30.エードッコ
本日複数回投稿しています。本日の最初は「26.砂糖の危機」で、この話は5本目です。同時にもう一本この話の後に投稿しています。
読み飛ばしの無いようご注意ください。
「エリザベス!」
「お父様!」
再開した父娘の抱擁――。
となるかと思いきや、エリザベスは直前で急停止し、両腕を広げ受け止める体勢だった父侯爵は腕の行き場を無くした。
「お父様。この度は大変ご迷惑をおかけしてしまいました。ですが何よりも先に一つだけ、どうかアリアをお助けください。囮となって馬車で別行動をしているのです」
「エリザベス……」
エリザベスの、淑女の最敬礼からの懇願。
父侯爵は、自然な動きで腕を組んだ。
「エリザベス。三つ言っておこう。ひとつは、そんな他人行儀な真似は不要だよ。ふたつめは、いつも言っているだろう。アリアもまた娘のように思っているのだよ。心配しなくてもいい。三つ目は――」
「エリー!」
「! あ、アリア!?」
「――もう言う必要はないかな」
人垣の中から飛び出してきた娘のような少女と娘の抱擁を、父侯爵は眺めながらそうつぶやいた。自分も混ざっていいかな。と考えながら。
エリザベスたちを捕捉していたのはハーン家の騎馬隊だった。
誘拐事件のことを思い出す状況に、元誘拐犯四人組はビビりまくっていた。
鳥による通信で状況を伝えられたエードッコ侯爵。その時、学園の卒業式に合わせ、王都へ出発するところだった。
なお、卒業パーティは学園内の催しであり、卒業式より前の日程で保護者は参加しない。親がいる中で婚約破棄が行われていたら、もっと大きな騒動になっていただろう。
例年通り、ハーン伯爵家と合流して王都へ向かおうというところで連絡を受け、即応できるものをかき集めてエリザベスたちを迎えるために動いたのである。
そもそもエードッコ侯爵領の隣接地域はエードッコ派閥である。越境許可を速やかに取り付けながら王都方面へとエリザベス捜索を開始した矢先にアリアが現れたのだそうだ。
「アリア、先についていたなんて」
「エリー、言ったでしょう。ハーンが馬の扱いで負けるわけがないと」
「それは王都の騎士相手にって話だったでしょう!」
アリアは早々に馬車を捕捉され、適当に騎士隊を引き回した後、馬車本体を切り捨て馬で脱出したのだという。
護衛の騎士たちとは別れ、分散することえ的を散らして追跡を逃れて駆け抜けた。
そしてエリザベスたちよりも先にエードッコ領まで駆け込んだというわけだ。
さらにエリザベスが取るであろうルートを侯爵たちに伝え、迎えを導いたのである。 誘拐事件の再現のような活躍だった。
ともあれ、こうして王都脱出は完遂されたのである。
「さて、今回は残念なことになったが――」
「はい、わたくしの至らないばかりに。申し訳ございません」
エードッコ城まで撤収し、待っていた家族と再会を喜び合って後。
一息ついて落ち着いたところでエリザベスと父侯爵は改めて話をしている。
頭を下げるエリザベス。
しかし、父侯爵は微笑んでいた。
「大丈夫、責任を感じる必要はないよ、エリザベス。君が過失を犯したとするならば、アルフレッドのクソガキは故意によるものだ」
「恋?」
「字が違うね」
「故意に恋していたと」
「エリザベース?」
「はい」
エリザベスはもうすっかり気が緩んでいた。
叩き込まれた淑女の姿勢は崩さなかったが。婚約破棄から王都脱出、アリアも無事で実家に帰ってきたのだ。
何年も続けてきた緊張。そして命懸けの緊張、大事な友への心配。これらから解放されたのだ。心の中はもうふんにゃりである。へんにゃりかもしれない。
一方、父侯爵は静かに怒っていた。
かわいい末娘に舐めた真似をしくさりやがって。
エリザベスは少しばかり変わったところはあった。しかし、それを補うほど努力していたことは報告でも、自分の目でもずっと見てきた。
もともと是非にということで婚約を認めたのだ。
それに、王都清浄化に大いに貢献し、王都の評判が上がったのはエリザベスのおかげである。
砂糖税を王都入場の際一割とりあげて散々潤っているだろう。
教会ともめるという過失はあったが、その時はノリノリで支援していたではないか
ついでにエードッコの契約を踏みにじった。
情、利害、歴史、すべてを裏切ったのだ。
父侯爵の中ではアルフレッドのクソガキに遠慮する余地は全くなくなっていた。
「こうなったからにはエードッコは独立することになるだろう。戦争になるかもしれないね。でも悪いのはアルフレッドだ。そう思ってことにあたりなさい」
「それでよろしいのですか?」
「むしろ、そうでなければならない」
胸を張ってこちらは悪くない、そっちが悪いと言い切るのは貴族外交の基本の一つ。
主に対立が避けられない際に、味方を鼓舞し敵を怯ませるために使われる手法。
王家とエードッコの契約が、王家の手で、エードッコの面子を叩き潰す形で破られた以上、エードッコはリアクションをする必要がある。
何もしないのはありえない。王と貴族の関係はそういうものだ。
仮に最終的に鎮圧されるとしても、筋だけは通さなければならない。そういう破滅的な側面が、面子社会の貴族には存在した。
たとえ相手が王であっても。舐められたら稼業に支障が出る。
だから起つ。
それが貴族というものなのだ。
「わかりました。では悪いのはアルフレッド殿下ということで」
エリザベスも切り替えた。
なんだかもうどうでもいい気分になっていたこともある。不思議な解放感。きっと自覚していない重圧があったのだろう。
甘やかされた末っ子令嬢が王家の婚約者としてふるまってきたのだ。
もう王子とかどうでもいいな。なんであんな男にこだわっていたのか。初対面でお前と呼ばれたのは覚えているぞ。王家だからか。だが王家とかもう知らないし。
よし!
「ですがお父様、わたくしの首が必要となれば言ってくださいましね」
「そんなことにはさせるつもりはないが、気持ちだけ受け取っておこう」
こうしてエリザベスの婚約破棄はエードッコに公式に、かつ私的に受け入れられた。
ミャーコ王家側のことはしらない。エリザベスにはもはや興味もなかった。
それからの話をしよう。
エードッコ侯爵は、ミャーコ王家と幾度かの使者のやり取りを行った後、エードッコ王国の復興と独立を宣言した。周辺のエードッコ派閥であった諸侯が同調した。
ミャーコ王家はこれを非難し、討伐のため兵を派遣。総指揮官はアルフレッドだ。
エードッコ討伐遠征には多くの貴族に号令がかけられたが、都合により不参加の貴族が続出、想定していた数が集まらない状態でエードッコの勢力圏に向かうこととなる。
王子の支持の元、遠征軍は破竹の勢いで進軍。エードッコ平野に進出し。
エードッコ傘下のハーン公爵率いる弓軽騎兵隊による襲撃を受け、混乱したところを、地の利をもつエードッコの伏兵による奇襲を受けて蹂躙され、アルフレッドは這う這うの体で逃げ出す羽目になった。
その一方でエリー商会の撤退による影響が王都で顕在化。
第二次砂糖騒動、悪臭蔓延事件とそれに伴う暴動、屋台消失事件、失業者による仕事よこせデモ、住民脱出事件などが立て続けに発生し、王都はその機能を大いに麻痺させることに。
さらに管理放棄されたはずの掲示板に、アルフレッドとアーリーアクセス男爵をすべての元凶と糾弾しエードッコを擁護する張り紙が、はがしてもはがしても貼り付けられる張り紙事件も発生。
悪いことは続くもので、疫病まで蔓延。おまけに虫やネズミなどが増え、食料を食い荒らされる有様。
もはや混乱という域を超える事態に発展した。
王子率いる遠征の大敗、王都の大混乱。
これを受けてエードッコ派閥以外の貴族の中にも王家を見限る者が出始める。
その中でも最大の者が北のホクトー侯爵家だった。
それも独立を宣言し、エードッコと同盟を結んだのである。
これにより、ミャーコ王国とエードッコ・ホクトー同盟の国力が釣り合った。
大敗と混乱、エードッコの経済力を含めて考えればひっくり返ったと評してもいいだろう。
さらに西側諸国が混乱したミャーコ王国に食指を動かし始めると、ついにミャーコ王国はエードッコ王国、ホクトー王国の独立を認めたのだった。
こうしてミャーコ王国は三つに分裂。五十年以上の間この体制は維持されることになる。
エードッコ王国は芸術と交易の国として栄え、かつての帝王に守護される国として、大航海時代までその地位を維持し続けた。
その後も、演劇や音楽の都としての名声は維持し続けている。
さて。
エリザベスはというと。
貴族としての結婚はこりごりだと、エードッコ王立劇場のオーナーに納まった。
時に自ら脚本を書いたり、衣装をデザインしたりと口を出しては煙たがられ、時には面白い提案をして見直されという幸せな生活を送る。
「てやんでぇ! ここのセリフは絶対必要なんだよ!」
「いやだめだろ。一つ前のセリフとかぶる部分が多すぎる」
「べらんめえ! 大事なことは二回言うくらいでいいんだよ!」
後に劇場所属の脚本家と結婚し、亡くなるまで劇場に関わり続けた。
そしてエリザベスの親友アリアは、エリー商会で警備部門を立ち上げ、主に女性警護の役割を果たす者の育成に務めた。
後にエリザベスの兄の一人と結婚。エリザベスとのどっちが姉かとの争いに終止符を打つことになった。
「ぼくとエリザベスどっちが大事なの?」
「答えたほうがよろしいですか?」
「あ、いや……やめとうこうかな」
「そういうところ結構好きですよ」
「えぇ……?」
年をとってしわくちゃになってもエリザベスとの交友は続き、エリザベスを看取った者の一人となった。
おしまい。




