第四話【異臭】
宮本武蔵と名乗る少女を保護(?)した俺は、何とか自宅まで連れ帰る事が出来た。
「ここが拓海殿の屋敷でござるか。何と立派な」
「あ、さっきも言ったけど、一応ウチ、道場経営してるから」
「道場とな?」
俺の家は代々続く新陰流の分家で、師範代のじいちゃんが弟子達に剣術を教えている。なので、建物自体は古いが結構デカイし、敷地も広い。まぁ、とはいえ、所詮古民家だからそんなに自慢出来るモノでもないけれど。
「じゃあ、とりあえずその釘木刀を庭へ……」
少女にそう促すも、門に掲げられた看板に釘づけになっており、その場を動こうとしない。
「……柳生……新陰流」
そう呟いた直後、なんと少女は突然ひれ伏し、俺に頭を下げた。
「え? ど、どうしたの?」
「拓海殿、貴殿は宗則殿の親族とお見受けした。そんな高貴なお方に命を救って頂き光栄でござりまする」
光栄? 一体全体何がどうなって……あ。そうだ。そう言えば、史実では確か柳生石州斉は、武蔵の理想の人物だったって文献で読んだ事がある。
「いや……高貴って言ったって、別にそれは遠い先祖の話だし、俺は関係ないよ。とにかく、とりあえず家の中に入ろう」
釘木刀を庭へ隠し、少女を母屋の中へ招き入れると、エプロン姿の母さんが出迎えてくれた。
「お帰りなさぁい、拓海くん」
「うん、ただいま」
道中、スマホで家に電話をして、経緯を話したので、対応はスムーズだ。
「あらあら、この子が迷子になった女の子ね? さぞかしお腹が減ったでしょうに。もう少しで食事が出来るから、先にお風呂へ入ってきなさいな」
母さんには、「迷子になった小さな女の子を保護したから連れて帰ってもいい?」とシンプルに聞いただけだった。
「それは大変、すぐに食事の用意をするわね」
返答はその一言だけ。母さんは困った人が居たら助けずにはいられない、超が付くほどのお人好しだ。
お風呂という言葉を聞いた瞬間、少女は動きを止めた。
「…………う」
「どした? 案内するから風呂入ってこいよ」
そう言えば、確か武蔵は大の風呂嫌いで、行水すらまともにした事がないって聞いたことがあるな。てゆーか、さっきから牛乳を拭いた雑巾を夏休みの間、ロッカーの中に放置したかのような臭いがずっとしていたんだが、臭いの発生源はコイツだったのか。見た目が可愛いから、そんなはずはないと、勝手に思い込んでいたのだが。
「…………」
「なぁ、その臭いはヤバいって。風呂入った方がいいよ」
少女は下を向いて沈黙を続ける。その感じ、とても可愛くて俺好みだが、耐え難い臭気は玄関に充満し始めている。
「あらあら、一人だと心細いのね。じゃあ、私と一緒にお風呂入りましょう、ね?」
母さんは無言の少女の手を取り、風呂場へ連行していった。流石に仕事が早い。
一時間後──
居間でテレビを見ていると、母さんと共に少女が戻ってきた。
「ハイ、綺麗になったわよ。拓海くん、ムサシちゃんをヨロシクね」
おお、スゲーピカピカになってんじゃん。つか、風呂場で自己紹介したのかな? 母さんは少女を『ムサシちゃん』と呼んだ。ならば俺もそう呼んでやるか。