篠原さんは生きれない
それでも、、
朝の予冷が鳴り皆が慌ただしく席に着き始める中、
予冷を気にせず校庭で桜を見上げる少女が一人。
「………明日が命日かあ…」
「命日だというわりには肌の調子がすこぶるよさそうですけどね、篠原さん」
「でた!ひっつきむしの田野 正人!」
「いつも思うんですけど、なんで僕の名前だけ毎回フルネームで呼ぶんですか」
「なんか語呂がよくない?」
「語呂…長いし言いやすいと僕は思いませんけど…
あと、独り言またもれてましたよ。
なんで僕と並んで一緒に桜見てるのに一人とか言ってるんですか」
「あーあーあー、そういうところは突っ込まないお約束でしょ?
そういうとこだぞ田野 正人、君が"黙ってたらそこそこ格好いいのに余計な言葉が多い"と言われて振られるのは」
「なんでその話知ってるんですか!」
「女生徒は情報通だからね、筒抜けだよ」
「はああ?プライバシーというものはないんですか!?
だいたいですね、黙ってたらというのは喋るなということでしょう。
話をせずにいったいどんな関係が築けるっていうんですか。
それをいう時点で異性として魅力がないということじゃないんですか。
そこそこ格好いいというのも褒めていないし余計な言葉というのも相手によって受け取り方が違いますしそこを察して言う言わないの選択肢をしろというのは難しいでしょう!?」
「…………そういうとこだよ田野 正人。君の名前は素晴らしいのになあ」
「あ、それ以上言われると傷つくのでやめてくださいね。
名前を褒めていただけるのは嬉しいですけど、名前と僕を比較しないでください」
「そうだね、失言だった。ごめん」
「いいですよ、許します」
田野 正人は少し諦めたような顔で、ちょっぴりため息を付いた。
仕方ないから車椅子でも押してあげようという気になったり、ならなかったり。
「なんですかその独り言、ため息なんてついていませんし。
なかに戻りたいならそう言ってくれたら良いじゃないですか」
「えーー?笑」
柔らかな笑みで楽しそうに笑う篠原さんが、実は難病を患っていて病気の原因も治療法も、分かっていないと誰が思うだろう。
傍からみたら、車椅子に乗っているただの女子高校生だ。
そんな篠原さんはいつも毎日病院の屋上に出て、遠くにみえる学校に視線を向けては、時折鳴るチャイムの音に耳を傾けるそうだ。
本当は登校することも、頑張ればできると悲しげに言っていたのは、もう去年のことだったろうか。
まだ篠原さんが自分で歩けて、体育の時間だけ保健室で休むようになり、それからも彼女は日に日にできないことが増えていった。
箸を自分で持てない、走ることも歩くことも難しくなり、最近では固形物を食べることもつらくなっているらしい。
僕は篠原さんと特別親しかったわけじゃなく、たまたま余命宣告を受けた直後の彼女に病院でばったり出会っただけ。
ただそれだけだった。
泣きはらした顔は、学校で見かける明るく笑顔な篠原さんとかけはなれていて、一瞬同一人物だと気づくのに遅れた。
親しくないのに、なぜかその時は放っておいてはいけないと思って、彼女の横にそっと座り、背中をさすった。
僕達はそれから初めて話した。
そんな関係だった、短い関係だった。
一緒に外で遊んだことも、教科書を貸しあったことも、お互いの友達を紹介したこともない。
けれど僕は病院で初めて会ったときから、毎日病院へ通うようになった。
それは入院している祖母の見舞いでもあったし、祖母が無事に退院してからも通った。
別に、篠原さんの弱った姿をみて優越感に浸っていたとか、そんなんじゃない。
きっと、そんなもんじゃない。
ずっと、タイミングを間違えた気がしていた。
もっと、違うタイミングがあっただろうと思っていた。
なんであのとき篠原さんに僕が出会ってしまったのか。
祖母よりも確実にはやく僕から遠ざかってしまう、篠原さんに。
篠原さんは明日が命日だと言ったけれど、あれは嘘ではない。
正確には、医師に最初に告げられた余命最終日だ。
だけど余命がそんなぴったり当たるなんてことのほうが珍しいんじゃないのか?
きっと明日も篠原さんは、屋上で校舎を眺めながらチャイムの音を聞いているだろう。
だけど確実に最後の日はやってくる。
彼女は、篠原さんは生きれない
それでも生きてほしいと思わずにはいられない