9.誘拐
再開した時、アリアはエリザベスに抱き着き、泣いて喜んだ。エリザベスははじめドヤ顔だったが、だんだん表情が崩れて一緒に泣いた。。
その夜詳しく話を聞いたアリアは、
「エリーのおバカ!」
と拳骨を落とした。
エリザベスが見当たらない。
その報告を聞いて、エードッコ侯爵はまずハーン伯爵へ伝令とそれとは別に経路上の捜索のための騎士を送った。
続けて街の門の出入りを確認させる指示を出し、並行して城内、街の中、近郊の捜索を順に命じた。
まず前日のエリザベスとの話が頭に浮かぶ。
アリアに会いに行きたいと言っていた。翌日に姿を消した。関連があると考えるのは当然のことだ。
次に誘拐。
考えたくないが、家の者の誰かが手引きした可能性。
エリザベスとの会話を知った者が、エリザベスがハーン伯爵領へ向かったと誤解させて別の方向へ連れて行ったとすれば発見が遅れるだろう。
最後にエリザベスが近くに隠れている可能性。
エリザベスは城と街の中しか見たことがない。アリアの元へ行けないことを拗ねて隠れて自分たちを困らせようとしているという説だ。これは妻がそういうことをやっていたという話をしていたことで思い至ったものだ。母娘は似るものだし、エリザベスが妻の話を聞いていたとしたらありうる。
いずれの可能性も捨てきれない。
エードッコ侯爵は歯噛みしつつも淡々と指示を出し続けた。
緊急の伝令がハーン伯爵の元へたどり着いたのは翌朝だった。
最優先の伝令が使われるのは滅多にないことだ。
ハーン伯爵は心して内容を確認したのだが、話を聞くと気が抜けそうになった。
何しろ最優先の伝令だ。
王家と戦争にでもなったのかと思ったのだ。
それが娘がいなくなったから探すのを手伝ってくれという話だった。
さすがのハーン伯爵も、エードッコ侯爵の親バカかと苦笑いを禁じ得ない。
そこに飛び込んできたのは伯爵の娘アリアだった。
「父上、何人か貸してください! 探しに行きます!」
「アリアか。元気になったのか?」
「そんなことより、急いでください!」
エードッコ侯爵領から戻ってからふさぎ込んでいた娘が現れて必死な顔で訴えてくるのを見て、我が娘をこうまで魅了するとは、エリザベスはそれほどの娘だっただろうかとお披露目の時の様子を思いだ――
「父上!」
――すのをやめて娘に向き合った。
アリアがこの場にやってきたのは偶然ではない。
ふさぎ込んでいる原因を仲の良いエリザベスと離れたためだと考えた家の者が、エードッコ侯爵からの伝令が来たことを教えたからだ。
それも、最優先のものだということも漏らしてしまった。
アリアは部屋を飛び出した。
アリアが消沈していたのは、エリザベスにとって自分がもう必要ないのではないかという恐れによるものだと、自ら辿り着いていた。
アリアはエリザベスを家族のように大事に思っている。一緒にいた時間を考えると血のつながった父母や兄弟姉妹以上かもしれない。
それなのにエリザベスが自分を不要だと言ったとしたら。そう考えるだけで足元が崩れるような気分に陥った。
そんな中現れたエードッコ侯爵領からの緊急の知らせ。
アリアにも何かできることがあるかもしれない。
そう思うといてもたってもいられなくなり、失礼を承知で父の元へ駆けたのだ。
いつもは廊下を走るなとエリザベスに注意しているにもかかわらず、廊下を走って。
「父上、心当たりがあるのです。エリー、エリザベス様が自ら姿を消したなら、ですけれど」
「本当ですか!」
「はい」
伝令が思わず口をはさむ。もともと乱入したのはアリアとはいえ、伯爵とその娘の会話に口をはさむの失礼なことである。それでも口を出してしまったのだ。それだけ彼もエリザベスを心配しているのである。
「ふむ。君、捜索は出ていると言ったね?」
「はっ!」
伝令とアリアの様子を見て、ハーン伯爵は状況を緊急事態として位置付けた。親バカ案件ではなく、正しく優先して当たるべき事案として。
「わかった。アリアに兵長を含め十人をつけよう。エードッコの捜索隊に合流するまで兵長にはアリアの提案に従うよう命じておく。それとは別にこちらからも捜索隊を出そう。アリア、すぐに準備しなさい。その格好では出られまい」
「はい! 捜索隊には乗合馬車を特に調べさせてください。それと、出発時点では男装している可能性が高いです」
「わかった。そして、君はあとは任せて休みなさい。夜を徹した伝令ご苦労だった」
「はっ! どうかよろしくお願いいたしますっ」
アリアは謁見室を飛び出し、伝令は最上位の礼を取った。
人騒がせな娘だが、人好きをするのは間違いないようだ。アリアの為にも無事であればいい。
そう考えながら、ハーン伯爵は指示を出し始めた。
ハーン伯爵の兵はすべて軽騎兵である。
替え馬を二頭ずつ引き連れ三十三頭の集団で街道を進み、たどり着いたのは街道上にいくつかある宿場町のひとつ。
「この近くに手がかりがある。兵長」
「はっ!」
断定的に告げるアリアに従い、散開して聞き込みを開始するハーン兵たち。
道中にアリアが語ったことによると、
「エリザベス様の手元のお小遣いで乗合馬車に乗るとこの町まで来ることができる。ここからは自分で歩こうとするか、誰かに運んでもらうかいずれにせよ痕跡が見つかるはずだ」
「乗合馬車ですか他に資金を持ち出している可能性は?」
「手元のお小遣いは街の散策の時使うためのもので金額は約束してある。そのほかのエードッコ城のお金はきちんと管理されているし、盗むような方ではない。城の者に相談していれば必ず侯爵へ話が届き止められる。エリー商会も同様で、うちまで届く騒ぎになっていません。そして街を散策した時乗合馬車に興味を持っていたことがある。料金も一緒に調べました。さらに旅人のお話で多めに支払うことで融通を聞かせてもらうという手法を聞いています。他の可能性はエードッコ侯爵とハーンの二陣に任せて我々は決め打ちで動きます。一刻を争う事態の可能性があるので急ぎましょう」
「な、なるほど」
ということだった。十に満たない子どもがものすごい想像力だと兵長は舌を巻いた。あるいはエリザベスへの理解か。
一定の説得力を感じさせる。仮に可能性が低くとも一手をこの行動にかけておく必要はありそうだと兵長も判断した。
こうしてアリア隊は宿場町を捜索した。
ほどなくそれらしい人物が乗合馬車を降りたという情報が手に入る。馬車の客目当ての物売りの証言だ。
だが、その後の足取りが途絶えていた。。
誘拐、監禁、あるいはそれ以上の事態が頭をよぎる。
「街の衛兵に検問をかけさせて。エードッコの捜索隊に伝令。ここの捜索を任せます。それから――」
「アリア様、もう間もなく日が暮れます。後はお任せください。ここまで絞り込めればなんとでも」
「う……そうね。足手まといか」
アリアは護衛として一人つけられて宿場町で宿を取った。
エリザベスは翌日の日中、妙にこざっぱりとした馬に乗った男たちが連れているところを、ハーンの部隊によって保護され、その日のうちにアリアとエリザベスの再開がかなったのだった。
次がもうちょっとなので書き終わったら投稿します。




