序. 梅の精
政治、経済の中心地である中央地方のとある屋敷に、古い梅の木があった。
その屋敷の住人は代々が文官の家系で、物や自然を大切にしてきた。当然、その梅の木も大切に世話をされ、毎年美しい花を咲かせた。
長い間大切にされたものには魂が宿る。
人間の前に姿を現すことはないが、その屋敷の梅の木にも梅の精が宿っていた。
徐々に暖かさを増し、春の陽ざしがふんわりと庭へ降りそそぐ季節になれば、屋敷の主が庭に出て来て、梅の木のもとへやって来る。
「今年も美しい花が咲いたな」
主は花を褒め、幹を撫でてくれた。
梅の精はこの主が好ましかった。
毎日忙しそうな主の心が少しでも休まるようにと、梅の精は一生懸命に花を咲かせた。それで主の笑みが見られれば満足だった。
だがある日、主が梅の幹に手を当てて言った。
「中央を去ることになった。友人にこの屋敷のことは頼んであるから、私がおらずとも春になったらまた美しい花を咲かせてくれ」
このままずっと主を見守っていられると思っていた梅の精は、ひどく驚いた。だが梅の精の驚きなど気づきもしないで、主は中央から去ってしまった。
梅の精は今の主のことが好きだ。
あの主がいなければ、花を咲かせても意味がないと思った。
(………………そうだ、ついて行こう)
主の乗った船は、遠い遠い西の地へ向かっていた。だから梅の精は先回りして、主の新しい屋敷の庭に梅の木の根を下ろした。
すると西の地は梅の木と相性が良かったのか、梅の精は人間の姿をとれるまでに力を増した。
「中央の屋敷にあった、梅の木の精です。あるじ様と離れるのが嫌で、この西の地まで追って参りました。精一杯、お仕えさせていただきます」
こうして梅の精は、ウメ、という名前を主からもらった。