表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/31

7.喧嘩中

 朝起きるのはアリアの方が先である。

 まだ暗いうちには起き出して、着換えて愛馬の世話をしてから稽古をする。

 エードッコの練兵場は使わない。

 少し離れているので、往復に時間がかかるからだ。

 庭先を貸してもらっている。

 体をほぐし、走り、剣を振る。途中でハーンからきている先生と合流し、見てもらいながら。

 まだ体が小さいので、それに見合った木剣だ。いつもの剣は背負っている。

 お日様が見えてくるといったん終わり。

 汗を洗い流して体を清める。

 寒い日はエードッコの人がお湯を沸かしてくれるのでありがたい。

 そして身支度をしたらエリザベスを起こしに行く。



 エリザベスは空が白んでくるころに目を覚ます。

 そしてアリアが稽古しているのを窓からこっそりのぞくのが日課だ。

 剣と馬はまだ習うのを禁止されている。

 教わっているアリアがうらやましいが、これも役割の違いだと納得させられた。

 しかし、いつか自分もと思っている。

 それにしても、毎日早くから汗を流しているアリアはすごいと思う。

 アリアが稽古を終えると寝台に戻り、寝たふりをする。

 エリザベスを起こすのも、着換えさせるのも、髪を整えるのもアリアの仕事である。

 はじめはエードッコの使用人から教わって、苦戦しながら覚えた仕事だ。エリザベスも櫛が髪にひっかかり痛い思いを何度もした。

 お返しにアリアの髪をとかしてあげることもある。わざとではないがアリアも同じ目に遭った。

 痛いことはよくわかっているので、同じことがないよう寝る前などにこっそり櫛を通す練習をしたのはアリアには秘密だ。


 目上の者は下の者の仕事を奪ってはいけないと教えられているのでエリザベスはアリアの仕事を奪わない。

 エリザベスを起こすことからアリアの仕事が始まるのだから、エリザベスは寝ていなければならない。



 そう、いつもならアリアがエリザベスを起こす。

 しかし今日はそうではない。

 侯爵の前でそのように取り決めたのだ。しばらくはアリアの手を借りないことになっている。

 別の者を呼んでもよかったが、エリザベスはまず自らの手で身支度をすることを選んだ。

 アリアがやることはいつもみていたのだ。同じことをするだけである。難しいことではない、とはいえない。アリアも修得まで時間をかけたのだから。

 しかしできないことはないはずだ。


 ――エリザベスはもう少し早く身支度を始めればよかったと後悔した。

 いつもより遅い時間に、アリアが様子を見にやってくる。


「エリー様、起きていらっしゃいますか?」

「あたぼ……もちろんよ」


 起きてはいる。着替えも一応終わっている。

 だが髪がいまいち決まっていない。

 いつもならアリアが巻き髪をビッと決めてくれるのだが。

 アリアではなくとも別の者を頼るべきだったか。だがそれもアリアの代わりのようであまり気が進まない。


 そんなことを思っているうちにアリアが部屋に入ってくる。


「あ、エリー様できてますね」


 意外そうな顔をするアリアに対し、エリザベスはドヤ顔で対抗した。ふふん。


「ふふ、でも、襟が折れていますわ」

「えっ!?」


 アリアが近づいて直そうとするのでエリザベスはぴょんと飛びのいた。


「どこですの?」

「あ、えーと、ここのところですわ」


 エリザベスに逃げられ、驚いた顔をしたアリアだったが、気を取り直して自分の体を指して曲がっている場所を示した。

 エリザベスが触ってみると確かに折れている。髪に気を取られ過ぎたと心の中で言い訳しながらすぐに直した。


「髪はどうしますか?」

「今日はまっすぐで行くわ。そういう気分なの」


 アリアが来てしまったので、エリザベスは急いで髪を整えた。

 エリザベスが整えるのに一番慣れている形にである。

 それはつまりアリアの髪型と同じなのだが、二人は意識も気づきもしなかった。


「いいわ、行きましょう。今日はししゅうの日だったかしら?」

「そうですね。はじめは詩集を読んで、そのあとお昼まで刺繍の続きです」




 エードッコ城の者たちは、昨日エリザベスとアリアが言い合いの喧嘩をしたと聞いていたので心配していたが、二人がお揃いの髪型でいつものように歩いているのを見て、皆よかったと胸をなでおろし、ニヤニヤと見守るのだった。




 朝食として塩漬け魚とチーズの北麦パン挟みを香茶とあわせていただく。

 日によって麦粥やソバのガレットがだされたり、卵や腸詰がつくこともある。

 砂糖が使われている日は当たりだ。今日は残念ながら使われていない日だった。塩漬けとは合わないからだろうか。


「エリー様、口元が……」


 アリアがエリザベスの口元をぬぐおうとするがエリザベスはそれを手で止めて自らナプキンで口元をぬぐった。

 そしてドヤァとアリアを見る。

 アリアはそんなエリザベスを見て寂しくなって目を伏せた。

 そしてエリザベスはアリアの様子を見て狼狽して視線を泳がせたが、助けは来ないので改めてふんすと胸をと虚勢を張ったのだった。




 さて、物覚えはアリアの方がいいが、手先の器用さはエリザベスも負けてはいない。

 技術の修得は遅れても、追いついてしまえば勝るとも劣らないものを生み出すこともある。

 ころころと興味が移りがちなエリザベスだが、集中力を発揮することもある。

 それはアリアが先にできるようになったことを練習する時と、物を作るときだ。

 ものづくりが侯爵令嬢の仕事かというと首をかしげるところだが、嗜みとして身に着けておくべきとされているのだから喜ぶところだろう。


 今日も二人は刺繍を進める。

 監督はエリザベスの母だ。

 実はアリアのおばにあたる。剣は手放したが懐剣は隠し持っているのがチャームポイントの一つである。

 意外に鍛えており、四人産んでなお崩れない体の線をうらやむ家の者も多い。


 話がそれた。

 二人はお互いの好きな花を刺繍して送り合おうと決めており、教わりながらも一生懸命だ。

 今やっている刺繍が終わったらハーン伯爵領産の羊毛から糸を紡いで手袋を作ろうということになっているのでそちらも楽しみにしていた。しかしアリアの帰省までには間に合わないだろう。刺繍だけでも、と思いはしても、雑になってはいけない。母に見抜かれて叱られてしまう。母は物を教える時だけは厳しいのだ。




 お昼は城にいる家族みんなでとる。

 今日は母、義母、姉二人、兄一人、エリザベス、アリアだ。

 お肉も出るしシチューもあるし、デザートもつく。

 日々の出来事や噂話などをしながらたっぷり時間を取って食べる。

 今日の話題はエリザベスとアリアの王都でのお披露目パーティのことだった。

 姉たちの話を聞いたり、皆がどんなドレスを着ていたかを聞いたり、どんな食べ物があったのかを聞いたり。兄が意見を求められ目を白黒させたり。いつもの和やかな食事の時間だ。

 ちなみにこの度はドレスは親が用意するのでお小遣いの心配はない。

 後々はお小遣いをやりくりして用意するようになるから気を付けるのよ、それがエードッコの流儀だと言われた。遠回しに例の無茶な使い方を窘められたのだが、エリザベスは気づかずいい返事で返し、アリアは大丈夫かと不安を覚えた。




 昼食の後は、二手に分かれる。

 今日はアリアの乗馬の日だからだ。

 その間にエリザベスは遅れているところを取り戻したり、侯爵家ならではの勉強をする。礼儀作法の勉強の、姿勢の部分など力を入れているところだ。アリアの姿勢は特に良いので、負けるものかとエリザベスもがんばる。

 別行動である以上、アリアとのかかわりはいつも通り。自分でやる、と考えて気合いを入れなくともよいので一安心である。

 今日は刺繍を進めることにした。


 アリアは愛馬に集中を欠いていることを見抜かれて慰められた。



 アリアが戻ってくる時間に合わせてお茶会を開く。

 学園に行けばお茶会を開催する側になる。来年から学園に入る姉の一人が段取りを覚えうまくやれるよう練習を繰り返している。

 母が意地悪なことを言って姉を困らせているのも練習のためだ。母がお茶目で姉をいびっているわけではない。

 エリザベスたちの番もそう遠くはない。

 今から楽しみである。




 夜の食事は朝と似たようなものだ。

 夜会の練習をする日もあるが、今日はお茶会を開いたのでなしである。

 父が留守の間は母たちが城内、領内の報告をまとめ、急ぎであれば対応する仕事のために忙しいこともある。

 こういう日は早めにお風呂に入る。

 お風呂はいい。

 お風呂は体と心をあたためてくれる。

 お湯は嫌な気分を洗い流してくれる。

 ふわぁ。


 背中に手が届かなくてどうやれば自力で洗えるのか二人で悩み、人を呼んで教えてもらった。


「髪は自分でするわ!」

「そうですか……ではわたくしも」

「だめよ、アリアの髪はわたくしがするわ!」

「えっズルい」

「ズルくないですー」

「ズルいですー」


 こうして一日は終わる。

 結局エリザベスは致命的な失敗はなく乗り切った。

 そしてそれはアリアが帰る日まで続いたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ