5.う○こくさい
汚い話が嫌いな方はとばしてください。
時間はさかのぼってワンちゃんに畑を任せてしばらく経った頃のある日。
エリザベスは街に繰り出す許可を得た。
これまでは城から出ることを許されなかったのだ。
しかし、対外的なお披露目も終わり、城の外の商人との会話経験も得てまあちょっとだいぶ結構心配だけれど何人かつければ大丈夫かなということで侯爵が許可を出したのである。
七歳になるまで我慢しなさいと言われ続けてきたエリザベスは喜んだ。
アリアと一緒に城を抜け出そうとたくらんだことはあったがあっさりと捕まったので真実初めてのことだ。
楽しみでないはずがない。
そんなわけで、エリザベスとアリアは男装して騎士と執事をお目付け兼護衛としてつけられて意気揚々とエードッコ侯爵領都エードッコの街に繰り出したのだ。
しかし。
「くさい! 街くさい!」
すぐ帰った。
「お父様、街がくさいです。うんこ! うんこのにおいがします!」
「エリー様、うんこうんこいわないでください」
「そうだぞ、うんこうんこいう淑女はいないぞ? ママだってうんこうんこ言わないだろう?」
「でもうんこくさいんです。街中うんこ垂れ流しなんじゃないですか」
うんこくさくてたまらないので帰ってきたエリザベスは早速父侯爵の元へ走った。
正確には廊下は走らないようにとアリアに叱られたので早歩きで。
「しかしなエリザベス。人はうんこをするものだ。街はどこでもあんなものなのだよ。人が集まるのだからうんこもたくさん出るからな」
「でもお父様、お父様の街がうんこくさいのは嫌ですわ」
「うーん。こればかりはなあ。掃除人を増やしてもキリがないからな」
排泄をしない人間はいない。
排泄物の処理は人類が抱える命題である。
人が集まれば排泄物も集まるのだ。
現在は窓から外にばしゃあとやったり川に捨てたりする。たまに道を掃除人が頑張って掃除する。そんなぐあいだ。
ちなみに城では使用人がそれはそれは頑張って掃除しているのであまり臭くない。
「私はお父様の街はもっときれいな方がいいです」
「わかった、考えておこう」
ひとまず話はここまでだ、と父侯爵が切り上げる。
こうなると話は聞いてもらえない。侯爵のお仕事のことだ。ただのわがままとは違うのだ。
「そういえばエリザベス、お小遣いは全部使ってしまったはずだが、街にでてなにをするつもりだったのかな?」
「べらんめぇ、お足がなくとも楽しみはあらぁ!」
「エリー様、口調」
「はい」
アリアはせっかくのお出かけが中止になって残念だったが、侯爵がエリザベスをやりこめたので少しすっきりした。
別の日。
「ここらじゃ糞尿を肥料に使わないのネ」
「肥料? うんこを?」
「はイ」
甘いもの研究所に定期的に行われているエリザベスによる催促の際、エリザベスはついでにワンにうんこの話をした。街がうんこくさいと。
異国で生まれたワンであればなにかいい意見がないだろうかという思い付きだった。
「つまり、畑にうんこすると作物がよく育つのね。こりゃあ急いでみんなに知らせねぇと!」
「口調」
「まっテ、そのまま畑にうんこしたラ枯れちゃうヨ。正しく処理してからじゃないと使えないネ」
「出た。また“正しく処理”!」
正しく処理をしないといけないってなんだ。
そのままでは害になる物がなにかしたら役に立つようになるというのか。
うーん、これは難しい話だ。
エリザベスは腕を組み小首をかしげて唸った。。
「それはなんでもそうだヨ。料理だって正しく処理するからおいしくなるネ」
「!」
なるほど。
わかりやすい例に、エリザベスはかんぜんにりかいした。
「普通料理には害のあるものを使わないのでは?」
「こまけえことはいいんだよ」
「口調」
「はい。それじゃあワンちゃん、うんこはまかせるから!」
「エ、まっテ!? ここだけじゃ都市一個分処理なんてできないヨ!」
「みんなに教えてくれればみんなでできる!」
「ちょ、えェ……」
「お父様に言ってくる!」
甘いもの研究所の研究項目にうんこが追加された瞬間であった。
うろたえるワンを置いて、エリザベスは駆け出した。庭から城に入ったところでアリアに止められて早歩きした。
「お父様! うんこが肥料になるそうです!」
「パパうんこまみれの食事は嫌だな」
結果を述べると、うんこやおしっこをする場所を指定し、道や川に捨てることを禁じるお触れを出すことになった。
そして汲み取り専門の人員を用意して人糞を肥料とする試みが行われた。
が、生理的忌避感からこの地方には根付かなかった。畜糞は使うのに。
汲み取った排泄物は郊外の人がこない場所に穴を掘って埋めるようになった。生ごみや落ち葉なども不要なものは一緒に捨てている。
そのおかげで街からはうんこやごみが減り、においはいくらかマシになった。
そして一年後。
「お父様、街の人がくさいです!」
「エリザベスは潔癖だなあ。エリザベスはお風呂好きだからかな」
うんこ改革により、街のにおいがずいぶん抑えられたことと新しくお小遣いをもらえたことで、再び街に繰り出したエリザベスが、また侯爵のもとに飛び込んできた。
今度は街の人が臭いという。
「庶民はお風呂も入れないからな。湯を沸かすのも水を用意するのも大変なのだよ。エリザベスがお風呂に入れるのは皆が頑張って用意してくれているからなんだよ?」
「お礼を言っておきますわ! それよりもお父様は自分の領民がくさくてもいいんですか? くさい領民の領主だと思われても?」
「去年も同じようなことを言っていたね」
こうなるとエリザベスがしつこいことはわかっている。
とはいえ、街はきれいにすればいいが、庶民個人がくさいかどうかまで面倒見るのは領主の仕事ですらないだろう。
「でも身ぎれいな領民の主の方が臭い領民の主よりもカッコいいと思いませんか」
「それはまあそうだね」
エリザベスはどうにも煮え切らない父侯爵の態度を見て、これはダメだなと見切りをつける。
「わかりました! わたくしが領民をお風呂に入れて差し上げますわ!」
「あっ、エリザベス!?」
そう言い捨ててエリザベスは侯爵の執務室を立ち去って行った。
「なにをするつもりなんだ……?」
「エリー様、どうするつもりですか?」
どんどん進むエリザベスを追うアリアは意図を尋ねる。
「アリア、わたくしはね、お風呂に入るのは気持ちがいいし、アリアと洗いっこするのは楽しいと思うの」
「それは、はい、わたくしもです」
「でしょう? お風呂はいいものですわ。だから一度習慣づければみんなお風呂を離れられなくなるに決まってます」
「それはどうでしょうね」
「だからわたくしがお風呂を作りますわ! メェーム、いるかしら! わたくしの今年のお小遣いを全部出してちょうだい!」
仕事をしていた老執事の元にまっすぐ辿り着いたエリザベスはまたとんでもないことを言い出した。
エリザベスの行動の結果、一年後には領都に公衆浴場が誕生した。
かの古代帝国の都にあったようなものほど立派ではないが、一度に多数の人間が入ることができる浴槽と洗い場、脱衣室と談話室、そして飲み物と軽食を売る店舗が入っている。
入浴料を取り維持費に利用する形だ。
決して安くはないが、初めに無料招待をしたことで固定客がつき、以降は口コミで広まっていった。数年後には週に何度かお風呂に行くのが領都民の定番となる。
こういったあれこれを手配したのは侯爵家の御用商会、から株分けされた新しい商会である。エリザベス係として新設されたこの商会はエリー商会と名付けられた。
エリザベスは意図と方針、そしてお金だけ出して丸投げしたのだ。
エリザベスのお小遣いだけでは甘いもの研究所のこともあって足りなかったので、アリアも資金を提供した。子どものお小遣いとはいえ溺愛されている貴族令嬢二人分だ。
貴族の後ろ盾と現金の担保も得て、借金して資金を作り公衆浴場を作り上げ、利益が出るよう体制を整えたのはひとえにエリー商会の努力のたまものである。
「エリー様、おやつ代がまたなくなりました。わたくしのお小遣いもつかってしまったのでこっそり半分こもできませんね」
「果物は去年みんなで食べちゃったし、今年は我慢ね」
侯爵はお小遣いを渡すとすぐに使ってしまうエリザベスを見て、こちらで管理して何度かに分けて渡すか、今の方針を維持してお金の使い方を学ばせるか迷うことになる。
続きは思いついたら