24.齟齬
「エリザベス、メアリーのことで何か言うことはないか?」
アルフレッド王子がそう尋ねてきた際に、エリザベスは首を傾げた。
なかなかに親しげな呼び方ではないか。ちなみにメアリーは同期に三人いるのだが。
「アーリーアクセス男爵のことでしょうか?」
「そうだ」
アーリーアクセス男爵。
若くして両親を亡くし、男爵位を継いだ、非常に可愛らしい外見の少女。
入学当初は成績もパッとしないし所作もやぼったい、見た目だけの原石だった。
しかし今では成績は中の上に位置し、所作も男爵なりに洗練されてきた。
持ち前の美的感覚と可愛らしさも磨かれて、同期の中で美しい少女といえばこの娘という定評がついてきた。
本人の相応の努力の結果だろうことは想像に難くない。
エリザベスは自身が受けた指導を思えば、どの程度の積み重ねが必要かというのは見当がつく。
学園の同期生の中で日ごろの努力の成果を比較するとすれば、まずまず上位に入るだろう。
そんなアーリーアクセス男爵に、エリザベスは避けられていた。
はじめは偶然かと思っていたが、そんなことはなかった。
例えば声をかけても気づかないふりをされたり。
エリザベスに気づいて道を折れたり。
一度や二度ならわかる。
だが繰り返せばそれは意図的なものと判断せざるをえない。
そんな中、比較的最近こんなことがあった。
中庭に人が集まって騒がしいので様子を見に行ったところ、誰かを囲んでいる様子。何をしているのかと尋ねると囲んでいた者たちは逃げるように散っていった。
残ったのが囲まれていたアーリーアクセス男爵。
大丈夫か、何があったのかと尋ねると、一瞬エリザベスをにらんだ後、何も言わずに立ち去った。
これはちょっとおかしいぞ、と調べてみた。囲んでいた中に知った顔がいたので少し強引に聞き出したのだ。
すると思ってもみないことがわかる。
アーリーアクセス男爵がアルフレッド王子に近づきすぎだと注意していたのだというのである。
詳しく聞くと、アルフレッド王子はエリザベスの婚約者である。
婚約者がいる異性にアプローチすることは大変はしたない行為であるし、アルフレッド王子にもエリザベスにも失礼である。
これまでにも幾度か、何人かの同期生から注意されていたのだが、アーリーアクセス男爵は行動を改める様子がない。
一見アーリーアクセス男爵が悪いように聞こえるが、これはある意味で順当である。
男爵家当主と令嬢では社会的地位は男爵の方が上になる。仮にそれが侯爵令嬢であったとしてもだ。親に泣きつくだけでひっくり返る砂上の楼閣ではあるが。
社会的地位が上の者には下の者に従う義務はない。その結果どうなるかはさておき、理屈の上ではそうなのだ。
つまり、アーリーアクセス男爵は下の者にごちゃごちゃ言われても無視してもいいのである。爵位だけを見れば。その結果どうなるかは知らないが。
なので話を通じさせるため、注意した経験がある者を集めて詰め寄ったのだそうだ。数は力である。
エリザベスはこの時まで、アーリーアクセス男爵が王子にアプローチしているという話は聞いたことがなかった。
「それは、エリザベス様が知れば悲しむと皆で」
なるほどエリザベスに情報が行かないようにしていたと。
そんなことが可能なのか、という疑問には意外な事実がついてくる。
アリアが協力していたのだ。なるほどアリアなら、エリザベスの行動を誘導することも情報を遮断することもできる。エリザベスの為と言えば交渉の余地はある。
そこまでしたのならエリザベスが知らなかったことも理解できる。余談だが、この件でエリザベスは拗ねてアリアと二度目の喧嘩をし、丸一日口をきかなかった。
話を戻そう。
エリザベスが現場に現れた時皆が逃げるように去って行ったのもそのせいか。
後ろめたい自覚はあったのだろう。予定外にエリザベス本人が現れ、対応に困った末に離脱を選んだのだ。誰かが動けば他の者も動く。
そしてあのタイミングでエリザベスが現れたのは、アーリーアクセス男爵から見るとどう見えるか。
ひとまず大勢で囲むのはよくないし、仮に妥当だとしても本人が知らないことをいない場所で勝手に代弁することもよいことではないと諭し、気を遣ってくれたことはありがたいし、必要なら相談するからと矛を収めるように伝え、同様に関わった者たちに根回しを行った。
その上で、これは本人の誤解を解かなければなるまいと、アーリーアクセス男爵をお茶会に招待したが丁重に断りの返事。
避け方が徹底してきている。
手紙を送ってみたが返事はこない。
友人を介して話をしようとしても、友人がいない。どうやら、女生徒に人気があるエリザベスにエリザベス自身は気づいていなかったとはいえ喧嘩を売っている上、人の注意を聞かないことが知られていることで距離を置かれているようなのだ。また王子に目をかけられている嫉妬もあるだろう。
一応男爵家当主であるアーリーアクセス男爵は侯爵家令嬢にして王子の婚約者エリザベスよりも立場が上だ。実際的に考えれば正気を疑うが、爵位は国の根幹を支える制度である。王子の婚約者という立場でいたずらに乱すのは望ましくないだろう。
こうまで避けられてしまうと打つ手も限られる。
あとはもう直接乗り込んで首根っこ捕まえて腹を割った話をするべきか、いやそれもなかなか問題が多い、どうするべきか――と考えていたところだった。
「殿下は見抜いておられたのですね」
「当然だ」
こうまでこじれてしまうとエリザベスの手で解決するのは難しいを言わざるを得なかった。
問題は三つ。
アーリーアクセス男爵がアルフレッド王子にアプローチを仕掛けているという噂があること。
アーリーアクセス男爵がエリザベスを避けていること。
アーリーアクセス男爵が孤立しており、聞く耳を持つ相手がいないこと。
一つ可能性があるならば、それはアルフレッド王子だろう。
ただこの解決方法はあまり気が進まなかった。
この問題は女の問題だったからだ。
当事者であっても王子の手を煩わせるとなると、エリザベスの名誉にも瑕がつく。さらにはアーリーアクセス男爵にもだ。
エリザベスには婚約者に別の女が近づくのを止められないという評価が。
アーリーアクセス男爵は身の程知らずにも王子に言い寄って本人から諫められた女という評価が。
また、婚約者の評価が下がるのはアルフレッド王子にとってもよいことではない。
誰も得をしない結果になるのだ。敢えて言うなら王家を、ミャーコ王国を貶めたい者が得をする、だろうか。
しかし、ことここまで来てしまえば仕方がない。
王子が事情を把握しており、こうしてエリザベスに声をかけてきて。
エリザベスには解決の糸口を見つけられていない。
この上は不利益を覚悟して王子の力を借りるしかない。
エリザベスは決心して王子に告げた。
「殿下、申し訳ありません。わたくしの手に負えなくなってしまいました。彼女のためにも力を貸してくださいませ」
エリザベスは頭を下げた。
しかし、アルフレッド王子の反応はエリザベスが想像もしていない者だった。
「お前は何を言っているのだ?」
「は?」
「見損なったぞエリザベス。もう少しまともな女だと思っていたのだがな」
そういって王子はツカツカと早足で去って行った。
エリザベスはあまりのことに呆然としてしまっていた。
カッとなる領域を通り越したのだ。
「は……? え……?」
この時エリザベスは大いに誤解をしていた。
アルフレッド王子は見抜いていると言っていたが、その内容がエリザベスの認識と一致してはいなかったのである。
最近まともに見えていたので予断が入った結果であった。
このあとアリアと仲直りをして相談した。
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