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第四十四話【巌流島再現?】

「6、3、4、テヘ♪ どーも、ムサシちゃんでぇーす。今日は何と、ゲリラ生配信やっちゃいま~す。パチパチパチパチ~」

 渋谷スクランブル交差点に程近いファミレスに、ムサシと俺は居た。時刻は既に正午を回っている。

「さて、今日の生配信では、なんと! あのポンスタグラマーとしても大人気のコジコジと決闘しちゃおうと思いまぁ~す。キッカケは些細な事なんだけど、白黒つける事になっちゃったので、コジコジをブチのめしちゃうぞ♪ ちなみに、今日のゲリラ生配信、コジコジは知りませーん」

アイデンティティーであるポニーテールに、地雷系メイクを施したムサシは、勝負服の袴を身に纏い、いつになく饒舌でノリノリだ。

 さて、フェアな立場である俺が、ムサシサイドについているのには、やぶさかではない理由がある。それは今から二週間前、コジローに耳かきしてもらったあの日に遡る。

 彼女のふとももの感触と、執拗にほじられた右耳の激痛で眠れなかった夜、気を紛らわせる為、夜食を食おうと廊下へ出た俺は、またも良からぬ行動に出てしまった。廊下を出た直後、彼女の部屋の前で立ち止まり、ドアノブに手をかけたのだ──

 何故そんなことをしてしまったのか……悔やむばかりだが、誤解の無いように説明しておくと、ムサシの時と同様にただ寝顔を見たかっただけだ。ホントに。

 ドアを少し開いて部屋の中を覗こうと思ったその瞬間、背後から眩い光を浴びた。振り向くと、そこにはムサシがスマホを片手にニンマリとしながら立っていた。一度寝たら、起きないはずのムサシがだ。 

 今思えば、恐らく徹夜で動画編集か何かの作業をしていたのだろうが、そんなことはどうだっていい。とにかく、俺はムサシに覗き現場の証拠写真を撮られてしまったのだ。 こうなるともうどうしようもない。決闘が決まった日、スマホにパインで〈明日、カメラマンやってね〉と一言だけメッセージが届いた。勿論、二つ返事で快諾するしかなかった。コジローには悪いけど、俺も結局自分の世間体を守りたいちっぽけな人間なんだ。ごめんよ、コジロー。

 そんなこんなで、現在、俺はスマホのカメラをムサシに向けている。   

「さぁ、ではここで一旦カメラを切り替えてみましょー」

 テーブルの上に置かれた山盛りフライドポテトを食べながら、手早くPCを操作するムサシ。

 画面にコジローの姿が映し出された──

 カスタムされた着物を身に纏い、ミニスカートの様に短い丈からスラリと伸びる長い生足が美しく映える。腰には大刀、備前長光を模した模擬刀――これはフォロワーの造形レイヤーに依頼して作ってもらったアイテムで、軽量かつ柔軟なポリエチレン製緩衝材として有名なサンペルカ製らしい。素材もさることながら、鞘にギャルのスカルプネイルの様なスワロフスキーを施したこだわりの逸品だ。

 そして、髪形はなんとまさかのツインテール。どこからどう見ても、一流コスプレイヤーにしか見えない出で立ちだ。

 そんなコジローを撮影しているカメラマンは、ムサシがサエズッターのDMで内密に集ったフォロワー達。コジローの付近に三人配置し、俺を含めると四カメでの生配信という、さながらTV局のドッキリ番組並みの画だ。 

「さぁ、コジコジがハチ公前に到着してから、一時間が経過しましたぁ。そろそろイラついてくるころじゃね?」

 コイツ、マジで性格悪いわ。現代にくる前にコジローのこと、一ヶ月も待たせたってのに。

 画面の脇に表示されているコメント欄にはコジローのフォロワーから、『コジコジ可哀想』『早く行ってあげて』『ムサシ、鬼畜すぎてマジ草』等、ムサシを批判するコメントがどんどん流れてくる。 

 しかし、当の本人はそんな炎上し始めているコメントなど一切気にする様子はない。

「とりあえず後、一時間待たせてみよっかな~。なので、ポテトおかわりしちゃいまーす」

 饒舌どころか、いつも以上に卑劣だな。

 カメラ越しに見守る俺も、あまりの鬼畜ぶりに引いてはいるが、それと同時に、ある意味これが彼女の、宮本武蔵の本当の姿なのではないかとも思っている。かの文豪、直木三十五も、武蔵に関する著書の中で述べている。

『武蔵は少年時代から晩年に至るまで、一貫としたものが感じられる。自己の勇を誇る事、人に対して寛大ではない事』と。

 この文章からも分かるように、とにかくムサシは自己顕示欲が強すぎるのだ。

 でも、これが宮本武蔵なのである。卑怯だとか汚いと言っても始まらない。なので俺は、歴史的決闘『巌流島の決闘』ならぬ『渋谷ハチ公前の決闘』を最後まで見届けさせてもらおうと決めた。


 約束の時間から一時間が経過した――

「しかしあれだね、コジコジってホント辛抱強いよね。究極のドMだよね~」

 おかわりのポテトを完食したムサシは、ドリンクバーで作ったコーラカルピスをガブ飲みしながら、得意げに饒舌をふるう。やれやれ……だ。

 俺は自分のスマホを取り出し、現時点でのフォロワー数を確認した。


【ムサシ:五十三万人】


 なんと、たったの一時間で一万人も増えている。

 そうか、わかった。

 ムサシの目的は、コジローをけしかけ、『巌流島再現:ムサシVSコジロー』と銘打ったゲリラ生配信を強行し、フォロワーを増やす事だったのだ。つまり決闘など単なる大義名分でしかなかったというわけだ。兵法と言えば聞こえはいいが、目を覆いたくなる程ゲスいやり方だ。

 しかし、そう思う一方、アンチコメントばかりでないのも事実で、『エグすぎるけどムサシちゃんカワイイ』『ヤサグレ小悪魔なムサシちゃんにキュンです♪』など、ムサシを応援するコメントも多数流れてくる。

 つまり、こんな破天荒な生配信でも、視聴者は楽しんでいるわけで、これはこれでもう立派なエンターテイメントとして成立しているのだ。

 約束の時刻から一時間半が過ぎた。PC画面にはハチ公前で待ち続けるコジローの姿が映し出され続けている。この律儀な姿勢と心構え。コジローはとてつもない人格者だ。感慨深くなった俺は、涙腺が緩んできた。

「いや~待ってるね~。尊いね~。でもね、まだ行かなーい。キャハ♪」

 腹立つ。でもカワイイ。それがまた腹立つ。俺も自分のスマホからアンチコメント書き込んでやろうか? 

 コメント一覧は、コジローを応援する声が増えてきており、ムサシに対するアンチコメントも増加の一途だ。にもかかわらず、フォロワー数はうなぎ昇りに増えている。おかわりの山盛りポテトフライを貪り食いながら、ムサシは満面の笑みを浮かべている。

 呆れて物も言えない。

「後どれぐらい待たせよっかなぁ~。二時間? いや三時間? いっそのこと日が落ちるまで待たせちゃうか!」

 鬼畜を通り越して、これはもう鬼だ。鬼が宿っている。人間の所業ではない。

「あーポテトうまっ。ん……?」

 その時、ポテトを取るムサシの手が止まった。

「は? 何コレ? どーゆー事?」

 PC画面に映し出されている映像に動きがあった。なんと、スマホを持った老若男女の群れが、コジローにカメラを向けている。これは……撮影しているのか? 妙な胸騒ぎがした俺は、自分のスマホでポンスタにアクセスした。 

「──えっ?」

 思わず声が出た。なんと、タイムラインにコジローの写真がアップされまくっている。


『#ハチ公前刀剣美女』


 と銘打ったタイトルは、ポンスタに留まらず、サエズッターにも拡散されている。となると、気になるのがフォロワー数だ。

 えっと――


【ムサシ:五十四万人】

【コジロー:五十四万人】


 並んでいる……両者の総フォロワー数がついに肩を並べた。

「ムサシ」

「何? 生配信中にカメラマンが喋んな」

「いや、コレ見た方が……」

「は? だから何なの……おおおおおおぉ? 何コレ! なんでコジコジのフォロワー数が増えてんの?」

「それだよ、自然発生した撮影会が原因だよ」

 素晴らしい……目の前で激高するムサシには悪いけど、俺はコジローの魅力に感服した。あらゆる手段を用いて、泥臭くフォロワーを伸ばすムサシに対し、コジローは自らが放つ魅力でフォロワーを獲得している。


 面白い。


 二人の大剣豪がしのぎを削るSNS対決。こんな極上なエンターテイメントを目の前で味わえるなんて、俺は世界一幸運だ。

「く……くっそぉぉぉぉぉぉ! ヤバイ! これはガチでヤバイやつじゃん! さっさと仕留めとけば良かったぁぁぁ!」

 ごめんムサシ、俺、今超楽しいわ。

 ムサシは木刀(勿論模擬刀だ)を手にし、「瞬殺してやんよ! うおおおおおおぉぉぉぉ!」と店を飛び出していった。

 ……全く、仕方のない奴だな。

 PCを回収し、急いで会計を済ませると後を追った。

「ハァ、ハァ……どこだ?」

 スクランブル交差点に辿り着いたところでムサシを見つけた。信号待ちでイラつき、その場で足踏みしている。

 焦っていてもちゃんと信号待ちはするんだな。ギャップ萌えがヤバい。兵法を用いて、コジローを揺さぶるつもりが、逆にピンチになるとは。自業自得というか、因果応報というか。ま、可愛いからそれもまた良きだ。

「あー! もぉ! 信号長い! てゆーか人多すぎ! こんな場所選んだの誰!」

 お前だよ。

 追い付かれたフォロワー数が相当ショックだったのか、ボヤキが止まらない。そして、信号がようやく青に変わった瞬間、人波を縫うように走り抜けていった。

 俺もなんとかついていくが、何せ足が速い上に瞬発力が半端ない。スクランブル交差点を渡りきったムサシは、ハチ公前に出現したコジローリングという名の人の輪の中へ突っ込んでいった。

「どいてどいて! もう邪魔だっつーの!」

 自らが行った遅延行為によって、集まった群衆達を木刀でなぎはらってゆく。もうやる事なす事、滅茶苦茶だ。突入によって出来た道を通って、ムサシの背中を追いかける。勿論スマホで撮影しているので、この様子は視聴者に配信されている。きっと、コメント欄はさぞかし盛り上がっている事だろう。

 ようやく人の輪を抜けたムサシと俺は、コジローの姿を肉眼で確認した。

「コジコジ勝負!」

「あら、ムサシちゃん。やっと来てくれましたね」

 駆け寄りながら叫ぶムサシに、コジローは微笑んだ。

 スゲー、スゲーわコジロー。超余裕じゃん。おそらく、一ヶ月に渡るサバイバルステイにより、メンタルが凄まじく鍛えられたのだろう。なんという寛容力……目頭が熱くなるぜ。コジローの表情は二時間近くもまたされてたというのに、とても清々しい。

「……では、始めましょう」

 コジローはムサシを真正面に見据え、大刀の柄を握った。

 この勝負、ルールは単純明快。どちらか一本取った方の勝ちだ。

「いざ、尋常に――」

 彼女は勢いよく、大刀を鞘から──

「勝負! あ」

 勢いが良すぎて、鞘ごと腰から引き抜いてしまった。すっぽぬけた大刀は、コジローリングの上を飛んでいった。

「チャァァァンス!」

 え?

 ムサシはコジローに向かって駆け出した。

 ウソでしょ? 行くの!?

 史実では、鞘を海に投げ捨てた小次郎に対して、武蔵が『小次郎、敗れたり、勝者が鞘を捨てるか!』と恫喝したといわれるが、鞘どころか刀ごとすっぽ抜けちゃってるし、丸腰だよ? 素手だよ? なのに行くの!?

「ちょ……ムサシちゃん待って、刀が――」

 ムサシは制止を無視して掛け声と共に飛び上がった。

「ハァァァッ!」

 そして、木刀をコジロー目掛けて振り下ろした──


 バコッ! 


 軽いような、鈍いような、そんな曖昧な音を立て、木刀はコジローの頭部にヒットした。

 見事な一本勝ち。うん、そりゃそうだよな。だってコジロー素手だもん。

 勝負は呆気なく決した。

「はい、しゅーりょー。終わった終わった。てっしゅー。コジコジ帰るよ」

「ムサシちゃん……」

「何? もう勝負はついたんだから、早く帰ろ。そこ! 写真撮るな!」

 ムサシはサバサバとした態度でコジローに帰宅を促した。しかし――

「酷い……酷すぎます」 

「は?」

 コジローの瞳から大粒の涙がポロポロと溢れ落ちている。

「確かに……刀がすっぽぬけたのは私のミスです。でも……でも……丸腰の相手に対して、全力で頭を叩くなんて……しかも、こんなに大勢の人が居る前で……」

「ちょ、コジコジ何泣いてんのさ!?」

「泣きたくも……泣きたくもなりますよ! 模擬刀とは言え、ムサシちゃん力強いんだから、凄く痛いんですよ? 何で……ずっと待ってたのに、やっとムサシちゃんと立ち合えると思ったのに、こんなに恥をかかされて。私は、私は……う、うわぁああああああぁぁぁん!」 

 ……始まった。コジローの最終奥義、大号泣が始まってしまった。

「え? えぇ~? ちょ、コジコジ、泣くのはナシだって!」

「うわぁああああああぁぁん! うわあああああああぁぁぁん!」

 真上を向き、滝の様な涙を流すコジロー。その様子を周囲の群衆達は、ここぞとばかりにスマホのカメラで撮影する。

「な! 何撮影してんの! もう終わったの! もう勝負はついたの! 撮るなぁああああああぁぁ!」

 ハチ公前で、女の子座りの状態で天を仰ぎながら泣きわめくコジロー。数分後、サエズッターやポンスタに『#ぴえん系刀剣美女』というワードと共に、泣きじゃくるコジローの写真が続々とアップされ、それはみるみる内に拡散した。その結果、総フォロワー数は、


【ムサシ:五十四万人】

【コジロー:五十六万人】


 となり、コジローがムサシを上回った。


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