへろになりながら、ビニール袋を差し出してきた。


「……ってか、ちょっと待ってください! どこ行ってたんですか」


「食事だよぉん~~♪」


「食事って……。だったら言ってくださいよ。ここで待ってたんですから」


「朝言ったじゃない~っ! 今日の夜は外食するぅ~って!」


「……あっ。そ、そうでしたけど……」


「関内君のスマホにさぁ~。電話しても全然出ないしぃー……」


 言われて哲矢はポケットに入れていたスマートフォンを確認する。

 確かに何度か見知らぬ番号から着信がかかってきていた。

 サイレントにしていたから気づかなかったのだろう。


「……そ、それについては謝ります。ただ、こっちも帰り方が分からなかったり、色々と事情がありまして……」


「あ~はい、はいっ。分かったからさぁ~。大丈夫よぅー。ほらぁ、ご飯は買ってきたしぃ♪」


 美羽子はろれつが回らない声でそう口にすると、手にしたビニール袋をどこか誇らしげに高く掲げてみせてきた。

 

「これぇ~。駅前のたこ焼き屋さんで買ってきたからさぁっ。熱ぃうちに食べてね~♪」


「たこ焼き……」

 

 ふやける美羽子に痺れを切らしたのか、メイは「もうっ! いいから貸しなさい!」と大声で叫ぶと、彼女の手にぶら下がっていた鍵を強引に奪い取り、宿舎の中へと入ってしまうのだった。


「あ~んっ。待ってよぉっ~~。メイちゃ~んっ!」


 美羽子も続いて宿舎の中へ入ってしまうと、その場にはたこ焼きの入ったビニール袋を渡された哲矢だけが取り残された。

 

(……いいのかよ。こんなんで)


 だらしない美羽子の一面が露呈したことで、彼女に対する信用が一気に落ちていく。

 それと、何だかんだでこちら側の人間なのではないかと思っていたメイが美羽子と二人きりで食事に出かけていたことにも哲矢は少なからず失望していた。


(結局、一人なのは自分だけか……)


 二人の後に続き、玄関を開けて中に入ると、哲矢はすぐさま自室へと引きこもり、ネクタイを解いて制服のままベッドに体を投げ出した。


 廊下からは相変わらず騒々しい音が響いていた。

 途中、美羽子の声やノックのする音が何度か聞こえるも、哲矢は掛け布団を被って寝ているフリをしてやり過ごした。


 いいことなしの一日だった。

 これなら、地元で単調な毎日を過ごしていた方がマシだったかもしれない。


(……別になにか期待してやって来たわけじゃないけど)

 

 だが、それでもこんなことになるとは哲矢は思っていなかった。

 

 閉鎖感のある学園。

 排他的なクラスメイト。


 軽々しい教師。

 敵意を剥き出しにしてきた男子生徒。


 無関心な上司。

 だらしのない保護者役。


 そして、一体何を考えているのか分からない少女。

 

「……はぁ……」


 哲矢は枕に顔を埋めながら深いため息をつく。

 こんなところにあと2日間も居なければならないのかと思うと内心ゾッとした。


 今すぐに投げ出して帰ってしまいたかった。

 誰がこんなことを決めたんだ、と無性に腹も立ってくる。


「どうして俺なんだよ……」


 他の誰かでもよかったはずだ。

 正直、どこの誰かもよく分からない男が起こした事件の背景など知りたくもなかった。

 俺はただ静かに高校生活を送りたいだけなんだ、と哲矢は思う。


 それでも、留まる理由があるとすれば……。

 それは、花の笑顔だろう。


 彼女は唯一親身になって接してくれた。

 その理由が知りたい。

 哲矢は純粋にそう思った。


(……川崎さんのためにも、あと2日だけ頑張るか)


 昨日と同じでまったく眠気は訪れなかった。


「あーっ! もう!」


 哲矢は掛け布団を剥がして乱暴に起き上がると、持ってきた教科書を鞄から引っ張り出し、机に向かって勉強を始めた。


 何もかも忘れるために。

 毎夜、励んでいる日課の一つだ。


 それから哲矢は窓から陽の光が差し込むまで机に向かい続けるのだった。

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