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第四十一話【つばめ返し】

入浴中乱入騒動の影響で、夕べは悶々として中々寝付けなかった。

今日が土曜日でよかったぜ。

眠気を目の奥に滞在させたまま食堂へ向かうと、味噌汁の香りが鼻先をかすめた。今日は和食か。やっぱ日本人は和食ですな。

「おはよう、拓海くん」

 台所には母さんと共にコジローが立っていた。

「拓海様、おはようございます」

「お……おはよう。え、どうしたの?」

「コジローちゃんがね、手伝ってくれてるのよ」

「へー、料理できるんだね」

「大したモノは作れませんが、暫くの間ご厄介になりますので、出来る事は手伝いたいのです」

 汐らしい。なんて汐らしいんだ。

 割烹着ですら似合う八頭身モデル体型の美女が、ウチの台所で朝食を作っているなんて。むぅ……その画だけで飯が食える。うん、誰かさんとは大違いだ。

 コジローの姿に見とれていると、その誰かさんが眠たげな目をこすりながら現れた。

「おはよ~ん。あー、夕べゲーム配信延長したから、めっちゃ眠い」

 コジローは「おはようございます」とムサシに頭を下げた。

「夕べは取り乱してしまって申し訳ありませんでした」

「おはよん。あたしの方こそ色々ごめんね~」

 和解……と言う訳ではなさそうだが、とりあえず二人共落ち着いた様子だ。

「はい、お待たせ。ご飯出来たわよ」

 食卓に並ぶのはアジの干物、ほうれん草の和え物、味噌汁にご飯という、ザ・日本の朝食だ。

「お味噌汁はコジローちゃんが作ってくれたのよ」

「お口に合うかどうか……」

 なんて謙虚な。佐々木小次郎の作ってくれた味噌汁を飲めるってだけでも、歴史的貴重な経験だ。

「じゃあ頂きましょう」

「いっただきまぁ~す」

 いの一番で食べ始めたのは勿論ムサシだ。まず初めに味噌汁を啜った。

「おー、出汁凄っ! うまっ!」

 ほう……どれどれ。絶賛するムサシに続き、俺も味噌汁を一口啜った。

「ん……これ、めちゃめちゃ旨いよ」

 シンプルだが深みがあり、味に角がない。同じ味噌を使用しているのに、母さんが作る味噌汁とは一味違う。

 俺達が味噌汁を絶賛していると、コジローが目に涙を溜めていた。

「ちょっと、朝から泣くのはNGだよ~」

「あ……はい、すみません。嬉しくて」

 あ、ヤバイ。嫁にしたい。中の人が佐々木小次郎だということは百も承知だけど嫁にほしい。

 俺の中にそんな気持ちを芽生えさせる程、旨い味噌汁だった。

 朝食を済ませたあと、俺はコジローに声をかけ、居間に集まる様に伝えた。

「お待たせしました」

 後片付けを終えたコジローがやってきた。

 うーん、黒髪の長髪をお下げにしているだけなのに美しい。

「朝ご飯美味しかったよ。ありがとう」

「嬉しゅう御座います。ところで、宮本殿の姿がお見受け出来ませんが……」

「あぁ、アイツは今、生配信中だよ」

「生……? 配信?」

 コジローは首を傾げ、疑問に満ちた表情を浮かべる。まあ、何も知らないのだから当然の反応だ。

「え~っと、それを含めてコジローにはこの時代のことや、君が居た時代から現代に至るまでのことを学んでもらおうと思ってるんだけど、どうかな?」

「はい。ぜひご教授お願いします」

「じゃあ、コレ」

 コジローにタブレット端末を手渡した。

「……? まな板ですか?」

「アハハ。違う違う」

 まな板ときたか。まぁ、これがあらゆる知識を得られる情報端末だなんて、夢にも思わないよな。

 コジローはムサシ同様、自室に引きこもり、タブレット端末で歴史を学び、使用方法を説明してから一週間で四百年分の歴史を吸収した。

 ちなみにムサシよりもだいぶ早い。

「おはようございます。拓海様」

「おはよう」

「コーヒーはブラックでよろしいですか?」

「あ、うん」

 コジローとこんな会話をするとは。う~ん、なんとも不思議な気持ちだ。コーヒーなどという舶来物の嗜好品を飲む習慣など当然無かったのに、もう当たり前になっている。

 それにしても、ムサシも賢かったが、コジローは更に賢い。そして、環境に順応する早さも負けていない。

「うはっ! コジコジの作ったホットドック超美味しい!」

「あら、うれしいですわ。沢山作ったので、いっぱい食べてくださいね、武蔵ちゃん♪」

 ここ最近、ムサシはコジローを『コジコジ』と呼び、コジローはムサシを『ムサシちゃん』と呼ぶ。史実で命のやり取りをしていた二人が、こんなにも仲睦まじくなるなどと、一体誰が想像出来ただろうか?

「あの、御二人にお話があります。朝食後、居間の方までよろしいですか?」

 話? 一体何の?

 朝食を終えた俺達は、コジローの要望通り居間に集まった。

「貴重な日曜日の朝にお集まり頂き、感謝致します」

「いや、そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ」

「恐縮です」

「そうそう、たっくんなんて別に彼女がいるわけじゃないんだし、どうせ暇してるから気にしなくていいよ~」

「いや、確かにいないけど。お前に言われると、なんか癪に触るな」

コジローの話し方は、四百年分の知識を頭の中に詰め込んだにもかかわらず、さほど変化はない。初めて会った時と同じ、上品な口調だ。まあ、ムサシが変わり過ぎなだけか。もう一切『ござる』とか言わねーし。

「で、話って何?」

「はい。この一週間で歴史を学ばせて頂き、現代の実情も理解致しました。その結果、私もこの時代で挑戦したい事が見つかりました」

「へぇ~挑戦ね。コジコジは何をやりたいの?」

 コジローは赤くなった顔を恥ずかしそうに伏せた。

「S……SNS。私……私もムサシちゃんみたいに、SNSの世界で自分自身がどこまでいけるか挑戦してみたい……です」

「なるほどね、いいんじゃないかな。俺は応援するよ」

「た……拓海様」

 コジローは目を潤ませながら俺を見つめた。そんなに見つめられると恋を通り越して、求婚してしまいそうなので、慌てて目を逸らした。

 ムサシはコジローが用意してくれたお茶菓子の羊羹を頬張りながら、「うん、いーんじゃね?」と上から目線で答えた。

 なんという先輩面。別にお前、現時点で何も偉くないからな。

「……ムサシちゃん。ありがとうございます。では、さしあたって私のPRといいますか、動画を一本撮影したいのですが」



@@@@



──柳生家道場。

俺達は動画を撮影したいと言うコジローの要望で、道場へやってきた。

 中へ入ると、じいちゃんが出迎えてくれた。

「おお~、待っとったぞ。ムサシたん、久しぶりじゃの」

「ゴン爺おひさ~」

「悪いね、じいちゃん。また道場を使わせてもらう事になって」

「ふぉっふぉっふぉっ。可愛い孫と孫娘の頼みじゃからの。して、拓海よ。この美人が例の?」

「う、うん」

 コジローはじいちゃんに対して深々とお辞儀した。

「初めまして、拓海様のお祖父様ですね? 私、佐々木小次郎と申します。この度は道場を使用させて頂き、感謝致します」

「美人の頼みじゃ、断るわけがなかろう。ふぉっふぉっふぉっ。」

 鼻の下を全開に伸ばすじいちゃんがこんなにもご機嫌なのは、コジローが美人なのは勿論だが、もう一つ理由がある。うちの道場に見学や入門の問い合わせが殺到しているのだ。おまけにじいちゃんが個人でやっているサエズッターのフォロワー数も、百人から三千人に羽上がり、ここ数日気を良くしているのである。

 それはムサシの道場破り動画がバズりにバズって、現時点で再生回数百万回を突破していることの相乗効果なのかもしれない。ちなみにムサシのサエズッターのフォロワー数も十万人に迫る勢いだ。

「え~っと、それでどんな動画を撮りたいの?」

「はい、もう内容は考えてあります」

「へぇ~、柳生新陰流師範代のゴン爺と試合するの? それとも私と立ち合っちゃう?」

 床に寝そべるムサシがコジローを挑発している。もしや、歴史的決闘が俺ん家の道場で繰り広げられるのか?

「いいえ、対戦相手は不要です。ムサシちゃん、少しだけ手伝っていただけますか?」

 諸々準備が完了して、動画撮影が始まった。

「じゃあ、撮影開始しま~す」

 俺はコジローにスマホを向けた。

「ただいまより演舞を始めます」

 道着に着替えた彼女は、庭から持ってきた大刀、備前長光を鞘から抜き、大上段に構えた。うん、流石は剣豪、絵になるじゃないか。ま、胸が大きすぎて、道着からはみ出しそうなのはご愛嬌かな。

 ムサシは程よいサイズの胸だが、コジローの胸はかなりの爆乳。とてつもない大きさだ。個人的にはフォーカスを胸に定めて撮影したい所だが、ここは我慢してカメラマンとしての責務を全うしよう。

「じゃあ、いっくよ~」

 道場の中央に脚立を立て、そのてっぺんに立つムサシは、手に持つティッシュボックスからティッシュペーパーを一枚落とした。すると、コジローは大刀を拝み打ちする様に一気に振り下ろした。

 その瞬間、ひらひらと舞い落ちてきたティッシュペーパーは真っ二つになった。更に──振り下ろした大刀の切っ先を返し、下からすくい上げ、真っ二つになったティッシュペーパーを斬った──

 こ……これは。

 桜が舞い落ちる様に、四枚に分割されたティッシュペーパーが床へ落ちた。その様子を撮影しながら、俺は思わず呟いた。

「つ……燕返し」

 演舞を終えたコジローは、帯刀して姿勢を正すと、カメラに向かって一礼をした。

 ──凄い。

 一見、簡単な演舞に見えなくもないが、実はとてつもない高等技術が必要なのだ。いくら切れ味のよい日本刀とは言え、宙に舞うティッシュを四枚に切るなど、達人と呼ばれる剣士でも不可能に近い。それをいとも簡単にやってのけたコジローの腕前は、神業と言っても過言ではない──巌流、佐々木小次郎の名に偽り無い、見事な演舞だった。

 撮影を終えて、ムサシは「……ふ~ん凄いじゃん」と言いながら脚立から降りた。

「まあ、あたしの方が強いけどね」

「お誉め頂きありがとうございます。確かに、今お見せしたのはあくまでも演舞……どちらが強いかは、立ち合ってみなければ分かりませんね」

 おっとおっとぉ。睨み合いが始まったぞ。これはおっぱじめちゃうんじゃないか? 女体化したとはいえ、中の人は天下無双を目指す大剣豪だ。やはり血が騒ぐのだろうか。

「……まぁ、やんないけどね。この時代で剣技を競った所で何の意味もないし~」

「ふふふ、同意ですわ。ムサシちゃん、ご協力ありがとうございました」

「お礼なんていいよ、バズるといいね」

 おお、なんという大人な対応なんだ。二人共、自分達が置かれた環境にしっかり順応している。

 二人のやり取りを見守っていると、じいちゃんが「拓海よ」と声を掛けてきた。

「何? じいちゃん」

「この美人娘は、両国の鬼として剣名高かった、正真正銘の佐々木小次郎じゃ」

 そう言い切るじいちゃんは、更に続けた。

「今のは、巌流の秘技、一心一体じゃ。こんな見事な剣技にお目にかかれるとは、長生きはするもんじゃの」

 認めた。

 柳生新陰流師範代のじいちゃんが一太刀見ただけでコジローを本物だと認めた。ムサシの時もそうだったが、流石の目利きだぜ。

「拓海様」

「はい?」

 歩み寄ってきたコジローは、備前長光を差し出した。

「この長光を売りたいと思います」

「ええ!? だってこれ、コジローの大切な……」

「いいえ、拓海様。私に今必要なのは、この長光ではなく、令和の世を生きて行くための資金です」

「いや、でも……」

「たっくん、コジコジの覚悟だよ。その気持ちを汲んであげなよ」

 ムサシはそう言って笑顔を見せた。

 なんだなんだ? 珍しくまともなこと言うじゃないか。

 宿命のライバルが口にした覚悟がそう言わせたのか、それとも単なる気まぐれなのか。定かではないが、ムサシもそうやって言っている事だし、コジローの気持ちを尊重することにしよう。





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