25.助けてお義母さま
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「エリザベスちゃん、失敗したわね」
「はい。臆面もなく助けを請いに来てしまいました」
翌日、エリザベスは仲直りしたアリアを従者として伴い、王妃殿下の元を訪れた。
朝使者を出して面会許可を取り付けてからの午後からだ。
エリザベスの立場でも約束もなしに王城に押し掛けることは、よほどの緊急時でもなければ許されない。
戦や反乱の発生、重職にある人物の死などである。
学園生間のちょっとしたすれちがいでは緊急のうちには入らないのだ。
それでも当日申し出て許可が出るのは十分早い。エリザベスの立場とこれまでの積み重ねである。
同時に、まだ手遅れではないという証明だ。
というのは、王子が手を回し、なおかつそれがうまくいっていれば簡単に会えなかったろう。
王妃殿下には、問答無用で立ち去った王子と違って話をする用意があり、早急に話をする意味があると考えてくれている、と。
緊急事態ではないとはいうものの、エリザベスにとっては大事である。最近まともになって成長したなあよかったなあと思っていたアルフレッド王子にまたお前扱いされたことはまあいいとしようよくないが。
有力な王子と大貴族家の婚約者が仲違いしたという状況は王国にとって望ましいことではない。
なので、この程度のことも自力で解決できないという評価を甘んじて受ける覚悟をして、王妃殿下に泣きつくことにしたのだ。
なので王妃殿下に聞く耳があることを知ったエリザベスは喜んだ。
だが、それは致命傷ではないというだけで、傷はついている。
この先どうなるかは王妃殿下との会談の成否で決まるのだ。
そして、期待と不安を胸に王城を訪ねたエリザベスにかけられたのは苦笑いしながらの先ほどのセリフだったわけだ。
よかった、王妃殿下はそこまで状況を重く見ていないらしい。エリザベスは胸をなでおろした。
「いいのよ。言ったでしょう、いつでもお義母さまと呼んでいいのよ」
「はい、お義母さま、甘えさせていただきますわ。どうかアルフレッド殿下との間を取り持っていただけないでしょうか」
「もちろんよ。アルフレッドから話は聞かされているけれど、わたくしが知るエリザベスちゃんがやることとは思えなかったのよ。いつも王妃教育の指導を受けている姿を知っているもの。だから、エリザベスちゃんの話も聞いてみないといけないわ、と思っていたところなの」
ニコニコと話す王妃殿下。
自身の息子にして王子であるアルフレッド王子を無条件に盲信せず、公平に話を聞いてくれようとする王妃殿下。
エリザベスは強い好感を覚えた。
「実は……」
今回の出来事で、自身が把握していることを説明する。
また、アリアにも証言をしてもらった。
アリアの証言はエリザベスのためにこの件は秘密にすること、注意している現場に近づけないことを提案され、受け入れたということだ。提案があったのはエリザベスと懇意にしている女子乗馬クラブ、観劇クラブ、同窓の女子等、複数の女子派閥が集まっているところに呼び出されてのことだったらしい。
発覚した際は別行動をとっていたことと、大勢が集まって騒がしくなったことからエリザベスに気づかれてしまったのである。
「なるほど。エリザベスちゃんは関与どころか知らなかったのね」
「はい……」
「でも、」
「そうなのです」
客観的に見て。
エリザベスが知らなかったなどと言われて信じられるだろうか。
「アルフレッドの主張は、エリザベスが学園の女子を操ってアーリーアクセス男爵を孤立させ、嫌がらせをさせている、というものだったのよ」
「それはまた。わたくし、アルフレッド殿下にそんな陰険でずさんで中途半端な謀を巡らせるように思われているのですか」
情報を使って印象操作することは難しくない。エリー商会でもやっている。人気商売の演者やファングッズを扱う都合、また所有の掲示板の有効利用としても。
最近は西側の技術者から仕入れた印刷技術を使って冊子や情報が描かれた紙を販売することもあるらしい。
エリザベスの立場と人脈を使えばそれなりの人数を動かせる。嫌がらせをさせようと思えばできるかもしれない。
とはいえそれはエリザベスの信用を消費するし、何より女生徒全てを動かせるかというとそんなことはない。関係が薄かったり家の都合で暗黙の不可侵となっている相手もいる。
さらに。
それだけの労力をかけて得られるものはなんだ。
アーリーアクセス男爵を孤立させて嫌がらせ?
何の意味があるのだろう。
だいたい、アーリーアクセス男爵は王家の庇護下にあるのだけれど。
「あの子は、エリザベスちゃんは完璧な人だと思っているところがあるから」
「まあ、初耳ですわ。ですが、その割には……」
完璧な人がこんなしょうもないことをするだろうか。
「あの子の想像力が足りていないのね。エリザベスちゃん、人は自分より賢い人の考えを想像するのは限界があるの」
「それは」
「あの人の後を継ぐ前にもっと経験を積ませないといけないわね」
想像力が足りてないから、完璧な人が取るべき完璧な行動を想像できていないのだと王妃殿下は語る。
そしてそもそもエリザベスは完璧には程遠い。
二重に焦点を外しているのでは、それは正しい見方はできないだろう。
「わたくしは、エリザベスちゃんが一生懸命努力して身に着けてきたことを知っているし、こんな無意味なことをするくらいなら劇場にでも誘って仲良くなろうとするだろうと知っているわ」
実際に誘ったことはあるが、学業と家業が忙しいという理由で断られている。
排除しても特にいいことはない。
これなら劇場に行く口実にもなるし観劇仲間が増えるのは嬉しいことだ。
ただ、断られたことを根にもって、などと思われるとお手上げだ。事実と違っても、時と場合によってはそういうこともあるかもしれないと思う人間がいれば、そう信じる者も出てくるだろう。
他人事であれば、嫌う理由はいくらでもひねり出せる。逆に、好きになる理由もだ。だから事実と違う噂が流れたりもする。
ただ、少なくとも今回の件、根本的な部分がまちがっている。
「そもそも、エリザベスちゃんはアーリーアクセス男爵のことを何とも思っていないのよね」
「はい。誤解を恐れず申しますが、それほどの価値はないと思っておりますわ。そして王家の庇護、と言ってもそこまで積極的に世話をする必要はないと理解していますし、わたくしの場合は初めて会った際に本人からもやんわりと断られましたので」
無関心。
そもそも興味がなくどうでもいい相手なのだ。アーリーアクセス男爵は。
一応手を差し伸べはした。それを払いのけられた以上、後は常識の範囲内で適当に処理するだけのこと。エリザベスだって忙しい。しつこく食い下がる必要もない。
相手は落ち目も落ち目の下位貴族である。手間をかける価値があるだろうか。
まして卒業までは王家の庇護下である。
王子の婚約者が王家に弓ひくような真似を何故しなければならないのか。
そうやっていたら今回の件につながったので結果的には失敗だった。初めに王妃殿下が言ったとおりである。
エリザベスにはアルフレッド王子の寵愛を奪われることを危惧してという視点がなかった。
家の都合そして国の都合による婚約であると割り切っていたし、必要なだけ王子と交流を持ち順調だと思っていたからだ。
愛情は結婚してから育むもの、という劇場で聞いたセリフもある。政略結婚経験者の話も聞いた。
実際に、礼儀を身に着け試験で上位になるほど努力を重ねている王子に好感すら持ち始めていた。
だが王子はそうでもなかったらしい。
まあ好みは人それぞれであるし、役目を果たせるなら王子からの愛情は絶対条件ではない。もちろんあった方がより良いが。
優先すべきは王家とエードッコ侯爵家の盟約で、だから婚約することになったのだから。
「かの男爵への王家の庇護とは期限までの存続の保証と、適切な連れ合いを見つけることを見守ること。もう一歩踏み込むのであれば相手の斡旋。ここまでだと存じます」
「そうね、現状では結婚相手に口を出すのはやりすぎとみられるでしょう。向こうから援助を求められれば、と言ったところねえ」
未だ王家は絶対的な力を振るえるわけではない。
王は貴族の寄り合い所帯の代表なのだ。徐々に集権化を進めているとはいえ、振るえる力に制限があった。
婚姻についても口を出すにはいくつか条件を満たさなければならない。
本人から直接助けを求められるというのはわかりやすい条件だった。
「それ以外の部分で手助けを、と思いましても、わたくしの立場ではあちらから断られればなんとも。その上で孤立されてしまうと手出しをしかねます。ひとまず、皆を止めるようには言いましたが、有力家を含む多数の家の皆様の機嫌を損ねてまで強く出るのもいかがなものかと」
エリザベスが関わっているコミュニティのいずれかに所属してくれれば手助けの口実にもなるし学園で孤立することもなかっただろう。
だが、エリザベスが差し伸べた手はことごとく払われた。
エリザベスの関わらないところででも仲間を作れるならそれでよかったのだが。
女生徒たちから注意を受けても無視し続け、不興を買った。
アーリーアクセス男爵は自ら落とし穴に落ちているようなものなのだ。
エリザベスは徹底的に避けられている上、黒幕だと思われており。
アーリーアクセス男爵は女生徒の多くに嫌われており。
嫌っている相手の中にはエリザベスが影響力を発揮しにくい相手も多く含まれて。
エリザベスを慕ってくれている者は話は聞いてくれるだろうが。
この状況ではエリザベスの立場でできるのは頑張っても和解の仲介までだろう。
嫌うなと指示したところで嫌いな元たちからすれば何言ってるんだこいつってなもんである。
悪感情を上から押さえつけられるものではない。そんなことをすればこちらがにヘイトが向いてしまうだろう。
だからできるのは和解の機会を用意すること。そして互いに歩み寄れることをきたいすることまで。
それ以上は当人たちの努力で関係を築くべきだしそうでなければ先につながらないので意味がない。
人にものを頼む以上、それによって起きるものごとの責任がある。
和解してくれというのなら、その結果起きる不利益は仲介者が被る。
和解させたのにそれが破られれば仲介者の面子に泥を塗られるということだ。
だが、問題の根本、アーリーアクセス男爵がそれで態度を改め、いい関係を作るために努力を始めるだろうか。むしろエリザベスの仲介では火に油を注ぐことにはならないか。
エリザベスに従う必要がない者たちも多数いる。彼らはエリザベスの面子を立てて不愉快な相手を許すだろうか。仮に一度許しても、その後アーリーアクセス男爵が変わら案かったらどうだろうか。
エリザベスのために、と考えていた者の中にはエリザベスが裏切ったように思うものも出るだろう。あなたのためにやっていたのに嫌いな相手に頭を下げろというのか。そう感じる者がどう動くか。
もう収拾がつかなくなるのが目に見えていた。
それでは和解の仲介などできようはずもないし、そもそもアーリーアクセス男爵と対立している令嬢たち、どちらか選ぶなら答えは決まっている。
アーリーアクセス男爵のために皆の気分を害する選択は常識的に、そして感情でも、ありえなかった。
解決を目指すにはアーリーアクセス男爵の行動をどうにかしなければならない。
しかし、彼女も理由があってそうしているはずで、考えと行動を改めさせようというのは簡単ではないはず。王子の婚約者であり侯爵令嬢のエリザベスやその他貴族令嬢を無視するというのは並大抵のことではないのだ。
説得するなら対立している当事者では話にならないだろう。
近しい人間もいない。
唯一可能性があるのは王子である。
だからこそ王子に問われた時、相談しようと決心したのだが、結果はこのざまであった。
どうでもいい相手についてこんなに心労を重ねなければならないのは業腹ではある。
だがそれで恨みを向けるほどの価値も見出していない。エリザベスにとってもっと重要なものや時間がたくさんあるのだ。
しいて言うなら見目麗しいことは価値であるがエリザベスがそれを奪えるわけでもないしそれをねたんでどうこうするほど卑しいつもりもない。
ただ、放置すればマイナスしかない事態を収拾してあるべきところに落ち着ける。
そうして元の日常に戻りたい。
エリザベスの望みはそれだけであった。
「わかったわ。わたくしからアルフレッドに話します。エリザベスちゃんはアルフレッドや男爵が手を伸ばして来たら手を取ってあげてくれる?」
「かしこまりました。お手を煩わせてしまい、申し訳なく思います」
「うふふ、いいのよ。ね?」
「はい、ありがとうございます、お義母さま」
王妃殿下との会談を終え、邸宅に戻ったエリザベス。
「今回のこと、記録しておけば物語のネタになるのではないかしら」
などと言い出した。
早速帳面を取り出して書き物を始める。
「エリー……不謹慎では?」
アリアはあきれた。
王妃殿下に相談して気が抜けたのかもしれない。
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