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3. 主の友人が来る

ウメはこの日、朝からやる気に満ちていた。


(ここに来てから、初めてのお客人…………!)


今日の午後、中央の主の友人がはるばるこの屋敷を訪れる予定なのだ。

中央にいたころ、博識な主は人気者で毎日のように客人があった。ずっと庭からそれを眺めていたウメは、人間のもてなし方もきちんと心得ている。


「あるじ様、お任せください。お客人に気持ちよく過ごしていただけるよう、万全の備えをしております」

「……いや、ほどほどでいい」


気合いを入れるウメに、主は励ましの言葉をかけてくれた。ウメの主はとても優しいのだ。



「よう、久しぶりだな!」

「よく来たな」


夕方、わざわざ来る必要もないだろうにと呆れたような顔で呟く主のとなりで、ウメは初めての客人を出迎えた。


「んんー? なんだ、こんなぼろ屋敷でも側仕えはいるのか。今日は世話になる、侍女殿」


にこりと笑う人物を、ウメは中央の屋敷で何度も見たことがあった。主をとても慕っていた年上の同僚だ。こんな西の僻地まで会いに来るのだから、本当に主のことが好きなのだろう。

であれば、ウメと同士だ。歓迎しなければ。


「お客人が楽しく過ごしていただけるよう、精一杯務めさせていただきます!」

「そうかそうか。ありがとう」


はははと朗らかに笑う客人は、上等な絹の衣装をまとっている。立ち居振る舞いからも身分の高い人間だと分かるが、なぜか供をひとりも連れていない。


「おい、供の者はどうした。まさかひとりではあるまい」

「ああそれなら、ここがあんまり小さいから近くの寺へ行かせた」

「そうか。まあ、ここは狭いからな」

「まったくだ。びっくりするほどの貧乏暮らしだなあ、おい」


また愉快そうに笑う客人にはまず長旅の汚れを落としてもらおうと部屋へ案内し、ウメは身支度の世話をした。主の手伝いは毎日しているので、きちんと人間のように振る舞える。

客人はその間、ここでの主の様子をあれこれと聞いてきた。それほどに主のことを気にかけてくれるのかとウメは感激し、おかげで宴席が始まるころにはすっかり客人と打ち解けていた。


「侍女殿、わたしにも酒をついでくれ」

「はい」

「やあ、侍女殿についでもらうと、ことさら美味く感じるな」

「ふふっ、恐れ入ります」

「………………おい」


主が、低い声で客人を呼んだ。


「なんだ、友よ」

「お前、なぜそれほどに馴れ馴れしくなっている?」


不機嫌そうな主に、そういえば、この客人は節操がないからあまり近づくなと言われていたことをウメは思い出した。

確かに、女性へ語りかけるのに慣れた風なので、その通りの人物なのだろう。

だが客人は主のことが大好きで、ウメの同士だ。それに、ウメに人間の誘惑は意味がない。心配する必要などないのに。


「ははは、妙な勘繰りをするなよ。先ほど世話をしてもらったときに、侍女殿とはすっかり打ち解けたのだ。聞けば、ありがたくも中央からお前について来たらしいな。主に忠義な、よい侍女殿だ」


客人は、ウメが中央から主について来たと聞いたことで、すっかりウメを忠義者だと思っている。その通りなので、ウメも否定していない。


「侍女殿、よければそなたも」


主への忠義を認められて胸を張っていたウメに、客人が酒で満たした杯を差し出してきた。

ウメは水と光があれば生きていけるので、食物は必要としない。だが、主に何度か飲ませてもらったことがあるため、酒が甘露であることは知っていた。


「……いただきます」


杯を受け取り、ひと息に飲み干す。酒が喉を通っていく熱さは悪くなかったが、主に飲ませてもらったときほどに甘露ではない。

期待と少し違ったことを不思議に思うウメに、客人はさらにすすめてきた。


「おお。良い飲みっぷりだ。さあ、もう一杯」

「おい、」


主がなにか言いかけたが、すでにウメは注がれた杯を傾けた後だった。

こくりと飲み下せば、ふわふわと気分が高揚した。


「侍女殿、わたしの友は酒を好むから、ときどきはこうして付き合ってやってくれるか」

「はい。あるじ様が望むなら、なんなりと」


ウメが微笑めば、客人も嬉しそうに笑った。

この客人は、よく笑う。


「…………まだ蕾ではあるようだが、今はそれくらいがちょうどいいのかもしれない。友の側で、これから侍女殿は花開くのだろう」

「はい……? 私はいつでもあるじ様のために花を咲かせますよ?」


何を言うのかと立ちあがり、ウメは庭にある自身の本体へ向き直った。

春を感じられるようになってきたこのごろはいくつか花がつき始めたが、いまだ寂しい梅の木。だがウメは梅の精だ。主のためなら、いつだって花を咲かせて楽しませることができる。


ぱん、と手拍子をひとつ。


すると寒々しかった梅の枝に、ぽぽぽっと白い花がつく。

客人が驚いたように杯を取り落とす音がしたが、気に留めずにもういちど、ぱん、とやれば、さらに多くの花が咲いた。

酒で気分がよくなったウメが、もっともっと手を打とうとしたところで、横からその手をとられた。


「もう、やめておけ」


静かな声と共に、主の杯を口へ押しつけられる。唇に触れるのは水だろう。素直に口を開ければ、流し込まれる液体は先ほどの酒よりもずっと甘露に思えた。

そういえば、いつも酒を飲むときは主に手ずから飲ませてもらっていたのだ。


(そうか、お酒ではなく、主に与えられるものが甘露なのか…………)


気づいたウメは、うっとりと目を細めて主の傾ける杯を飲み干す。

その表情を眠気と思われたのか、腕を引かれ、主の膝の上に頭を乗せられた。


「ウメ」


名前を呼ばれて、寝かしつけるようにふわふわと髪を撫でられる。

馴染んだ墨の香りがして、まるで主に包まれているような心地よさでウメは目を閉じた。


「…………いや、驚いた。侍女殿はいったい、」

「これは、庭の梅の木の精だ。人間ではない。あまり酒など飲ませるな」

「ああ、それは悪かったなあ。しかしまた、お前も妙なものに好かれたものだ」


主の優しい手つきに微睡んでいれば、面食らったような客人と落ち着いた主の会話が聞こえた。


「だが、これだけ一途に慕われれば悪い気はしないだろう?」

「………………」


残念ながら、主の返事を聞く前にウメの意識は沈んでいった。


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