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3.エリザベスとアリアと甘いもの

 ハーン家は遊牧帝国の帝王の血が流れている。


 大帝王と呼ばれる初代の帝王、その子どもたちが世界中を暴れまわったことは有名な歴史的事実だ。

 ハーン家の初代はその子どもたちの一人である。

 現在のエードッコ侯爵領にあった王国を滅ぼし領地を奪ったその人だ。


 しかし、大帝王没後遊牧民の軍団は撤退、その後におきた後継者戦争で負け、落ち延びてきた時にはエードッコ家が領地を回復していた。

 遊牧帝国はこの戦争で分解し、西の果てであるミャーコ王国へ大規模な侵攻はその後起きていない。


 結果としてハーン家初代はミャーコ王国へ亡命し、なんやかんやあって伯爵の地位を賜り、王国の最東端の防備を任せられることとなる。

 その過程でエードッコ家侯爵家が関わっていたのだ。立地上自然なことではある。

 落ち延びてきたハーン家初代を即座に厚く迎え入れたという。

 一度は自身を滅ぼした相手を迷いなく受け入れる度量にハーン家初代は感じ入ったと伝えられており、ハーン家がエードッコ家の懐刀と名実自他ともに呼ばれるようになるまで多くの世代をまたくごとはなかった。




 というような背景があることを五歳当時のエリザベスはさっぱり理解していなかったし、アリアも失礼のないように、あるいはエードッコの方々を守るのが我々の役目だ、などと言い含められてはいたが、その理由までは把握していなかった。


 しかし、アリアを守るためエリザベスが無謀な戦いを挑んだことは実際に目の当たりにしたことである。ほぼほぼ意味のなかったことではあるが。

 この時のアリアにはエリザベスが何かとても素晴らしいもののように見えた。


 それから、早々にアリアは行儀見習いという形でエードッコ家で暮らすことになる。

 エリザベスつきとしてエリザベスが受ける教育を一緒に受け、またそれとは別にハーン伯爵家からついてきた家人に剣術と馬術を学ぶ生活。

 たまにエリザベスに連れられて「冒険」をして一緒に叱られたり、いたずらをして一緒に叱られたり、お勉強から逃走して一緒に叱られたりという生活を送っていた。



 そうして七つになったころ。


「見てみてアリア、淑女の礼!」

「エリー、口調」

「おっとすまねえ、じゃなくて失礼しましたわ。で、どう?」

「うまくできていると思います」

「ふふん、やっと合格を、えーともらえましたのよ!」


 ドヤるエリザベス。

 対外的なお披露目を前に、ここのところ礼儀作法のお勉強が集中的におこなわれていた。

 おおかたのことについてアリアの方が物覚えがよかった。

 侯爵からエリザベスの口調の乱れを指摘する役目を賜るくらいしっかりしている。

 逆に言うと、エリザベスは一歩遅れていることが多かった。

 そのことについて指摘されることもあったが、


「てやんでぇ、アリアちゃんが頼りになるならそりゃ嬉しいことじゃねえの、べらぼうめ」

「エリー様、口調」

「おっと」


 と笑って言い返すので皮肉で言ったものは鼻白み、奮起を促そうとする者は無為に終わる。というのも、指摘されずとも、アリアに先に行かれたことについてはエリザベスは特に努力するのだ。剣と馬については皆で説得して諦めさせたが、それ以外のことについてはすべからく。

 口に出していることがすべてではなく、どうやら内心は負けず嫌いらしいと近しい者たちは気づいていた。本人は隠せているつもりのようだが。

 そして自分もできるようになると、ドヤ顔でアリアに見せに行く。

 どうだできたぞえっへんドヤぁ。


 そんなエリザベスに対し、アリアはいくらかの優越感と庇護欲を覚えていた。

 年齢は同じだが妹のように感じていたのだ。

 アリアは行儀見習いに来た時点では末っ子で、ずっと妹が欲しかったということもあり、お姉さんぶりたかったところにいたのがエリザベスだったのだ。



 その評価に変化が起きるきっかけとなったお披露目の日の翌日だった。



 お披露目は周辺の貴族を呼んでパーティが行われ、知らない大人がたくさん来たのでさすがのエリザベスも臆するか、と思いきや。

 挨拶をして黙って笑っているようにという父侯爵からの指示をやり遂げた。

 エリザベスも自身がカッとなりやすくそうなると余計な口をきいてしまうということを自覚していたこと、そして傍に侍るアリアの働きで致命的な失敗には至らなかった。

 五歳の時の男子とも無事和解ができた。

 と言ってもこれは些事だ。なんといっても彼らは身内枠なのだから。身内枠と部下枠ではやはり扱いも気安さも違う。

 子どもたちにとってはともかく、親の間ではとっくに話がついていた。

 あとはごめんなさい、いいってことよとやるだけであった。口調。


 無事近隣の領主貴族とごあいさつを終え、慣例であれば次は十歳になってから王都でのお披露目となる。それまでは個々の交流はあっても子どもを大々的な社交の場に連れ出すことは少ない。

 エリザベスもそれまでは基本的にはエードッコ侯爵領で教育を受ける予定である。

 がんばったらおいしいお菓子や奇麗なドレスをもらえるということで、エリザベスはやる気になっていた。



 そして七歳のお披露目の翌日である。


 この日、自領へ戻る領主たちと入れ違いにエードッコ侯爵領へやってきた者たちがいる。

 それはとある隊商であった。

 もちろんただの隊商ではない。

 大陸を横断する交易路の一部を担う者たちだった。

 エードッコ侯爵は自領の領都を訪れた彼らを、自身の居城に招いたのだ。

 侯爵の居城の大広間に商品を持ち込み見分し、気に入ったものがあれば購入する。

 外向けのお披露目を終えたことでエリザベスたちもこの集まりに参加することを許されたのだった。

 様々な品が並び、商品の説明のため幾人もの商人がついていた。

 人も、彼らが身にまとう衣装も、そしてもちろん商品も、変わったものばかりで、お城から出ることを許されていないエリザベスにとっては大変刺激的だった。

 異国のものを見、異国の話、旅の話を聞いてまわってわくわくが止まらなかった。

 母や姉たちも美しい布に夢中で、父侯爵にねだっている。

 兄たちは鮮やかに彩られた器などをみて何やらああだこうだと知ったようなことを口にしあっていた。


 エリザベスはすべての品を見てやろうとアリアと老執事のメェームをつれて縦横無尽に動き回り、そして目をつけたのは樽の上に乾燥させた果物がおかれた一角であった。


「これはなんだい?」

「口調」

「これどういうものですの?」

「コイツははるか南の国でしか取れないアマァイ果実を干したものだヨー」

「いいねえ」

「エリー様」


 まだ少年と言っていい年頃の若い商人、あるいは見習いが異国訛りで答えてくれる。 彼は他の商人とも少し服の意匠や顔つきが違い、異なる国の出身ではないかと思わせた。


「いいですわね。甘いのは素敵ですわ。アリアも好きでしょう?」

「はい」


 甘いものは貴重だ。

 この辺りで食べられる甘いものと言えばもっぱら蜂蜜だが、量が取れずあまり出回っていない。

 侯爵ならばもちろん入手は可能だが、エードッコ侯爵は物を気前よく部下にあげてしまうので、人気の甘味はなかなか侯爵家の口には入らない。まして競争相手の姉や兄、そして母まで居るのでなおさらだ。みんな甘いの大好きなのだ。


 なのでこの干し果物を父侯爵が一樽手にいれても、エリザベスの口にはほとんど入らないだろう。


 だから。


「ここにある者を全部くださる?」

「ぜ、全部デスカ!?」


 だから自分で買うことにした。


「全部よ! 大丈夫、今日はお小遣いをもらったんだから!」

「お嬢様……」

「大丈夫よ、メェームにも分けてあげるわ」


 執事のメェームが難しい顔をしていたがエリザベスは気にしない。

 アリアは止めるべきか甘いものを取るべきか葛藤した結果メェームに委ねたがエリザベスが聞きやしなかったので、甘いものにありつけそうだとこっそり喜んでいた。


 今日もらった一年分のお小遣いで足りるだろうか。樽がいちにい、たくさん。これだけ甘い果物があれば一年くらいもつだろう、きっとそうだ。なら大丈夫。

 そんな甘い考えでいたエリザベスだが、すぐに悲しい思いをすることになる。


 さて、エリザベスは戦利品となった樽を改めて検分することにした。

 ろくに説明を聞かずに全部買ったので内訳がわかっていなかったのだ。


「隊商の保存食の在庫処分のようですな」

「バレタカ。その分お安いヨー。全部買ってくれてアリガトネ」


 積み上げられた樽の多くはメェームの言うように保存食が入ったものだった。塩漬け肉や魚、乾燥野菜なども多く含まれていたのだ。売ってよし、食べてよし。

 エリザベスは目算と違ったのでショックを受けたが、一度言い出したことをひるがえしては女が廃ると平気なふりをしていた。

 もちろん見ていた者にはバレバレで、まあいい薬か、これで少しは慎重になることを覚えるだろう、と見守られている。


「あら、これはなんだ……なにかしら?」


 アリアの目が光ったので言い直したエリザベス。見つけたものは小箱だった。


「アー、これはネ、農業の神様の書物……の写しと種だヨー」

「農業の神様!」


 若い商人が箱を開けて中身を見せる。

 エリザベスは反射的に手を合わせた。


「神様はともかく、何の種なのですか」


 なにやらむにゃむにゃしているエリザベスに代わり、アリアが尋ねる。


「これは甘い蜜が取れる植物の種だネ」

「甘い蜜!」


 エリザベスが帰ってきた。


「植えましょう!」

「もうしわけナイ、これは売り物じゃないんダ」

「ええ!? 全部買うって言ったのに。売ってくれたのに!?」

「ウッ!?」


 エリザベスは涙目になった。そして若い商人に迫った。売ってくれないの? 嘘つきなの? そんなひどい……。


「エリー様、落ち着いてください。そもそも甘い蜜が取れる植物って何です? この辺りで育つかもわからないでしょう」

「アー、内陸で寒暖の差があるとよく育つ、と農書に書いてあったネ」

「どうなの、メェーム?」

「まあ、あてはまりますなあ」

「ちょうだい! 植えるから!」

「イヤダカラこれは私物デ」

「てやんでぇ、全部売るって言ったじゃねぇか!」

「エリー様!」


 押し問答になった。






 三日後。

 隊商は旅立って行った。


「どうしテ」


 若い商人を城に置き去りにして。

 あとエリザベスは叱られた。


「あまり下々の者を困らせてはいけないよ」

「はーい」

「げせヌ」

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