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第四十三話【プリンは火種になりうる】

「何だよ、話って?」

「いーから、とりあえず入って」

 土曜日の朝っぱらからムサシに呼びつけられた俺は、言われたとおり彼女の部屋を訪れていた。

 何なんだ? やけに機嫌悪いみたいだけど、俺何かしたっけか?

「あのさ、たっくん。この動画見てどー思う?」

 ムサシはスマホの画面をこっちに向け、動画を再生した。 


『こんにちわ~、コジコジでーす。さて、今回はフォロワーの方から頂いた、高級ポテチを試食してみたいと思いまーす』


 動画の内容は、そこからコジローが延々とポテチを食べるだけの動画だった。

「で? これが……何?」

「何? じゃないよ! これ見てたっくんはどー思うわけ?」

「どう思うって言われてもなぁ……。ん~、まぁ無限に見ていられるかも」

「くっそォォ! 腹立つわぁぁぁッ!」

「な……何だよ?」

「だってさぁ、単にポテチボリボリ食ってるだけだよ? 何で再生回数が百万越える訳? あたしの『ニャンプラ作ってみた』動画が三十万なのにさぁ! あの動画、相当手間隙かけてんだよ? ニャンプラ改造テクニック披露してみたり、水着着て作ってみたり!」

 水着のは……ダウンロードしたな。

「まあ、分かるけどさ……」

「なのに、ポテチ貪り食ってるだけの動画に負けるなんて、納得出来ないッ!」

「お……落ち着けよ、ムサシ。コジローのはASMR動画だし、あーゆーシンプルなのが、意外と需要あるんだよ」

 激高するムサシを嗜める俺だが、コジローのポテチ動画の咀嚼音を聴きながら、眠りについている事は口が裂けても言えない。

 ムサシがイラついているのは、SNS対決の期限が後二日に迫っているからだろう。現時点の総フォロワー数は、ムサシが五十二万人、対するコジローは五十一万人と、かなり拮抗している。たったの一ヶ月で急激にフォロワー数を伸ばしてきたコジローに、相当な危機感を覚えているのだ。

 そう思って見てみると、ムサシのアップする動画はヲタ向けでマニアックな為、中々フォロワー数が伸びず、苦戦を強いられているのが分かる。まぁ、これは剣技の様に、一対一で立ち合う試合とは違い、人気を獲得しているかで決まる勝負なわけで、どれだけ強くても、こればかりはどうしようもない事なのだ。

 怒りが収まらない様子のムサシは、スマホを握りしめる手をワナワナと震わせ、

「こうなったら攻めるしかない。あたしの兵法に守りと言う言葉は無いッ!」

「いや、攻めるって言っても、どうやって……」

「ふふん」

 腕組みをし、仁王立つその表情は、悪代官さながらだ。

「決闘よ。果たせなかった巌流島の戦いを再現するのよ!」





 夕食後、居間でムサシとオヤツの豆大福を食べていると、コジローが青ざめた表情で駆け寄ってきた。

「拓海様、つかぬことをお聞きしても宜しいでしょうか?」

「う、うん。何?」

「冷蔵庫に冷やしてあった、小さな壺をご存知ありませんか?」

「壺? いや、見てないけど」

「そ……そうですか。失礼致しました」

 顔色が更に悪くなった。何かあったのだろうか? 壺? はて、冷蔵庫にそんなの入ってたかな。

 コジローは続いてムサシに声を掛けた。

「ム……ムサシちゃん。失礼ですが、冷蔵庫に入っていた小さな壺をご存知ないですか?」 

「壺? あー、プリン? 食べちゃった」

「……な、今何て?」

「は? だからぁ、食べちゃったって言ってんじゃん」

「ハハハ……アハハハ。私の聞き間違いでしょうか? 『食べちゃった』と仰いました?」

「しつこいなぁ、だから冷蔵庫に入ってたプリンはあたしが食べたって!」

 ムサシがイラつきながらそう告げると、コジローは一瞬よろめいた。 

「え……? 食べ……た?」

「うん。で?」

「で……? で? でぇえええええぇぇぇ? ムサシちゃん! あの壺プリンは、二年先まで予約が埋まっている超激レアなプリンなのです! 私がフォロワー様達に呼び掛け、何とか譲って頂けないかと交渉した結果、ご好意により一つだけ譲って頂けた希少な品なのです! そのプリンがようやく先程届き、夕食後に頂こうと思ったらこの有り様。いくらムサシちゃんでも許せません!」

 激怒だ。

 プンプンどころではない。大激怒だ。穏便日本人代表の様なコジローがブチギレている。こんな姿は初めて見た。

 彼女の異常なまでのプリン愛は、先日、原宿に行った時に知った。ムサシと共にスイーツ店を数店舗ハシゴしたのだが、全店舗でプリンだけを注文していたのだ。まぁ、後に分かったことだが、プリンに限らず彼女は意外にも偏食家で、気に入ったモノをとことん食べる傾向がある。焼き肉に行った時もハラミオンリー、中華料理屋に行った時も餃子オンリーだった。う~ん、そんなところも尊い。

 しかし、何故ムサシはプリンを勝手に食べたんだ? あれか? フォロワー数が負けている腹いせか? それとも――

 はっ! ま、まさか。

「てゆーかさ、プリン一つでこんなにも大騒ぎしちゃって、コジコジって結構器小っちゃいんだね、あの壺みたいに。マジウケる」

「お言葉ですが、ムサシちゃん。貴女は人として常識がありませんよ。食べてしまったのなら、まずは謝罪の言葉を口にするものでしょう」

「うっざ。はいはいゴメンゴメン。これで満足?」

 ブチッ! っという音が聴こえた訳ではないが、聴こえたような気がした。

 コジローは鬼の形相で声を荒げた。

「そんな……そんな言い方ないでしょう? ちゃんと謝ってください!」

「は? 謝ったじゃん」

「そんな言い方、謝罪とは呼びません!」

 けしかけている。ムサシはコジローを挑発しているんだ。俺に宣言していた決闘――これはそれに向けたムサシの作戦だ。

「じゃあ、どんなのが謝罪なの? コジコジさ、ねっちこいんだね。そんなんだとフォロワー減るよ」

 ……クソだ。コイツマジクソだ。

 これはおそらく兵法の一つなのだろうが、いかんせんやり方が汚すぎる。つか、エグすぎる。

 斬り合いに際して剣士は、驚、懼、擬、惑緩、怒、焦の七つの念を生じさせる事で自分の利とする。史実にも、武蔵が小次郎に対して、いかに七つの念を生じさせるかを工夫したかが記されてはいるが、このけしかけ方は余りにも酷い。

「私は! あのプリンを心の底から楽しみに待っておりました。それなのに……それなのに。大体、自分のモノではないモノを勝手に食べるなど、ムサシちゃんは人として失格です!」

「……言うねぇ。そんなに食べられたくなかったら、名前書いとけっつーの! ベェ~」

 うわ~ムカつくわ~。めっちゃ殴りたいわ~。てゆーか。挑発の仕方が幼稚過ぎる。

「……わかりました。ムサシちゃんがそういう態度を改めないのなら、私にも考えが御座います」 

「はぁ? どんな? ゆってみ」

「……決闘です。ムサシちゃん、私は貴女に剣士として試合を申し込みます」

 うわ……言っちゃった。コジロー言っちゃったよ。

 俺は見てしまった。その言葉を聞いた瞬間、ムサシの口角が歪みながらニヤリと上がるのを──

「あっそ。いーよ。お望み通り立ち合ってあげるよ。たっくん、ゴン爺に言って道場押さえといて」

「お……おぉ」

「お待ちください。私の希望としては、果たせなかった舟島での立ち合いを所望致します」

「は? 何言ってんの。めっちゃ遠いじゃん」

「しかし、我々が立ち合うとなれば、それ相応の場所でなければ、剣士としての自尊心が――」

「あーはいはい。んじゃあ、渋谷のハチ公前でよくね?」

「ハ……ハチ公?」

「待ち合わせと言えばハチ公っしょ。近いし。じゃあ時間は明日の正午ね」



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