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第三十一話【もちもち? ぷるぷる?】

 ゴクリ、と生唾を飲み込む音が部屋に響く。

「拓海よ。今、お前の目の前に二つの果実があるというのに、このまま部屋を出て行く気か? ワシが今のお前と同じ年の頃だったら、おめおめと退散などせんぞ」

「いや、流石に触ったりするのはちょっと……」

「ん? ワシは触れなどと、一言も言ってはおらぬが? 楽しみは千差万別じゃからの。ふぉっふぉっふぉっ!」

 コイツ、カマ掛けてきやがった。

 確かに、本音を言えば触りたい。いいや、両手で鷲掴み、未体験の感触を体験してみたい。更に、あわよくば顔を埋めてみたいと、欲望は無限に出てくる。願望で頭の中がおっぱい……いや、いっぱいだ。

 しかし、がしかしだ。いくらムサシが元男性だったとしても、そのような行為に及べば当然犯罪だ。流石に良識が許さない。

 ここは煩悩をぐっと押さえつけて決断しよう。

「まあ、近くで眺めるくらいなら……いいかな」

「ほほう。それがお前の下した決断ならまあよい。自分で決めたことならば、ワシは何も言うまい」

 いやいや、偉そうに講釈垂れてっけど、アンタも充分変態だからな。

 腹を括った俺は、仰向けで眠っているムサシに近づき、Tシャツの襟元を覗き込んだ。

「……ぬおっ!」

 ノーブラじゃねーか!

 予想外の出来事に、一度後退する事を決意した。

「────ムグぉ!」

 え?

 は?

 何が起きた?

 背中に衝撃を感じた瞬間、前へ押し出されバランスを崩した。そして、顔面が得も言われぬ柔らかな物体に包まれた。

 こ……これは、胸……か?

「どうじゃ拓海よ。ムサシたんの胸の感触は?」

 図りやがったな。

 ライオンはわが子を千尋の谷に突き落とすというが、孫を胸の谷間に埋めさせる祖父は多分、現時点でアンタ一人だよ。

 しかし、いい匂いだ。

 女子力が上がるにつれ、清潔感を増してきたムサシ自身の香りと、石鹸の香りとが混ざり合った、なんともフルーティな香りが鼻腔を包みこむ。初めてこの家に彼女が来た時、世界一臭い缶詰並みの体臭を放っていたとはとても思えない。

 おまけにこの感触──もちもち、ぷるぷる? いいや、ふわふわだ。まるでホイップクリームに顔を埋めているようだ。

 自分の意志に反する、所謂ラッキースケベを利用して、胸の柔らかさを瞬時に分析した。

 う~ん、何て心地の良い感触なんだ。このまま眠ってしまいそうだ…………おっと! ダメだダメだ。そろそろ起き上がらなければ。

 生まれて初めて味わうスイートパイから顔を離すと、ムサシと目が合った。

「ん?」

 うおーい! 起きちゃったじゃないか!

 どうする?

 どうするの?

 どう取り繕うの?

「……あ、あの。その、これは……」

 なんて言い訳をすれば良いのか? こうなったら全てじいちゃんの責任にするか? 事実、俺の背中を押したのはじいちゃんだし。

 言い逃れの言葉を考えていると、ムサシは突然、勢いよく体を起こした。

「うわ!」

 その弾みでベッドから転落した俺は、積まれているダンボールに頭をぶつけた。

「まだやるのか、吉岡の?」

「はい?」

「貴様らもしつこいな。大将の首は討ち取ったのだ。敗北を認めろ」

「え? え? え!?」

 ムサシはベッド脇に置いてあった木刀を手に取った。

「まあ、よい。ならば徹底的に打ちのめすのみ。追ってきた事を後悔するなよ」

 吉岡? 追手? も、もしかしてコイツ、寝ぼけてるんじゃ。

 無防備な俺とじいちゃんは、ベッドの上で木刀を振り上げるムサシを見上げることしかできなかった──


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