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第四十五話【天下無双】

 巌流島再現と銘打った、渋谷ハチ公前の決闘から数時間が過ぎた。時刻は午後十一時、SNS対決の決着時間まで残す所、後一時間となった。

 俺とコジローは居間で茶をすすりながらその時を待ち、一方ムサシは帰宅してから自室に閉じこもったままだ。

「……ムサシちゃん、来ませんね」

「あぁ、夕飯も喉を通らないぐらい凹んでるんだろうな」

 フォロワー数を増やすはずだった渋谷ハチ公前の決闘。しかし、予期せぬ展開となり、その思惑は大失敗に終わった。俺は今日、世界で最も美しい本末転倒を目の当たりにした。

「拓海様」

「はい?」

「正直な気持ちを申し上げますと、私は今日の決闘、納得出来ません。総フォロワー数が上回っているとは言え、これは私の力ではありませんし」

 なんて謙虚な。ムサシだったら高笑いしながら勝どきをあげているだろうに。

「ま……確かに、コジローの言う通りかも知れないけどさ、運も実力の内って言うだろ?」

「運……ですか」

 今回の結果に納得していないコジローは、「次は……次は自分の実力でムサシちゃんに勝ちたいです」と決意を口にした。

 さて、SNS対決も残す所三十分を切った。もう確認するまでもないが、一応現時点でのフォロワー数を確認しとくか。

「え~っと……」


【ムサシ:五十八万人】

【コジロー:五十六万人】


「二万人の差か、これはもう巻き返すのは難しい……ん? あれ? ムサシ五十八万人……コジロー五十六万人……えぇ!?」 

 いやいや、そんなはずはない。

 一度スマホの画面をスタート画面に戻し、再度ログインした。

「マ……マジかよ」

 目の錯覚でも、見間違いでもない。ムサシの総フォロワーが、コジローを上回っている。これは一体どういう事だ? 十一時に確認した時には、確かにコジローが勝っていた。たった三十分で二万人増えるなんてあり得るのか?

 まさか──

 ムサシのサエズッターにアクセスした。

「これは……」

 トップページに固定されていた、さえずりが変わっている。


『本日、十一時五十九分までに、フォロワー数が六十万人に達したら、完全版を公開しちゃうぞ~♪ 急げ急げ!』


「完全版?」

 意味深なさえずりの下に、URLが張り付けてある。ゴクリと生唾を飲み込み、アクセスを試みた。すると【天下無双チャンネル】に飛び、動画が再生された。

「──っ!?」

 言葉を失った。

 コジローがムサシに耳かきをしている。

 これは……この動画は、あの時の耳かきか!

 なんと、あろうことかムサシは『コラボ企画:ムサシちゃんがコジコジに耳かきされてみた』というティザー動画をアップしたのだ。

 ちょっと待て……コレ、いつ撮ったんだ? 俺しか知らない、俺しか見ていないはずの、あの秘め事をいつ撮影したんだ? 

 ティザー動画を確認していると、様々なアングルから耳かきの模様が映し出されていることに気付いた。真上から、横から、少し離れた所から、そして、ムサシの視点から。これはあの時、俺が覗いた……いや、確認した時の耳かきに間違いない。

 一体どうやって撮影を?

 その時、記憶の引き出しから、ムサシの言葉が零れ落ちた。


『のっぴきならない作業があるから』


 まさか、まさかの隠し撮り? 間違いない。これはピンホールカメラで撮影された動画だ。しかし、いつの間に仕込んだんだ? 

 そんな疑問を抱きながら、コジローの方へ目を向けると、スマホの画面を見つめながら、キョトンとしている。それも普通のキョトンではない。絵に描いた様な、お手本のキョトンだ。 

「コ……コジロー?」

 呼び掛けても返事はない。そりゃそうだよな。こんな衝撃映像を見てしまったら、言葉も出ないよな。ムサシはこのティザー動画を拡散させ、『全部観たければフォローしろ』という強行策に出たのだ。そして、思惑通り短時間でフォロワー数を伸ばしたという訳だ。流石にこれはやり方がエグい。

「ちょっとムサシを呼んでくる」

 放心状態のコジローに告げて席を立った。その瞬間、襖が勢い良く開いた──

「フッフッフッ……」

「ム……ムサシ?」

「ハーッハッハッー! 我が渾身の最終兵法炸裂! いや~危なかったわ~。今日ばか

りは流石に肝を冷やしちゃったわ~。でも後三分。あたしのフォロワーは増えまくって、六十万人を突破。もう逆転は無理っしょ! アハハハハハハ!」  

「おま……」

 えげつない。一瞬言葉を失った。ヤサグレ小悪魔どころか、ほぼサタンだろ。

「……いくら何でもやり方が酷すぎないか?」

「は? 何言ってんのたっくん。剣の勝ちは一つ。いかにして相手の太刀よりも早く、こちらの太刀が届き得るか。それ以外ないの」

 いや、全然響かないよ? 斜に構えてカッコいい事言ってるけど。

「フフフ……『太刀の徳を得ては、一人にして十人に勝つこと也』太刀が兵法の基本であり、太刀の使い方を習得すれば、一人でも十人に必ず勝てるってわけ。要するに、やり方次第って事よね」

 いや、だから響かないって。バカなの? 死ぬの?

「まぁ、本音言うとぉ、この動画は使いたくなかったんだけどね~。でも、勝つ為だから仕方ないよね~。ね?」

 上目遣いで、「ね?」じゃねーわ。可愛いけどな。こんな状況ですら、そう思うけどな。

 本来なら、「お前なー!」と一喝して、コジローの代わりに平手の一発でも見舞ってやりたい所だが、何せ俺は俺で弱みを握られているが故、何も言えない。スマン……コジロー。 

「さぁ、あと少しで零時。カウントダウンいってみよー!」

 刻一刻と無情にも時間は過ぎていく。そして、SNS対決のタイムリミット、零時を迎えた。

「はい、ゼロ~!」

 結果、総フォロワー数は、


【ムサシ:六十二万人】

【コジロー:五十七万人】


 ムサシが大逆転勝利を納めた。

「いや~、勝ったぁ。ヤバかったけど勝ったぁ~! つー事で」

 ムサシはスマホを取り出し、目元ピースを決め「ムサシしか勝たん!」と勝どきを上げて自撮りをした。

「はい。んじゃあ、お疲れした~。あたしは今から完全版を流さなきゃだから、部屋戻んね~」 

「ムサシちゃん……」

「は?」

 これまで無言だったコジローがムサシを呼び止めた。顔を伏せているので、表情は分からないが、声色から相当な怒気が感じられる。

 そうだ! コジロー言ってやれ! こんなのは無効だと! こんなのは――

「お見事です」

 へ?

「ムサシちゃんの勝負に対する尋常ではない執着心、お見それいたしました。史実でも敗北したように、私はこの現代でも負けた。完敗ですわ」

 何と、コジローは異議申し立てをするどころか、敗北を認めた。

「そ。でも、面白かったよ。またやろーね♪」

「ええ、是非」

 何て、何て清々しい光景なんだ。ムサシとコジローが笑顔でお互いの健闘を称えあっているではないか。これが……これが大剣豪の器の大きさなのか。

「ですが、盗撮した動画を餌にしたのですから、キチンと報酬は頂きますわよ」

「いーよー。何でも奢ってあげるよ」

「では原宿で最高級と称される、殿様プリンをご馳走してください」

「えっへん! お安い御用だぁ♪」 


 こうして、ムサシVSコジローのSNS対決は、笑顔と共に幕を閉じた。



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