幕間. 主と友人
「おや、侍女殿は眠ってしまったか」
膝の上で眠ってしまったウメに、中央からわざわざやって来た物好きな友人が呟いた。
「しかし侍女殿が梅の精だったとは驚きだ。こうして見ても、人間と区別がつかないがなあ」
節操なしの友人がウメの髪へ手を伸ばすのを、すかさず払う。
「触るな」
「おっと、これは失礼。なんだなんだ、悋気か」
「お前が触れると何があるか分からない」
中央にいたころ、何人の侍女がこの男の毒牙にかかったことか。要領が良いのか、揉め事を起こすようなことはなかったが。
「そこまでわたしは信用がないのか。いくらなんでも、友のお気に入りに手を出したりはしないさ」
「どうだかな」
「ははは、これはまいったな」
こちらの言葉を気にした風もなく、友人は笑って杯をあおった。
だがその後、表情を改めてぽつりと呟く。
「…………よかった、わたしは安心したよ。あのとき、わたしは何の力にもなれず、どれだけ悔しい思いをしたか」
中央にいたころ、自分は周りから何を言われようと信じる道を突き進み、ひたすら仕事に邁進した。その結果、異例の出世をした自分を妬んだ同僚から讒言を受け、西の地への左遷が決まった。そのとき、この友人は方々に手を回して尽力してくれたのだった。
「そうだな、あのとき手を尽くしてくれたお前には感謝している。だが、ここでの暮らしは存外悪くないさ」
膝の上の存在に目を向けて言えば、友人は再びにやにやと笑った。
「ははあ、侍女殿のおかげというわけだな。いやはや、我が友にもようやく春が来たか。まったくめでたいことだ」
訳知り顔で頷く友人が途端にうっとうしく感じられて、つい眉をひそめる。
「ところでお前、いつまで滞在する気だ? さっさと中央へ戻れ」
「おやおや、つれないな。もちろんしばらく厄介になるさ……と言いたいところだが、実は明日には発たなければならない」
さっさと戻れとは言ったが、まさか翌日に発つ予定だとは思いもせず、なぜだと問い返した。
すると友人は、予定を大いに狂わせた出発時の災難について話し始めた。
友人の話を肴に酒を飲むのは久しぶりで、膝の上のぬくもりを撫でながら、夜が更けるまで付き合ってやった。